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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
9/71

9.うわさ

 人の口に戸は立てられないとはよくいったものである。

 マカリスター男爵家の町屋敷タウンハウスの居間で、コレットは大きくため息をついた。

 王立学校の寄宿舎から戻ってきていた弟が、読んでいた本からちらりと視線を上げたが、コレットを一瞥いちべつしただけで再び視線を本へと戻す。

 そんな弟に気がつかないまま、コレットは昨日のエリサとの会話を思い出していた。



「惚れ薬って本当のことですの?」


 いきなり訪ねてきて、開口一番がそれだった。

 あまりの剣幕に、コレットの方がたじろぐ。

 コレットが王宮に呼び出されたのは三日前のことだ。いったいどこからそのことが洩れたのだろうか。

 何も言わないコレットにエリサは詰め寄った。

「本当ですの!?」

「あの、どこでそのことを?」

「質問しているのはこちらでしてよ。どこでだなんて、もう王都中の噂です!」

 いらいらしたように話すエリサはメイドが引いたイスに座ると、キッとコレットを見る。

「それで、本当のことですの?」

「…………はい」

 小さく頷くコレットに、エリサは大きく目を開いた。

「なんてことなのっ!」

 そう言うと右手で顔を押さえる。テーブルの上に置かれた左手は怒りのためか小刻みに震えていた。

 バード公爵にコレットを預けたのはエリサだった。

 こんなことになるのなら、あの時どうしたって二人を一緒になどしなかったのに。

 親友のためを思ってしたことが、思いっきり仇になってしまったのだ。

 押し黙ったエリサの向かいに、コレットも腰を下ろした。

「それで?」

「え?」

 つぶやくような言葉だったので、よく聞こえなかった。

 エリサは顔を上げて、しっかりとコレットを見る。

「それで、バード公爵とか王家の方とか、なにか言って来ましたの?」

「えっと……」

 言ってもいいのだろうか。

 だが噂が広まっている以上、黙っていても仕方がない。

 先日王妃に呼ばれたときに、協力を依頼されたことを話す。

「とりあえず、王家の方はコレットを疑ってはいないのね」

 エリサの言い回しに、コレットは眉根を寄せた。

 その言い方だと……。

「わたくしのところにもいろいろ噂が聞こえて来ましたのよ」

 その中には、犯人は捕まったというものや逃げられたというもの。そして何より、フィオンの恋の相手となったコレットが仕組んだことではないかという声まであった。

 冷静に考えれば、マカリスター男爵家がおいそれと王弟であるフィオンに近づけるはずもないのだが、一か八かの賭けで行ったのではないかという話まででている。

 そんなことを考えるのだったら、コレットだけではない。あのときパーティーに来ていた令嬢すべてが犯人の可能性がある。だいたいにして、女性と同じぐらいの人数の男性もいたのだ。一か八かをするには、あまりにも危険すぎる。

 もちろんコレットがそんなことをすることなどありえないと、エリサは十分わかっている。

 つい最近まで婚約者一筋で来ていた彼女が、その傷もいえないうちから他の誰かに心を許せるほど器用なことができるわけがない。

「それにしても、どういうつもりなのかしら」

「え?」

「王妃さまも、バード公爵もです。あれだけ人が集まる夜会でのことですし、噂が広まる可能性は十分にありますでしょう?それなのに」

「……断りきれなくて」

 エリサの剣幕に、コレットが申し訳なさそうに答える。

「王妃さま直々に言われたなら、断れなくて当然です。問題は公爵ですわ。薬の効果が切れたらどう気持ちが動くかわからない女性に対して、一緒にいたいなんていい加減すぎます」

 噂が広まれば広まるほど、薬の効果がなくなったときに受けるコレットのダメージはいかばかりだろう。

 これ以上会わなければなんとかコレットの体面も保たれる。しかし、もしこのまま言われるがままにバード公爵と会っていたら、いったいまわりからなんと言われることか。

 身の程をわきまえず公爵に近づいただの、いい気になっているだの言いたい放題言われた挙句、今後のコレットの縁談などにも響いてくるかもしれない。

 コレットのことを考えれば、公爵と一緒にいるという提案はできないはずだ。

「いいですか?コレット」

「はい」

「王妃さまに協力を乞われたからといって、バード公爵がコレットに会わないと決めたならなんとかなると思うの」

 バード公爵がコレットに執着を見せているからの提案だ。

 公爵もいきなり惚れ薬を飲まされたのだから、きっと混乱しての行動だろうとエリサは思う。ならば、少し落ち着いたならば彼女の状況も分かってくれるはずだ。

「きちんとお断りしていらっしゃい。一緒にはいられませんって。それがお互いのためなんですからね」

 コレットの両手をしっかりと握って、エリサは真剣に言う。

 そんな彼女に気圧されるように、コレットはこくりと頷いた。





 冷めてしまったお茶を口に運び、コレットは再びため息をついた。

 噂が広まっているならば、コレット個人としてはエリサの言うとおり、このまま公爵ともあわずに静かにしているのが一番いいのだろうと思う。

 しかし一度引き受けた以上、それを今更無下に断るわけにもいかない。

(それにしても……)

