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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
54/71

54.探り

 パタンと扉の閉まる音が聞こえると、ディアナは肘掛け椅子にゆっくりと体重をあずけた。

 王宮の中。

 王妃の謁見室での面会が終了し、王妃は少し考えるように指をこめかみに軽くあてる。

「男爵は思っていたより冷静でいらっしゃいましたね」

 王妃に付き添う形で話を聞いていた女官長が口を開いた。

 今ほどまで王妃と会っていた人物であるマカリスター男爵は、ここしばらく王宮の中でも噂の渦中にいた人物である。

「マカリスター男爵にとっては、想定の範囲内だったということでしょう」

 今ほどまで会っていた男爵の様子を思い出し、女官長の疑問に王妃は答えた。

 もともとマカリスター男爵にバード公爵を娘婿にと望む野心などはない。

 惚れ薬の一件にしても、それにつけこむこともせずに、いつかこの日がくることを最初から意識していたのだろう。

 出世を望み、状況を利用することにたけた者たちからは、愚鈍と思われるであろうその行為も、自分の立場を間違えずに現状を把握できているという意味で王妃は評価していた。

「解毒薬の効果もあったようですし、これで犯人が捕まれば事件も一段落でございますね」

「そうね……」

 あまり興味もないという様子で、王妃は相槌をうつ。

 先ほどの男爵からの報告によれば、フィオンが解毒薬を服用後、コレットに対する嫌がらせがかなり激減しているとのことだった。

 解毒薬の効果とともに寵愛の喪失について声高に言ってくるものもいるようではあるが、それも一部の者だけだ。

 それは、解毒薬服用後体調が回復しても、フィオンがマカリスター男爵家やコレットに対し特別に接することを一切していないことも大きかった。現在、多くのものは惚れ薬の事件の前に戻ったようにそれぞれの生活に戻りつつある。

「おとなしくしてくださるのなら、見逃してさしあげてもよかったのですけれどね」

「何かおっしゃいましたか?」

「何でもありませんわ。部屋に戻ります」

 にっこりとほほ笑むと、王妃は席を立った。

「そうだわ、タニア」

 侍女が開けた扉に近づくと、王妃は思い出したように足をとめ女官長の名を呼んだ。

「はい。どうかされましたか?」

「今日は監獄のものが報告に来る予定になっていましたわね。後で私のところにも結果を報告するよう話を進めておいてくださる?」

「かしこましました」

 女官長が頭を下げる中、王妃は謁見室を後にした。


 自室にもどると、王妃は人をさがらせ窓辺のソファにゆっくりと腰を下ろした。

 王妃が腰を下ろした窓の外。ベランダに控えていたお仕着せを着た少女は、王妃が部屋に一人になったことを確認すると、窓から室内に入った。膝を折りゆっくりと頭をさげる。

「それで?」

 ディアナは、入ってきた少女に視線を向けることもなく、独り言のように声をかけた。

「はい。先日ご友人のコールフィールド伯爵令嬢にお会いした以外は、外出することもなく町屋敷タウンハウスの中で静かにおすごしのようです。男爵家の方には、マイルス子爵やボートン伯爵夫人など、数人の方が訪れていましたが、それもここ数日は落ち着いてきたご様子です」

「今までほとんど交流を持ったこともないようなものたちが、どのような顔をしていったことやら」

 あげられた名前に、王妃は肩をすくめる。それらの名前から、目的もおおよその見当がついた。

 実際にフィオンに見初められることもないであろう令嬢をもつもののやっかみにより、嫌みの一つもいいたくなった者たちであろう。

「それでは、コレットの耳にもいろいろな噂が耳に届いていることでしょうね」

「訪れた方々は、それが目的と考えられますので……。ですが、表だって来られる方は一部のようです。男爵家の周りは以前に比べてかなり静寂を取り戻しつつあります」

「そう」

 確かにマカリスター男爵の報告通り、以前より嫌がらせの絶対数としては減少しているようだ。

 しかし……。

「まだ完全に安心はできませんわ」

 静かに見える今こそが、危険な可能性もある。

「今まで通り、仕事を続けなさい。油断せずにね」

「はい」

 深く頭を下げると、少女は静かにその場を後にした。




 王宮の中、案内役の後についで叔父の後ろを歩いていたジェシカは、聞こえた声にはっとして足をとめた。庭の方へと視線をめぐらせれば、見えた人影に表情を輝かせる。しかし、それと同時に視界に入ってきた人物に柳眉をくもらせた。

