6.氷の都イミャコン
「そんじゃまぁ、俺はここまでだ。ラルディ王女、レナータ王女。元気でな」
「騎士様、屈んでください」
「し、仕方ないわね。ハヴェル! わたくしたちの前で屈みなさい!」
「ん? 何をす……ぬあっ!? キ、キスか」
ヒゲに口付けだなんて嫌だったけれど、お姉様の気持ちを無下には出来ないわ。わたしもやるしかないわ。
「騎士様……どうか、お忘れにならないで下さいね。わたし、レナータは貴方様をお待ちしています」
「ハヴェル。魔女のしるしを忘れずに生きていくことね。では、もういいわ。どこにでもお行きなさい」
「へ? 魔女だぁ? 全く、訳が分からねえな。まぁいいや。じゃあな、嬢ちゃんたち」
わたしたちからの口付けを両頬に受けたハヴェルは、振り向くことなく馬を駆けて離れていく。長いようで短かったわ。騎士も案外悪くないのね。
「ねえ、ラルディ。わたしたちっていつから魔女に?」
「魔法を覚えたら魔女のようなものじゃない。今はまだただの小娘だけれど、一つでも属性を使えたら魔女の仲間入りよ。お姉様はきっとすごい魔女になれるわ」
「そんなのになれなくていいの。わたし、恋だけ出来ればいいわ。魔女じゃなくて、普通に王女でいいの」
完全にヒゲ騎士にやられてしまったわ。最初に出会った騎士がもっと、嫌な奴だったらこんなことにはならなかったはずだもの。魔女なんてもちろんなれないけれど、あのヒゲ騎士にわたしたちを印象付けるための出まかせだったわ。魔法の一つでも見せれば信じるかもしれないけどね。
「もうすぐね、お姉様」
「頑張るのはラルディでしょ。わたし氷は覚えられないもん」
「もしかしたら将来あのヒゲ騎士と一緒になれたら、お姉様も氷属性を使えるようになるかもしれないのよ? 知識だけは頂けるのだし、覚えて損は無いわ! 一緒に覚えましょ?」
「ラルディがそう言うなら、覚えてみる……」
イミャコン――
「着いたわ! 確か迎えが来ているはずだけど……」
「ラ、ラルディ……た、助けて。あ、足が痺れて動けない」
「な!? 何をしているの、お姉様」
「わ、分からないの。街に入った途端にまるで、足が凍ったみたいに動けないわ……」
極度の人見知りが発動でもしたのかしら? いえ、それにしてはおかしいわ。確かにお姉様の足が冷たいし、氷? こんな悪趣味なことをするだなんて、どこの誰よ?
「おやおや、どうやらそのお嬢さんには適正がないみたいだね。キミは氷属性は使えないね」
「あなたは、どこのどなた様かしら? 無礼にも程があるわ! お姉様への術を解きなさい。そうじゃないと、わたくしがあなたを凍えさせてあげるわ」
「君がラルディ王女だね? 凍てつきの風に怖れを抱かないなんて、さすがに素質十分なだけのことはある」
いけ好かない男が出て来たと思ったら、この男が迎えの術士なのかしら。ヒゲ騎士がいい男だったと思えるくらいに、嫌な感じの匂いがプンプンするわ。
「キミが氷属性を得る王女で間違いなさそうだ。失礼をしたね、僕はリティーハ。氷の術士だよ。王女ラルディ、ようこそ」
「その前に、お姉様を暖めなさいよ!」
「すでに解いているよ。お姉さん想いの妹なんだねキミは。さすが双子といったところか」
「はぅ……ラルディ、わたしにはやっぱり無理だったみたい。ごめんね」
「弱気になってはダメよ! そこのリティーハ! あなた、わたくしのお姉様をまた、傷つけるようなことをしたら覚悟はよろしくて?」
「ははっ、気に入ったよ。ついておいで。キミならすぐにでも使えるようになりそうだ」
「ラルディー……わたしも行っていいの?」
「当たり前よ。早く覚えて、ここをすぐにでも出てやるんだから!」
氷の国の支配下だからって、こうも嫌な感じを受けるとは思わなかったわ。どんな奴であれ、レナータお姉様に何かする奴は許すわけにはいかないわ。ここをとっとと出て、騎士を追いかけたいくらいよ!




