9.吹き荒れる恋の嵐
草むらに隠れているようで隠れていないレナータ。見るからに悪そうな賊の男たちが、木の棒を手にしながら近づいて来ている恐怖を、彼女は必死に耐えていた。
「おい! そこに誰かいるのは見えてんぞ? 出て来い!」
じりじりと近付く複数の賊たち。魔法も使えないレナータは、諦めて立ち上がるしかないのかと思って声を出した。
「で、出ます……出ますから、た、助けて」
「あん? この辺じゃ見ねえガキだな。いや、その格好、どっかの王女か? 騎士か何かがその辺にいるんじゃねえだろうな?」
辺りを見回す賊たち。賊の頭らしき男がレナータに近付こうとした時、騎士には見えない男が彼女の前に立ち塞がって、賊たちを睨みつけている。
「何だぁ? お前、王女の護衛……には見えねえが、邪魔すんじゃねえよ!」
「あ、あの……?」
レナータがか細い声で話しかけると、振り向いた彼はレナータに優しく微笑んで、彼女の頭を撫でた。
「レナータ王女だね。大丈夫、心配いらないよ」
自分の頭を撫でた彼の手は、とても優しく思えた。彼が手を離した時、優しい風が自分に吹いたような気がしたレナータ。
「なんだ、ただの通りすがりじゃねえか。悪い事言わねえから、その王女を置いてとっとと去りな。じゃねえと、こいつらが痛い目に遭わせちまうぜ!」
いきり立つ賊たち。見ず知らずの彼に襲い掛かろうとする時、辺りの風の流れが変わった。
「……え? な、なにこの風」
自分の前に立っている彼は手も動かしてなければ、その場を動いてもいない。それなのに、強い風が賊たちの周りを囲むように渦を巻いている。
「な、なんだ!? 竜巻か? こんなに晴れてやがんのに、何でここだけ吹いてやがんだ!?」
彼に襲い掛かるどころか、近付くことも出来ない賊たち。持っていた木の棒は全て風で吹き飛ばされ、賊たちもその場に立っているのがやっとだった。
「くっ……動けねえ」
「王女に仇なす輩たちよ、これ以上近付くのならば、その身、その身体を吹き飛ばしてみせるが、よろしいか」
「い、いいわけねえだろ! ちっ、ひ、引き揚げるぞ!」
レナータと彼に向けられていた敵視は、賊たちが逃げていくと共に消え去っていた。同時に、吹き荒れていた風はピタリと収まり、平静を取り戻していた。
「な、何が起こったの?」
「ふぅ……ちょっとだけ風が吹いていて良かったよ。平気かな、レナータ王女」
「は、はい。あ、あの、あなたは?」
「そうだね、紹介するのが後になってしまったけど、俺は風の術士、テンゼーク。以後、お見知りおきを」
「テンゼーク様……風の属性の方がどうしてここに?」
「俺は風の都に留まるのが嫌いなんだよ。だから風吹くままに旅をしてる。歩いていたら、悪い風を感じたから近付いてみたら、賊に囲まれているキミがいた。それだけだよ」
「あ、あのあの……わたしに、お、教えて下さいませんか! か、風の魔法を……」
助けられたレナータ王女の目には、すでに騎士ハヴェルは無く、2人目のテンゼークが映り込んでいた。惚れやすいレナータは早くも、次の恋の風が吹き荒れていた。