「ジェシカ、どうした?」

 ジェシカが急に立ち止まった気配を背後に感じ、ギルダスも足を止めて振り返る。

 眉根をよせながらジェシカが見ている先へと視線を送ると、そこにいた人物にああとギルダスはうなずいた。

「どうかされましたか?」

 案内役の青年が、急に立ち止まった二人に声をかける。

「すまないが、しばらく待ってもらえないだろうか。バード公爵にあいさつをしていきたい」

 二人が見ていた先を確認し、青年はうなずく。

「わかりました。陛下への謁見されるお時間まではまだ間がありますので問題ありません。こちらでお待ちしています。終わりましたらお声をおかけください」



 自分たちに近づいてくる人物に気がつき、アニエスは会話を止めるとそっとフィオンの腕に手をおいた。

 そちらに背を向けていたフィオンが振り返る。

「これはドーズ卿、それにジェシカ嬢も。今日はドーズ卿から兄上に報告がされる日でしたね。僕も同席する予定だったのですが、もうそんな時間ですか」

「いえ、陛下への謁見までにはまだお時間があります。どうやら私がはやくにうかがいすぎたようです」

「バード公爵、アニエスさま、ご機嫌麗しく。公爵には、お身体の方も回復されたとのこと。心よりお喜びもうしあげます」

「ああ、ありがとう。今回のことでは、みなにいろいろと心配をかけてしまったようですね。アニエスにも、顔を見たとたんに泣かれてしまいました」

「お恥ずかしいところをお見せしまして、申し訳ありませんでした。お元気そうな様子をみたら安心してしまって」

「心配させて、すまなかったね」

 二人の中睦まじい様子を目の前で見せられ、ジェシカが叔父の後ろからぐいっと前にでた。

「フィオンさま、お元気になられて本当によかったですわ。私も、毎日眠れないほどに心配していましたのよ」

 アニエスに張り合うようにいうジェシカに、フィオンは少し驚いたような表情をしたあとにっこりとほほ笑んだ。

「ありがとう」

 優しく微笑まれ、礼の言葉を告げられると、ジェシカの頬がぽっと赤くなる。

 そんな様子に、ギルダスはこほんと咳払いをすると話を続けた。

「それで、公爵。お身体の方は?」

「ええ、ごらんのとおり大丈夫ですよ。何も問題ありません」

「薬の解毒については、どうなのですか?」

「ジェシカ!」

 あまりの直接的な質問に、ギルダスは咎めるが、ジェシカはそんなことも気にせずにフィオンをじっと見つめている。

「かまいませんよ。皆が気にしていることでしょうから」

 フィオンは少し考えるように軽く腕をくんだ。

「どうなんでしょうね。惚れ薬を飲んだといわれた時も、自分としてはそんなに変ったようには感じられなかったのですが、今回も同じような感じです。自分ではよくわからないものなのかもしれませんね」

