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巻之四 「錦之町町屋地区の死闘 宮本武蔵、推参」

「なかなか殊勝な心掛けだぜ、嬢ちゃん。」

 私がとっさに抜いた千鳥神籬(ちどりひもろぎ)の白刃を受け止めたのは、舟の櫂を彷彿とさせる木剣だった。

 硬質な質感から察するに、樫を材料に用いているのだろう。

 受け止めたのは見事だったが、祝詞で怨念の力を失いつつある亡者と、ナノマシンで生体強化改造を施されている特命遊撃士とでは、力の差は歴然。

 おまけに木剣と真剣の差は如何ともし難い。

 壮漢の剣豪が持つ木剣に(くさび)のように打ち込んだ千鳥神籬(ちどりひもろぎ)は、こうしている間にも、木剣の亀裂をジワジワと広げている。

 木剣が粉砕されるのも時間の問題だ。

「いい太刀筋だ。オマケに、なんて馬鹿力だ…この俺が押されているんだからな!佐々木小次郎以来の剣客に巡り会えるとは、現世に甦るのも、満更悪い事ばかりじゃなさそうだな!」

 押されているというのに笑うとは、この壮漢の剣客、随分と余裕がある。

「佐々木小次郎…?まさか貴方、宮本…!?」

 相対した敵の正体に気付いた私の刃に、思わず力が込められる。

 ついに耐久力の限界に達した木刀は、亀裂が一面に走るや否や、粉々の樫の木片となって四散した。

「ほう…知ってくれているとは嬉しいね、嬢ちゃん!幼名はタケゾウ、宮本武蔵とは俺の事よ!」

 力を加えた私の剣に木剣を粉砕されて弾き飛ばされた剣豪は、すぐに体勢を整えると、太刀を構えて間合いを取った。

「こんな木剣じゃ駄目か…頼むぜ、無銘金重よ。」

 確かに宮本武蔵は、関ヶ原の合戦では西軍側についていた。

 怨霊武者として蘇生していても、何ら不思議はないだろう。

 しかし、何かがおかしい。

 今までに斬り捨ててきた真田十勇士や怨霊武者達とは、どこかが…


「御腰の大小に塵がついていますね。生者を殺戮したのなら、多少なりとも血糊が付着していてもおかしくはないはず…」

 私の指摘に、巌流島の決闘の当事者を名乗る剣豪は満足そうに笑った。

 どうやら私の観察眼は、彼の自尊心を刺激したらしい。

「目ざとい嬢ちゃんだな。お察しの通り、現世に甦った俺が今まで殺ってきたのは、俺と同じように甦った連中よ。あんたのお仲間さんには一切手出ししていないから、安心しな。もっとも、手出ししたくても出来なかったがな…」

 最後に付け足された一言には、自嘲の響きが込められていた。

「それは、どういう意味…?」

「自分にとって納得の出来る答えが得られなけりゃ、相手を切り刻んでも泥を吐かせる。そんな目付きだな。俺が死んだ後の大人やお偉いさん達は、子供相手にどんな恐ろしい事を教え込んでいるんだ…?まあ、例え紛い物の生命と身体でも、目的を果たすまでは指1本欠けさせる訳にはいかないからな。嬢ちゃんの気が済むよう話してやるよ。」

 納得の出来る回答をしてくれるなら、それでいい。

 嬢ちゃん呼ばわりと子供扱いは余計だったが。

 私は、「続けて。」と言う代わりに、宮本武蔵に突き付けた千鳥神籬の切っ先を軽く上げて促した。


「俺達が呪術で現世に甦った怨霊だと言うのは知ってるだろ?足軽の連中に関しては、怨念だけで動いている操り人形だが、俺達位になると生前の記憶が反映されるらしい。そこに憎悪を吹き込んで焚き付けたのが、あの太閤の跡目を気取った大馬鹿野郎だ。」

 この口調から察するに、豊臣秀一への宮本武蔵の忠誠心は、皆無のようだ。

「俺としては、それなりに満足して死んだつもりだったが、あの戦に足軽として参加したせいで呼び戻されちまった…他の連中も、志半ばで力尽きたとは言え、それなりに安らかに眠っていたはずだ…それが、あんな訳の分からない野郎に憎しみを吹き込まれて、道具として復活させられてよ…しかも、こんな様変わりした時代でだぜ。俺としては、哀れ過ぎて見ていられなかったんだよ。」

 だからせめて、同時代人である自分が仕留めていたのか。介錯のつもりで。

「よく、今まで無事でしたね。友軍からも敵からも狙われますよ。」

「俺が足軽達を狩り始めたのは、俺達の旗色が悪くなってからだ。それまでは、なるべく目立たないように鳴りを潜めていたのよ。嬢ちゃんのお仲間達と出くわしそうになったら、ひたすら逃げた。危なくなったら一旦退いて活路を見出だす。くたばっちまったらそれまでだからな。」

 「活路」と口にした辺りから、屈託のない宮本武蔵の口調が、またしても自嘲めいた物に変わった。

 もはや亡者に過ぎないのに、何が「活路」か。

 大方、そんな所だろう。


「貴方の行動理念はよく分かりました。それでは何故、私に声を掛けたのです?私も特命遊撃士。貴方をはじめとする怨霊武者の敵です。今まで逃げ回っていて、何故私にだけ…」

「そいつは、俺が果たしたい目的とも関わっているんだ…頼む、嬢ちゃん…俺を斬ってくれ!」

 この答えに、私は完全に虚を突かれた気分だった。

 今まで散々敵前逃亡を繰り返しておきながら、この期に及んで「斬ってくれ!」とは…

「不思議そうな顔だが、嬢ちゃんなら分かってくれるはずだぜ。何しろ嬢ちゃんのお仲間さん達は、こっちの足軽の奴等が使っているのとは比べ物にならない威力の鉄砲や大筒を引っ提げているじゃないか。それ以外にも、俺達には原理のよく分からねえ、光る刀だの槍だのを使うだろ?」

 宮本武蔵の言う「光る刀」とは、枚方京花少佐達が愛用するレーザーブレードや神楽岡葵准佐の個人兵装であるガンブレード、「光る槍」は、生駒英里奈少佐達の運用するレーザーランスの事だろう。

 彼女達も今頃は私と同じように、怨霊武者達と戦っているのだろう。

 無事に再会出来ればいいのだけれど…

「いくら一度は死んだ身の上とはいえ、どういう仕組みで動くのかも分からねえ代物で、虫けらのように殺されるなんてあんまりだとは思わねえか?」

 それは宮本武蔵が、今まで味方の怨霊足軽を倒してきたのと同じ理由が根底にある物だと知れた。

「もちろん、切腹という選択も考えたさ。しかし、俺も武芸者の端くれよ。どうせ死ぬなら、せめて戦いの中で。そう思って足軽の奴等を仕留めて周りながら、目に留まったのが…嬢ちゃん、あんただよ。」

「それで、刀を個人兵装に選んでいる私が、貴方のお眼鏡に叶ったという事ですね。それは光栄です。分かりました…この勝負、お受けしましょう。」

 そこまで言い終えた私は、千鳥神籬(ちどりひもろぎ)を黒塗りの鞘へと静かに納刀した。

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― 新着の感想 ―
[一言] >俺が死んだ後の大人やお偉いさん達は、子供相手にどんな恐ろしい事を教え込んでいるんだ…? うぅむ、作中世界の人間だけじゃなく、我々の胸にも来るジェネレーションギャップな台詞ですねぇ。 バキ道…
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