15.忘却の村
結局、レナータお姉様が自分で水魔法を支配出来るようになったのは、アグワに来てから3年が経過していて、術士から許しを得た時だった。わたしたちは、すでに16歳。いくら危機感を持たない旅とは言え、レナータお姉様の魔法会得は想像以上に年数がかかってしまう。そのことを今さらながら気付いたわたし。
最初に氷を覚えたわたしも、お姉様を置いて他の魔法を得ることなど出来るはずも無く、気付けば魔法を覚えること自体の意味と目的を忘れかけていた。
「ごめんね~……覚えるのにずごい時間かかっちゃって」
「別にいいわ。レナータお姉様は時間をかければ、きちんと魔法を覚えることが出来るってことが、分かっただけでも嬉しいですもの」
「そ、そっかぁ。ラルディも別の属性を覚えたかったでしょ? ようやくだけど、次の都に行く?」
「ううん、魔法はこの際いつでも行けるから、どうせならいい恋を探しに行きましょ?」
「恋……ハヴェル様は、いまどちらにいるのかしら」
わたしもお姉様も、初恋と失恋を同時に経験した。お姉様は正確には失恋というわけでもなかったけれど、王命を帯びているような騎士なんて、また会えるかどうかの決まりもない。だから失恋のようなものと言っても間違いでは無いと思う。
わたしも今度こそは落ち着いて、穏やかな気持ちで好きになりたい。もう少し、大人になってから彼に再会出来たら最高なのだけれど。
「んもう、まだ諦めていなかったの?」
「い、いいじゃない。想うだけなら自由だもの」
「会えるか分からない……もう会えないかもしれない騎士を想っていた所で、何も始まらないと思うけどね」
「い、いいもん」
レナータお姉様にも困ったものね。とにかく、早いところ水の都から出て、別な町か国にでも行ってみないことには進まないわ。
「お姉様、とりあえず馬車に乗りましょ」
「うん」
なんてことを思っていたけど、さすがに3年も経てば御者も馬車も、いつまでも王女に付き従っているわけでもなくて、仕方なくアグワに常駐していた慣れない馬車にお願いするしかなかった。
「ねえ、ラルディ。だ、大丈夫かなぁ?」
「だって、しょうがないじゃない。御者も一先ずは、王国へ引き揚げてしまったに違いないんだから。他の雇い御者と馬車に乗って移動するしかなくなるのよ」
「うー……乗り心地、良くないよぉ」
「そこは我慢よ。乗っていれば、その内どこかに着いているんだし、眠って我慢しましょ」
「ラルディがそういうなら、そうする~」
従いの御者じゃなく、手付の御者なんてそんなもの。乗り心地は悪いけれど、眠れば気にしなくなる。そう思いながら、わたしたちは眠った。
眠っていたわたしたちは、突然の激しい揺れと、急停止で目を覚ました。
「わわっ!? な、なにが起きたというの? お姉様、起きて」
「んん? どうしたの~?」
小窓から外を眺めると、辺り一面が濃い霧のようなもので覆われていた。
「あれ? もしかしてミストゥーニに戻って来たのかなぁ?」
「ど、どうかしら。それにしては霧の種類が違う気がするわ。お姉様、外に出ましょ」
まだ寝惚けているレナータお姉様の手を引っ張って、わたしたちは馬車の外に出てみた。ミストゥーニとは違う、音の無い世界が広がっていて、とにかく進んでみることにした。
「はう~どこなのかなぁ?」
「分からないけれど、何となくどこかの村のようなものが見えるわ。そこに行ってみましょ」
「うん、ラルディに付いて行くね」
レナータお姉様に洋服の袖を掴まれながら、わたしは眼前に見えていた村へ向かって歩き出した。その村で、とある騎士と出会うことになるだなんて、まだこの時は思いもよらなかった。