「私って、そんなに魅力ないかしら…」

 不意に聞こえた姉の言葉に、アンリ・マカリスターは飲んでいたお茶を吹き出した。読んでいた本にお茶がかかり、慌ててカップをテーブルの上に戻す。胸ポケットからハンカチーフを取り出しすぐに本のお茶を拭き取るが、薄く跡が残ってしまった。

 テーブルにこぼれたお茶は、近くにいたメイドが拭き取って新しいものを淹れなおしている。

 惨事の原因ともなった姉を見ると、貴族の令嬢らしからずぼんやりと頬杖をついていた。

「いきなり何?」

 不機嫌そうに声をかけるが、コレットはそんなことを気にもとめずに身を乗り出して弟の顔をじっとみた。

「ねぇ、私ってそんなに魅力ないのかな?どう思う?」

「どうもなにも……」

 そんなことを訊かれても、なんと答えていいのか困る。

 だいたいにして……。

「弟にそんなこときくなよな」

「……そうよね。ごめんなさい」

 そういってため息をつくと、コレットは力が抜けたように体をイスの背もたれにあずけた。

 それにしても……と、アンリはしょんぼりしている姉を見た。

 弟の目からみても、コレットの容姿や性格はそんなに悪くはないと思う。この間この邸宅に遊びにきた王立学院の同級生の間で、途中あいさつをしたコレットが可愛いと話題になった。ただ十七歳にもなって、四つも年下の弟の同級生から可愛いといわれて嬉しいかどうかは別の話なので、本人には伏せているが。

 だが、最近の一連の事柄は、コレットの容姿だとか性格に問題があるという話ではない。

 婚約者には振られ、次に声をかけられた相手は惚れ薬をのまされていた。これだけ次々といろいろなことがあれば、自分になにか問題があると思いたくなる気持ちもわからないではない。

「で?今をときめくバード公爵に迫られて、なにが不満なわけ?」

「意地悪ね」

 理由を知っているくせにと、コレットはすねたように弟を見た。

 数日前、コレットは王妃に呼ばれ王宮へ。さらにその次の日には両親まで王宮へと呼び出された。

 詳しくは教えてもらえなかったが、今後のことなども含めいろいろ説明があったらしい。

 それはそうだろうとコレットは思う。

 薬のせいなのに、娘が王弟から本気で求愛されていると勘違いされてしまっては、王家としても困るだろう。

 この状況はフィオンに薬の効果が現れている間だけで、決して継続して続く事柄ではない。

 もちろんマカリスター男爵家にもそれ相応の迷惑をかけることになるのだから、その件を前もって謝罪と協力を願い出たということもあっただろう。

 その状況をわかってるくせに、慰めもしてくれない弟に非難の視線を送る。

 別に慰められたからといって何が変わるわけではないのだが、少しぐらい優しい言葉を掛けてくれても罰は当たらないと思う。

「悪い方ばかりにとるなよ。いいことだってあるだろ?」

「いいこと?」

「王家の人たちとつながりをもてるなんて、そうそうあることじゃないぞ。それも向こうからの頼みごとなんだから」

 男爵家としては、協力しておいて損はない。

 下手に拒否して相手の心証を悪くしてしまっては、変な疑いを掛けられる可能性も否定できない。

 こちらにはやましいところなどないのだから、堂々としていればいいのだ。

「王宮なんてめったにいけるものでもないし、いろいろ見てくるのもそのうち話の種になるって」

 ……どういう慰め方だろう。 

「だいたいにして、コレットだけが大変なんじゃないからな」

「お姉ちゃんって呼びなさいっていつも言ってるのに……。どういうこと?」

一蓮托生いちれんたくしょうってことだよ。コレットが失敗したら、こっちだってまずいんだから」

「失敗ってなによ」

 怒ったように睨んでくるが、全然迫力がない。

「例えば、公爵の機嫌を損ねるとか」

 ピクリとコレットの肩が反応する。

「例えば、王さまや王妃さまの不興をかってしまうとか。とにかく、コレットの態度ひとつで男爵家うちの立場はすっごく変わってくるんだから」

「わ、わかってるわよ」

「本当かな。とりあえず」

 アンリは淹れなおされたお茶を口に運んだ。

「王妃さまのお茶会に呼ばれてるんだろ?準備しなくていいの?」

 遅れたら、とても失礼なことになる。

「……わかってるわよ」

 コレットはイスから立ち上がった。

 言い負かされたようで悔しいが、このままここにいてもまた何を言われるかわからない。

 それにアンリの言うとおり、お茶会に遅れたら大変なことになる。

 なにしろ王妃さま直々の招待だ。

 両親が王家を尋ねたときにうけとってきたのだが、父親のマカリスター男爵は複雑そうな顔だった。それはそうだろう。娘がやっかいなことに巻き込まれてしまったのだから。

 反対ににこやかにかえってきた母親は、お茶会のためにドレスはどれにするかなどを嬉々として選んでいた。

 どうやら王宮でバード公爵にも会ったらしい。

 とっても素敵な人だったと、ニコニコしながら話していた母親を思い出しため息をつく。

 エリサの言うことももっともで、アンリの言うこともよく分かる。だが、相手の心証を悪くせずに、公爵と会わないように……というのは、かなり難しそうだ。 

(頭、痛くなりそう)

 コレットは手で額を押さえながら、今日何度目か分からないため息をついた。 

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