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薬の罠に気をつけて  作者: 宮野りう
「薬の罠に気をつけて」本編
25/71

25.拘束

 夏至の夜、徐々に薄暗くなっていく園内にランプが灯されていく。

 空はまだ明るさをたもっているが、木々が並ぶ遊歩道や物見台となっている二階建ての楼閣などが落とす影は暗い。灯されたあかりはそんな暗がりをやさしく包んでいった。

 そんな人ごみの中から、フィオンの知り合いらしい貴族の姿が近づいてくる。その姿に、あいさつをするのに手をあずけていては失礼になると、コレットはフィオンの腕からあずけていた手をそっとはずした。

 手を離してフィオンから少し離れた瞬間、とんと肩がおされてコレットはよろめいた。その衝撃で花冠が頭から落ちる。

 急に歩く速度を落としたためかと、コレットは腰を落として地に落ちた花冠に手を伸ばす。しかし、コレットが手に取るより早く、花冠は目の前からすいっと動いた。

 顔を上げて花冠を目で追えば、それを手に取ったのは身なりのよい女性だった。ちょうど灯されたランプのあかりが逆光となって、女性の横顔ははっきりとは見えない。

 それを返してもらうため、コレットが立ち上がり声をかけようとしたときだった。横から伸びてきた手にコレットの腕がつかまれる。

(えっ?)

 自分の腕におかれた手に、コレットは目を瞬く。

 自分の腕をつかんだ相手を確かめる間もなく、握られていた腕に力がこめられたかと思うと、ぐいっと引っ張られる。その力でよろめけば、相手はそのままコレットの腕をつかんで走り出した。

 花冠を手にした女性は、ちらりとコレットのいた場所に視線をむける。そして再び花冠に視線を落とすと、眉根をひそめて花冠を投げ捨てた。そして何事もなかったように歩き出し、人ごみの中に消えていった。



 腕をつかまれたまま、引きずられるようにコレットの足が動く。

 いきなりのことで、何が起こっているのかわからなかった。

「や……」

 慌てて声を上げようとすると、建物の影に引き込まれ口をふさがれる。その手を何とか引き離そうとコレットはもがくが、思っていた以上に相手の力が強い。

 後ろから片手を拘束され口をふさがれているコレットは、背後に密着した相手を何とか確認しようと首を動かす。

 そこでやっと自分を拘束している相手の姿がちらりと見えた。

 コレットよりほんの少し身長が高いぐらいの女性が、コレットの片手を後ろ手につかみ口をしっかりとふさいでいる。暗いため、女性であることは分かってもその姿をはっきりととらえることはできなかった。

 コレットはあたりに視線をめぐらせた。何とかこの状況を回避しなくてはならない。

 しかし、みなの興味が広場に向かっている現在、建物の影となって死角となっているこの場所に視線を向けるものなどいない。建物の裏側には木々が植えられていてさらに人目が向きにくい。木々の向こうに見えるあかりの下にはたくさんの人がいるのに、声も出せない状況では気が付いてさえももらえない。

 コレットがまわりを確認していることを、反撃がやんだと思ったのか女が急に動いた。

 コレットの口を押さえていた手をはなし、腕をつかんだまま走り出す。急な動きにコレットは引きずられる。

 そこでコレットは自分を拘束した相手の後ろ姿をしっかりと確認した。大きなスカーフを三角におり、頭巾のようにかぶっているその頭からは茶色っぽい髪が見えている。格好からすると貴族ではなく、それに仕えているといったような雰囲気である。

 その女性に木々のさらに奥に連れ込まれそうになり、コレットははっとした。木々の茂ったこの場所は、昼間なら園内の池を取り囲む憩いの木陰となる場所である。しかし夏至の夜が闇をまとい始めた今、木々の葉が空をかくすこの場所はいっそう闇が濃い。その上この奥にはボート遊びもできる大きな池があることを思い出し、コレットの背筋が震えた。

 まさかと思う。

 でも、相手の真意が分からない。

「はなして!」

 コレットは自分の腕を取った人物にそういうと、腕を取り戻すために力を込めた。しかし、その程度の力では相手の手はびくともせず、反対に相手はコレットをつかんでいた手に力を入れる。力を入れられた腕にコレットは痛みで眉根をよせた。

 コレットはその女に手をとられたまま、後ろを振り返る。

 どんどん人のいる場所から離されていることに気が付けば、恐怖がコレットを襲ってきた。

「いやっ!」

 コレットは渾身の力を込めて腕を引いた。

 そのとき。

 足元に茂る草に足をとられた。つかまれていた手が、一度ぐいっと力を入れられた後、離される。

 ふわりとコレットのシフォンのドレスがゆれた。

(えっ?)

