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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
6/71

6.提案

 王宮の中、少し奥まった場所にある部屋に、王と王妃、王家直属の家臣数名が集まっていた。

 重苦しい空気を引き裂くように、ダンっと王がテーブルを叩く。

「まったくどういうことだ。犯人に逃げられるとはっ!」

 苦々しく言葉を吐き捨てると、ギロリとまわりを見渡す。普段温厚な王だけに、怒るとかなり迫力があった。

 犯人。

 ルノワール伯爵邸でフィオンに『惚れ薬』を飲ませたのは、メイドに扮した女だった。赤みがかった金髪の女は、ルノワール伯爵邸で他の召使に混じって給仕をしていたらしい。どうも様子がおかしいので捕まえたところ、今回の事件が発覚したのだ。

 犯行が途中で失敗したために、飲ませた『惚れ薬』の効果が目的の人物以外に出てしまうことを懸念しての自白だったと思われる。

 その実行犯である女が、入っていた監獄から逃げ出したとの連絡が今ほど入ったばかりだった。

 昨日の内に所持品などは没収していたとはいえ、これから真犯人の究明には欠かせない人物だ。それを追求も途中だというのにみすみす逃がしてしまうとは、今後の捜査にも大きな影響を与えるだろう。

 がいえば、この逃走により、脱獄を助けることができるだけのものが背後についていることがうかがい知れる。

 みな口にはしなかったが、頭のなかには現王パトリック・アルファードに不満をもっている人物たち数人の名前があがっていた。


 パトリックは隣国スロンの姫の子供である。

 隣国から嫁いできた王妃の容姿を色濃く受け継いでいるため、精悍な顔立ちに髪も目もスロン王家の特徴である鳶色をしている。

 しかし、それが今回の事件にも大きくかかわる部分なのだ。

 王妃であったスロンの姫君亡き後、現王の立場は国内においては微妙だった。後見となる人物がいなかったため、世継ぎの王子でありながらも立場は弱かったのだ。母親の実家であるスロンでは、そのころ内政に問題が生じていて、パトリックの後見となる力はなかったのである。

 そこに国内でも屈指の名家バード公爵の姫が、王の後妻に入ってフィオン王子が生まれた。年の離れた兄である皇太子がいるのに、フィオンを王家の跡継ぎにする意思は前バード公爵にはなかったため、ローレン侯爵家からバード公爵の外孫にあたるディアナをパトリックに嫁がせることによって、ローレン侯爵家とバード公爵家が推す形でパトリックが王位を継ぐこととなったのである。

 しかし、現在国内が落ち着いたスロンが、血縁関係をもってこの国の内政に干渉してくるという懸念を持っているものも少なくない。そのため国内勢力をまとめるには、外国の血の入ったパトリックではなく、フィオンを王にと推す声は根強い。

 王と王妃の間には、まだ二歳になる姫しかいないことも、その要因を強めていた。

 フィオンが誰と結婚するか。

 それはバード公爵家の問題だけではない。婚姻という形でフィオンを手に入れることができれば、親族としての影響力が強くなる。フィオンを王にと願う人物たちにとっては、またとないチャンスを得ることができるのだ。

 今回の惚れ薬の事件。フィオン個人に対しての恋情という話だけではすまされない事情があった。


「コレット・マカリスター嬢、ですか」

 王妃がぽつりとつぶやいた。

 フィオンの薬の効果の相手。今年社交界にデビューしたばかりの、マカリスター男爵家の次女。デビュー前に王と王妃に拝謁しているが、栗色の髪の可愛らしい少女だったという印象しかなかった。

「マカリスター男爵では……無理でしょうね」

 今回の犯人を逃走させることは。


 マカリスター男爵領は、王都より北東に位置するさほど大きくない領地である。領地の北側にあるレイノー山脈からの雪解け水によって豊かな土壌ができ、そのうえ代々男爵家により治水も整えられつつあることで、作物の生産も安定しているようだ。しかし、あくまで地方領主の域を出てはいない。

 中央での役職はなく、社交シーズン以外はほとんどを領地で過ごしているようなマカリスター男爵に、監獄から犯人を脱出させるだけの人脈があるとは考えにくかった。


 みなが押し黙ったところに、フィオンの到着が告げられた。

「遅くなりました」

 扉が開くと、今話題となっている人物、バード公爵フィオン・アルファードが姿を現した。王と王妃以外の家臣は、フィオンを迎えるためにみなイスから立ち上がり頭を下げる。

「フィオン、体の具合はどうだ?」

「兄上、ご心配をおかけして申し訳ありません。特に体に問題はないんですけれどね」

 兄である王、パトリック・アルファードに一礼すると、フィオンは王と王妃に次ぐ上座に腰を下ろした。フィオンが座ったのを確認し、迎えた家臣たちも席に着く。

「本当に、大丈夫ですの?」

 先ほどまで診察をしていたため、フィオンと供に入室してきた医師に王妃が問いかける。

 フィオンにとって王妃であるディアナ・アルファードは現在義姉となっているが、血のつながったいとこでもある。そのため、二人はよく似ている。王妃の方が少しくせがあるものの、プラチナブロンドの金髪や顔立ちなども、王であるパトリックよりもディアナの方が姉弟きょうだいのように見えるほどだ。

