巻之参 「壊滅、真田十勇士」
「むっ…!」
物思いに耽っていた私を、迫り来る殺意が現実に引き戻した。
「行きますよ、千鳥神籬…」
愛用の太刀に呼び掛けて鯉口を切った刹那、私に目掛けて凝縮した殺意の塊が幾つも投擲されてきた。
それらを刀身で叩き落とし、何発かを軽く弾いて投擲主に跳ね返してやる。
押し殺した呻き声から察するに、私の目論みは実ったようだ。
投擲は目眩まし。
すぐに本体が仕掛けてくる。
私は直感に従って横薙ぎに剣を振るった。
そして、返す刀でもう一撃。
予期していた通り、最初の気配はブラフだった。
古びた警官人形が、上半身と下半身を泣き別れにされて転がっている。
だが、もう1つの気配は…当たりだった。
柿色の着物と頭巾を身に付けた青年が、左手で臓物が吹き出た腹を押さえてうずくまっている。
だが、左手だけでは間に合わないだろう。
青年の受けた傷は、そこだけではないのだから。
「忍の者…」
私の足元に散らばる投擲物から、薄々察しはついていた。
その特徴的なフォルムから、子供でも一目で分かるだろう。
忍者が扱う棒手裏剣だ。
それと同じ物が、青年の左目や首にも突き刺さっていた。
私が千鳥神籬で弾き返した奴に違いない。
引き抜こうともしないのは、そんな余裕も青年には残されていないのか、あるいは物理的に無理があるのか。
何しろ、青年の右腕は根元から吹き飛ばされていたのだから。
爆ぜたような歪な傷口から、グレネード弾の洗礼を浴びたと一目で知れた。
よく見ると、忍び装束の至る所に銃創が穿たれている。
恐らく、我々に制圧された陣地を奪還しようと奇襲をかけたものの、臨時駐屯地を警護する特命機動隊か特自隊員の攻撃に遭って敗走し、私と出くわしたという所だろう。
それらの大小様々の傷の何れからも、深紅の鮮血が吹き出ていない点で、この青年が生者にあらざる存在である事は一目瞭然だった。
「お許し下さい、幸村様…この猿飛、お役に立てませんでした…」
「猿飛佐助、真田十勇士最後の1人…」
既に抵抗する力も失った青年の後ろを取った私は、千鳥神籬を振り被った。
「やられたのか…!清海も伊三も…?!」
青年の残された右目が、驚愕と絶望に大きく見開かれる。
「2人組の僧兵は私が斬りました。幸村公が私の仲間の手で討ち取られたのは、その少し後です。真田十勇士最後の残党…お覚悟を!」
右腕と左目を失った真田十勇士最後の1人が、力なく項垂れた。
「望みは全て絶たれたか…ならば我々は、何のために甦ったのだ…!?」
天を仰いだ猿飛の問い掛けに答えず、私は千鳥神籬を振るった。
横薙ぎに払われた猿飛の生首がアスファルトの路面に転がると、頭巾の中身は急速に質量を無くし、果実の皮のようにだらしなく広がった。
頭部を失って前のめりに倒れた胴体も同じ運命を辿ったらしく、そこには柿色の忍び装束だけが残されていた。
袖口や襟元から溢れた塵は、風に吹き散らされている。
「逝きなさい、主君と仲間の許へ…そして今度こそ、その眠りが何人にも妨げられない事を、祈らせて頂きます…」
目を伏せた私の黙礼を無粋に破ったのは、冷やかすような、あるいは茶化すような拍手だった。
私の視線の先では、30手前とみられる壮漢が微笑みながら手を叩いていた。
黒い着物に黒袴。
腰には大小を差し、舟の櫂を彷彿とさせる木剣を担いでいる。
21世紀の現代には相応しからぬ古風な風体ではあったが、この街並みにおいては、妙に溶け込んでいた。
官民一体で推し進められた町並み再生計画が実を結び、江戸時代の町屋が軒を連ねている、この堺市堺区錦之町では。