 大きく開いたコレットの目に、急に開けたまわりの景色がゆっくりと動いていく。

 先ほどまでの枷はとりはらわれ、コレットの腕は自由になった。しかし、自由になった手は空をきるだけで何もつかむことは出来ない。

 木々をすり抜けた場所。池のまわりの遊歩道があるため急に低くなった場所に、コレットの体は投げ出された。





 大きなスカーフを三角におり頭巾のようにかぶった女性は、ちらりとコレットの姿が消えた方を見ると、足早にその場を立ち去った。

 木々の茂る場所からランプの明かりがともる歩道に出る前に、ぱんぱんとスカートの裾をはたいて整える。

 歩道にでてまわりを見渡すと、広場を遠くから望める場所に目的の人を見つけて近づいていく。後ろに気配を感じて、その場に立っていた人物は振り返らずに口を開いた。

「それで? うまくいったの?」

「はい。気がつかれずに引き離すことができました。池の方は今は人気がない時間ですし、発見されるまでには時間がかかると思いますが」

「そう」

 表情を変えずに報告を受けた女性は、ゆっくりと振り返った。

 報告してきた女性をみると、眉をひそめる。

「髪を直しなさい。少しずれてるわ」

 走ったせいか、スカーフで押さえられた茶色い髪が微妙にずれている。

 言われて慌てて髪を整える姿をみて、女性はふうとため息をついた。その視線を木々の暗がりに移すと、憎らしげににらみつける。

「少しは思い知るといいんだわ。あの方の隣にいることができる立場ではないということを」

 




 草むらに投げ出されたコレットは、ぶつけた体の痛みをこらえて何とか体を起こした。

 その場に座り込んでしまう形になったコレットは、不安気にあたりを見回す。少し顔を上げて自分が落とされた場所を見るが、先ほどまで自分の腕をつかんでここまでつれてきたであろう人物はいなかった。

 コレットが突き落とされたのは、池のそばの歩道近くの草の上だ。

 草の上だったことで衝撃が吸収されたのがせめてもの救いだろうか。近くには階段がある場所や、堅く舗装された場所が丘に迫っている場所もある。もし階段から突き落とされたり、歩道の上に敷かれた石畳の上に叩きつけられたら、こんなものではすまなかったかもしれない。

(はやく戻らないと)

 急に引っ張られてつれてこられてしまった。

 何も言わずに急にいなくなってしまったのだから、フィオンはきっと自分を探しているに違いない。

 なんとかフィオンの元に戻らなくてはと、コレットは立ち上がろうと足に力をいれた。しかしずきんと強い痛みを感じ眉をひそめると、そのままぺたりと再び座り込む。

 服の上から痛みのあった足首を押さえた。

(どうしよう……)

 さっき転んだときに足をひねってしまったらしい。

 池の周りの遊歩道は、足元を照らすようにランプが置かれている。しかし広い池にはあかりはなく、水面はまわりの木々の影が暗く落とされている。

 もうすぐ広場ではお祭りのメインとなる炎が灯される時間となる。みなが広場へと視線を向けて移動している中では、それと反対の位置にあるこの薄暗い場所にいて気が付いてくれる人がいるのかどうか疑わしい。

 そんな中ここでじっとしていても助けがくる可能性は低いだろう。

 急にいなくなってしまったことで、フィオンに迷惑をかけているのかと思うとコレットは気が気ではない。

 足が痛いから立ち上がれないとは言っていられない状況である。

 無理をすれば痛みはひどくなる可能性もあるが、それはここを出てから考えればいいとコレットは痛みのないほうの足に力を入れた。

 しかし、痛むのは足だけではない。落ちたときにぶつけた体もあちこち痛み、急なことに体が驚いているのか足に力が入らなかった。

 立ち上がることさえできず、痛みと不安でコレットの目に涙が浮かぶ。

 

「どうかされましたか?」

 誰もいないと思っていたのに急に声をかけられ、コレットはびくりと肩を震わせて顔を上げた。

 しかし薄暗い場所で、さらに遠くからの光が逆光となり相手の顔がよく見えない。

 相手がわからないコレットとは反対に、相手の人物ははっとしたように小さく声を上げる。

「……コレット?」

「えっ?」 

 急に名を呼ばれれば、コレットは驚いて相手の顔をじっとみつめる。そして相手が誰か気が付くと息を飲んだ。

 実際に会うのは一年以上になる。忘れるはずもない人。

「キース……」

 コレットはつぶやくように元婚約者の名前を口にした。



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