巻之弐 「怨霊武者掃討作戦」
足元に転がる敵の躯を一瞥し、私は歩みを進めた。
「さながら大河ドラマか、日本史の教科書から抜け出て来たようですね。」
一人言として、私がこのような軽口を叩けるようになったのも、既に戦いの大局が決していたからだ。
緒戦の頃は、倒しても無限にわいてくる足軽の軍勢に対して防戦一方だった。
純粋な数の暴力だけではなく、敵がある程度の再生能力を有している事が分からなければ、私達は敗北していたかも知れない。
やがて、市内の神社に仕える巫女さん達が祝詞を唱えながら無我夢中で薙刀を振るい、鎧武者と足軽の群れを消滅させた事が、苦戦を強いられていた我々を救う大きな鍵となった。
時代錯誤の鎧武者と足軽の群れは、再生した亡者の軍勢。
誰言うとなく、そいつらは「怨霊武者」と命名された。
回収された足軽や武者の装備品を鑑定した市立博物館学芸員は、彼らが大坂の陣や関ヶ原の合戦に参加した、豊臣方の軍勢であると断言した。
豊臣方の怨霊武者の再生能力は、霊的能力を応用する事で無力化出来る。
卑近な言葉で分かりやすく言うと、「成仏」という言葉になるだろう。
明王院ユリカ大佐。
私が通う堺県立御子柴高等学校の2年生で、私の配属先である、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局の支局長でもある。
ピンク色のポニーテールと朗らかな笑顔が可愛らしくて、誰にでも優しくて友好的な人気者の先輩。
支局に配属された特命遊撃士の誰よりも、管轄地域と地域住民、そして戦友を大切に思っている人だ。
だからこそ。
それらが脅かされる有事となれば、その有事を解決するためだったら何でもするし、解決手段を取る決断だって早い。
管轄地域内に戒厳令を発令し、地域住民の強制避難を実行したのも速やかなら、必要な人員や物資の徴発動員の敢行も迅速だった。
今回の作戦で徴発動員されたのは、民俗学者や宗教学者といった、オカルティズムに造詣の深い研究者に、堺県内の神社に仕える巫女や宮司の中でも、特に霊的能力の高い者達。
人類防衛機構に所属する私達は、常日頃からそのイメージアップに努めている。
それは、有事の際の徴発動員に快く従って貰うためでもあり、今回も日頃の努力が功を奏し、不平は全く出なかった。
急遽組織された研究班により、県内の百舌鳥・古市古墳群を繋ぐ霊的地脈で霊能力者の祝詞を増幅させ、怨霊武者の活動を止める作戦が発案された。
再三繰り返された怨霊武者による妨害は、私達を始めとする特命遊撃士及び特命機動隊曹士、そして特自隊員と特警隊員による護衛でその度に防がれ、霊能力者達の詠唱する祝詞が各古墳群に捧げられた。
捧げられた祝詞が点在する古墳群を回路で結び、霊的地脈によって増幅された祝詞が実体を持つエネルギー波となって、怨霊武者の暗躍する管轄地域を包み込んでいった。
研究班の見解によると、大仙古墳を筆頭に各古墳群から放出される青白い光は、破邪と浄化の力を帯びたエネルギー波らしく、光に直接触れた怨霊武者は急速に朽ち果て、塵と化して風に吹き散らされていった。
直撃しなかった怨霊武者達も、再生能力は失われたらしく、アサルトライフルの銃撃で頭を吹き飛ばされたら簡単に朽ちていった。
こうなれば、特命機動隊や特自隊員の標準装備でも無理なく戦える。
亡者の側に傾いていた戦局が逆転したのは、防戦一方だった我々が攻勢に転じてから、瞬く間の出来事だった。
市街地の各所に陣を敷いていた怨霊武者の軍勢へと容赦なく浴びせられる、近代兵器の集中砲火。
アサルトライフルや機銃掃射の銃声に、グレネード弾や手榴弾の爆発音。
それは、自分達の時代を好き勝手に蹂躙した過去の亡霊への、生者達の怒りの咆哮のようにも聞こえた。
あるいは、自分達こそが時代の寵児であるという、近代兵器群の奏でる尊大な凱歌のようでもあった。
アサルトライフルの三点バーストで頭を粉砕され、機銃掃射でなぎ払われ、怨霊武者達は次々に風化していった。
そうして陥落した陣は人類防衛機構の各部隊が制圧し、そこを臨時駐屯地にして周辺の治安維持活動が始まっていく。
武装した特自隊員や特命機動隊曹士が歩哨の役割を果たし、武装特捜車や自衛隊車両が市街地の道路の巡回を行う。
市街地の支配権は生者に戻りつつあり、秩序も徐々に回復しつつあった。
通信によると、怨霊武者達の指導者だった豊臣秀一という男も、既に亡者の仲間入りを果たしたらしい。
太閤秀吉の末裔を名乗り、豊臣政権復活を企てて西軍の武将や侍達を蘇生させて操った狂気の霊能力者は、自身に豊臣秀吉の怨念を憑依させて戦ったものの、第2支局臨時選抜隊の活躍で討ち取られたとの事だ。
こうした状況下で、私を始めとした少佐以上の特命遊撃士に下された、新しい作戦指令。
それは、武将及び剣豪クラスの怨霊武者を対象とする追撃任務だった。
もはや足軽や一般武士クラスの怨霊武者など、特命機動隊や特自隊員の標準装備でも事足りる。万一手こずったとしても、現在彼女達の指揮を執っている、准佐以下の特命遊撃士達の敵ではない。
しかし武将や剣豪ともなれば、怨霊武者としての再生能力を失ってもなお、一筋縄ではいかなかった。
恐らく生前の精神力の強さが、足軽や並の武士達のそれとは桁外れなのだろう。
「ふう…さすがに、そろそろ息抜きが欲しいですね…」
愛刀に付着した塵を軽く一振りして払い、鞘に納めた私は、酒屋から鞍替えしたと思わしき個人営業のコンビニに歩を進めた。
店主も避難してしまったため、店にはシャッターが下りていたけれども、問題はなかった。
私のお目当ては、軒先に並んでいる自動販売機だからだ。
遊撃士手帳の身分証明欄をスキャンさせると、年齢確認の電子音声は、すぐに大人しくなってくれた。
スマホのおサイフケータイアプリで買い求めたガラス瓶入りの日本酒は、私が普段愛飲している銘柄ではなかったが、この現状では贅沢を言えなかった。
「自販機が使えるだけでも、感謝しなければいけませんね…」
敵の奇襲を警戒して自販機に背を預けた私は、ガラス瓶からアルミニウム製の蓋を引き剥がして、180mlの中身を一気に飲み干す。
米麹と醸造アルコールの風味が五臓六腑に染み渡るのを確認して、ようやく人心地ついた。
「今はこれでいいとして…作戦が終了したら、天蕎麦を肴に熱燗をやりたい所ですね…」
部分的成人擬制により、人類防衛機構に所属している少女達には、未成年であっても飲酒が認められている。
私の場合は、蕎麦屋で熱燗を飲むのが性に合っていた。
京都は伏見の蔵元で醸されている純米大吟醸「京洛の露」が、特に私の口に合う。あまり置いている蕎麦屋は多くないが、だからこそ取り扱っている店は大事にしたい。
第2支局に程近い「蕎麦処 御幸更科」も、そのうちの1軒で、私が御幸通中学校時代から通い詰めているお気に入りの店だ。
この作戦が成功して戒厳令が解除されたら、あの古びた縄の暖簾をくぐり、顔を出してあげたい所だ。