「公爵のお体自体には、特に異常はみられないようでございます。体温や脈なども正常ですし、意識もしっかりしておられます。ただ……」

 問題は、『惚れ薬』としての効果である。

「フィオン、あの夜会で誰かと会うお約束なんかはしていらっしゃいましたの?」

 事前に会う約束をしていたのなら、それを狙って犯行を行うこともできる。

「約束、ですか?事前に、ということでしたらありませんでした。邸内に入ってからは、たくさん声をかけられましたけどね」

 パーティーのたびに、フィオンに群がる若い女性たちをみな一様に思い出す。

「何かを口にしたのは、いつだったのだ」

 王の問いに、しばし考える。

「伯爵邸についてからは、二度ほどでしょうか」

 夫人にあいさつをした後、参加していた友人たちと会話をしていたときに運ばれてきたもの。その後、再度伯爵夫人と会い、何人かの女性を紹介された。ホールで人だかりが大きくなると来客者の妨げにもなる。そのため庭園の方へ移動したのだが、確かそのときも飲み物を渡されたような気がする。

「ああ、従者に連れられて薬を飲まされたと聞いた後、水も大量に飲まされましたよ」

 フィオンの話を聞いて、王はため息をついた。

 実行犯がいない今ではどちらで服用したのかはっきりはしないが、状況から見ても後者であろう。薬の効果がでるまでの時間がまちまちであるようなのではっきりとはいえないが、フィオンが飲み物を飲んだ後に会った人物を全員割り出す必要があるようだ。

「実行犯の女をすぐにさがしだせ。それと、フィオンが会ったであろう令嬢を中心に、ルノワール邸の夜会に参加していた人物を洗い出すように」

「はい」

 王の命令に、臣下一同頭を下げた。

 


 話し合いも進んだころ、ドアをノックして王家の執事が入ってきた。

「申し上げます。コレット・マカリスター嬢が到着いたしました」

 話題の人物の名前が上がり、まわりの視線が執事に集まった。

「私が呼びましたの」

 にっこりと王妃が微笑む。

「だって、どんな方かわからないと困ってしまいますでしょう?」

 これからのことを考えても、コレットがどんな人物なのかは重要となってくる。いくらコレットが犯人である確率が低いとしても話は別だ。

「コレット嬢がいらっしゃったんですか」

 嬉しそうに声を弾ませ、フィオンが立ち上がった。

「兄上、席をはずしてもよろしいですか?」

「フィオン」

 王がたしなめ、家臣がざわめく。

「僕が必要なお話はもうおわりましたよね」

 聞く耳をもたなそうなフィオンに、王はしぶしぶといった感じで退席を許す。

「フィオン、私も後から参りますので、それまでミス・マカリスターの相手をよろしくね」

「はい。では兄上、失礼いたします」

 王妃の言葉にうなずき、王に一礼しフィオンは席をはずす。

 噂以上の熱の入れように、王を含め家臣一同深くため息をついた。

 入室してきたときは、薬を服用したことなど感じさせないほどいつもどおりのフィオンだった。しかし、コレットに対してのあの態度。今までの女性たちとはくらぶべくもないほどの豹変ぶりだ。

 これが『惚れ薬』の効果だとすれば、ものすごい威力である。

「解毒薬はつくれそうなのか?」

 証拠品としてあげられた、『惚れ薬』の入っていた瓶をちらりと見て王が問う。

 すべて使われたのか、残りは捨てられたのか、犯人を捕まえたときから瓶の中身は空っぽだった。残りから成分を割り出すことは難しい。

「薬の成分がはっきりしないので少しお時間がかかるかと思いますが、必ずや……」

 それまであの状態のフィオンを、いったいどうするか。


「よろしいんじゃないかしら」

 そこにいるみなの視線が王妃に集まった。

「マカリスター家が今回の事件に関与した可能性はかなり低いのでしょう?彼女の性格自体に問題がなければ、フィオンのことはしばらく様子をみてさしあげたら?」

「王妃……」

「お言葉ですが、王妃さま。これを黙認しておりますと、王家としての示しがつきません」

「もちろん、犯人を許すとは申してませんわ。解毒薬の研究と犯人の特定はしっかりとしていただかないと。でも、その間ぐらいフィオンの好きにさせてあげたらどうかしら?あの子も公爵としての自覚があった上での行動でしょうし」

 ……そうだろうか?

 ここにいる一同、先ほどのフィオンの様子を思い浮かべて心のかなでつぶやいた。

「それに、フィオン今とっても幸せそうなんですもの。好きな人から引き離すなんて可哀想でしょう」

 語尾にハートマークがつきそうなほどの能天気さで、王妃はにっこりと微笑んだ。


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