「コレットさんとはお会いになられていないとか」

「今、この時期に会う理由もありませんからね。マカリスター男爵にも彼女にも、いろいろと迷惑をかけたと反省しているところなんですよ」

 そういって肩をすくめたフィオンに、ジェシカは安堵の表情をうかべた。

 嬉々としてフィオンに近づこうとしたジェシカの腕を、ギルダスはぐいっとつかみそれを阻止する。目で抗議するジェシカに、わずかに首を振って制する。

 あまり調子にのって踏み込むのは危険だ。

 ギルダスの表情に、ジェシカはしぶしぶといった感じで一歩後ろへとさがった。

 その様子に、ギルダスはつかんでいた腕の力を弱め顔をあげる。その時に視界に入ってきた人物に、おやっと眉をあげた。

「噂をすれば、ですな」

 渡り廊下を歩いている人物を見つけ、ギルダスが口を開いた。

 皆の視線がそちらへと移れば、今まさに話題に上っていたマカリスター男爵が王宮から退出をするところだった。

 こちらに気が付いた男爵は、わずかに表情を硬くする。

 だが、王弟であるフィオンがいる場面である。

 素通りするわけにもいかず、皆に近づき頭をさげた。

「マカリスター男爵、お久しぶりですね」

「バード公爵殿下におかれましては、体調のご快復を心よりお喜びもうしあげます」

「ありがとう。今日はどのような件で王宮へ?」

「王妃さまのお召にしたがいまして、ご報告などを……」

「義姉上から?」

「いったい、何の報告ですかね」

 にやりとした表情で、ギルダスが口をはさんだ。

 その表情から、マカリスター男爵が保身のために王家に訴えでているとでも考えているのだろうか。

「たいしたことはなにも。ただ、当家の現状を報告させていただいただけですので」

 男爵の反応に、面白くもないといった様子でギルダスは小さく鼻をならした。

 まっすぐに自分を見てくるその態度が気に入らない。もう少し現状に落ち込みもすれば可愛げがあるものを……。

「マカリスター男爵」

「はい」

 名を呼ばれ、男爵はギルダスと合わせていた視線をといた。

「今回の件、男爵家には大変な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なく思っています」

「お気づかい痛み入ります。こちらこそ、お見舞いにもお伺いせずに申し訳ございませんでした」

「いえ、本来なら僕の方からお伺いしてお詫びしなければならないところです」

「お詫び……ですか?」

「ええ。落ち着きましたら、話し合いの場を設けることとしましょう。今後のことについてなども」

「それは……」

 難しい顔をした後、男爵は口を閉じる。ちらりとフィオンの隣に並ぶアニエスを見た後、それ以上は何もいわず深く頭を下げた。


「そろそろ謁見の時間になりますね。そういえば、公爵はどちらへ行かれるところだったのですか?」

「アニエスを玄関ホールまで送っていくところだったんです。オースティン公爵からお預かりしていましたので」

「フィオンさま、わたくしもう一人でも平気ですわ。お時間をとらせてしまったようですし、フィオンさまはもう陛下の元へお戻りくださいませ」

「だけど、ここで君をほおっていくわけにはいかないよ」

「ありがとうございます。とても嬉しいお言葉ですけれど、フィオンさまの公務の妨げをしたくないのです。わたくしのことは気になさらないでください」

「ありがとう、アニエス」

 微笑みあう二人をジェシカはじっと見つめる。そんな彼女に、ギルダスが視線を送った。

「ジェシカ、お前は……」

「ジェシカ嬢には控えの部屋を用意させましょう。ドーズ卿を待っている間、その部屋で過ごされるといい」

 そういうと、通路で待機していた案内役の青年にフィオンは声をかけ呼び寄せる。

「彼女を控えの間に案内するように」

「は、はい」

 直接王弟であるフィオンから声をかけられ、案内役の青年は体を半分に折り頭をさげる。

 しかし、顔をあげるとちらりとギルダスに視線を送った。彼の仕事は現在ギルダスを王の御前に案内することなのである。

 それに気が付くと、フィオンは青年ににっこりとほほ笑みかけた。

「大丈夫。ドーズ卿は僕が兄上のところまで案内するから。君はジェシカ嬢のことをしっかりと頼むよ」

「はい。かしこまりました」

「ジェシカ嬢、しばらく控室でお待ちください。報告が終わったら、ドーズ卿とともに僕も部屋へ伺いましょう」

「は、はいっ。お待ちしておりますわ!」

 嬉しそうに声を上げたジェシカににっこりとほほ笑むと、フィオンはくるりと首をめぐらせた。

「アニエス、ここまでになってしまってすまなかったね。気をつけて帰るようにね。それでは男爵、僕はここで失礼します」

 退出するタイミングがなく、その場に留まる形となっていたマカリスター男爵は、声をかけられるとフィオンに深く頭を下げその場を見送った。

 

 フィオンとギルダスを見送った後、一礼をしてマカリスター男爵もその場を後にした。残されたジェシカはちらりと隣にいるアニエスを見た。まっすぐにフィオンの背を見つめるアニエスの表情はどこか冴えない。

 先ほどまでは、フィオンの回復を喜び明るい表情を浮かべていたというのに……。

「アニエスさま。どうかなさいましたか?」

「何がですか?」

「バード公爵の解毒も良好なようですし、体の方も順調に回復されています。それなのに、浮かないようですから」

 指摘され、アニエスはもう一度フィオンが去った方向に視線を向けた。

 すでにフィオンとギルダスの姿はなくなっている。

「そうですわね。すべてが元通り、そうだといいのですけれど……」

「そうではないと?」

「本当に解毒されたかなんて、まだわかりません。それに、今回の解毒によって薬の効果がなくなったとしても、フィオンさまの今までの記憶がなくなっているわけではありませんわ」

 例え薬の効果であったとしても、コレットに思いをよせ、彼女を愛しいと思っていた記憶は彼の中にある。

「今までと同じ思いを彼女に注ぐことはなくても、二人が一緒にいることがなくなったとしても、それでもフィオンさまの中で彼女は他の女性と同じではないはずです。薬のせいとはいえ、一度は気持ちを向けた相手ですもの。本当に薬の効果がなくなったのなら、いえ、なくなったならなおさら、フィオンさまは彼女のことに気をお配りになるでしょう。それが続くことを苦しく思うのは、わたくしのわがままなのです」

 少しさびしそうにアニエスはそう口にした。

 自分がフィオンを愛しく思うから、彼の中に他の人の面影がわずかに見えるだけで胸が痛む。それはフィオンの傍にいたいと願うなら、これからずっと続くことなのだ。

「あの子がいる限り、ずっと……」

「失礼。変なことをいいましたわね。忘れてください」

「……」

 アニエスとジェシカの話が途切れると、案内役の青年が二人の前に一歩踏み出した。

「控えのお部屋の方にご案内いたします。まだお話されるのであれば、アニエスさまもそちらにいかれますか?」

「いえ、それには及びませんわ。迎えも来ていますから。それでは失礼いたしますわ」

 アニエスがそう言ってその場を離れる。

 玄関ホールに向かって歩いていくアニエスをジェシカはじっと見つめる。

「では、ランデル子爵ご令嬢さま、お部屋にご案内いたします。」

「……」

 ジェシカの背中に向かって声を掛けるが、振り向く素振りもない。

反応のないジェシカに、どうしたのかと案内の青年は首をかしげた。声がきこえなかったのだろうか。

「お嬢さま、どうかなさいましたか?」

「わたしも帰ります」

「は?」

 言われたことの意味がすぐに理解できず、青年は少し間の抜けた声をあげた。

「叔父上さまであるドーズ卿はまだ謁見に行かれたばかり。お戻りになるまでは時間がございますが……」

「私が戻った後に、馬車はすぐに王宮へ戻るようにさせますわ」

「バード公爵殿下が後でお伺いするとのお言葉でした。そちらでお待ちいただくとお話になっていらっしゃったのではありませんか?」

 先ほどフィオンとその話をしていたばかりである。

 彼がいなくなり、舌の根も乾かぬうちの豹変に青年はどうしたものかと首をかしげる。

「少し気分が悪くなりましたの。ですから申し訳ありませんけれど帰ります」

「ご気分がすぐれないのですか? ならばなおさら控室でお休みください」

「いえ。急にうかがったうえにそこまでお手を煩わすことなんてできませんわ」

 くるりと振り返ると、厳しい表情を浮かべていたジェシカは案内の青年に向き直る。一瞬たじろいだ青年に、ジェシカは一変してにこやかにほほ笑んだ。

「バード公爵のお元気なお顔を拝見させていただけて、とても安心しました。お気づかいいただいてとても感謝していたこと、体調不良で急に帰宅したことにわたしがとても謝っていたことをお伝えください。次にお会いできるときを楽しみにしています、と」

 そういうと、ジェシカは青年が止める間もなく踵を返す。

「あっ、お待ちください」

 振り返ることもなく歩いていくジェシカのあとを、案内の青年は慌てて追っていった。


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