23.夏至祭
おりるために馬車から一歩踏み出したコレットは、周りの賑やかさに驚いてあたりを見回した。
馬車が止まったのはリアーズ・ガーデンの王家専用の門からなのでとくに込み入ることはなかったが、公園内の木々の向こうに見える正門を入ってすぐの停留所はかなりの馬車と人の数でごった返している。
コレットが馬車からおりるのに手を貸そうとしていたフィオンは、触れようとする寸前に止められたコレットの手に苦笑するとそれを優しく握り締めた。
握られた手にはっとして、コレットはあわててフィオンの手をかりて馬車からおりる。
きちんと馬車からおり立ったコレットに、フィオンはにっこり微笑んで持っていた花冠をそっとのせた。
今日のコレットのドレスは袖の部分は肩から薄く地の透けたデザインで、袖口とドレスのすその部分には繊細な刺繍があしらわれている。クリームイエローのドレスの上にはやわらかいシフォンがふんわりと重ねられて、歩くたびにふわふわと可愛らしくゆれた。
そこに、セント・ジョンズ・ワートの可愛らしい黄色の花を中心に、白のノコギリソウの花とオレンジ色のマリーゴールドの編まれた花冠をかぶった姿は、まるで花の妖精を思わせるほどに愛らしかった。
それに満足するようにフィオンはにっこりと微笑みかける。
フィオンの笑顔に赤くなりながら、コレットは礼を言う。
「君が夏の妖精たちに囚われてしまわないように、ね」
セント・ジョンズ・ワートやノコギリソウには、妖精たちから身を守る効果がある。それを身に付けるのは、自然の力がもっとも大きくなる夏至の日に彼らの国につれていかれないようにとの昔からの風習である。もっとも、男性が恋人に送るのには、他の男に心奪われないようにとの意味も込められているのだが。
コレットの手をとり、フィオンは園内に歩を進めた。
その後ろから、本日の共として一定の距離をとり従者であるロイドも二人を追う。お祭りの夜、治安の維持を図るためある程度の入場制限はあるものの、リアーズ・ガーデンは広く開放されている。警備も強化されているが、絶対ということはない。王宮や貴族の館でのようなわけにはいかないのだ。
まだ明るい園内の遊歩道を歩けば、あたりにはいろいろなところから楽の音や人の声が聞こえてくる。
園内には貴族以外の人たちも入っているため、貴族のパーティーのようにフィオンとコレットが注目を集めすぎることもない。ときおりフィオンにあいさつをしてくる人がいるくらいで、二人はのんびりと園内を散策できた。
遠目に貴族の令嬢らしき人物の一団がこちらを見ていたが、それでも直接声をかけてくることはない。
「にぎやかですね」
「特にこのあたりはお祭りの中心になってるから。ほら、中央の広場のほうに組み木が見える?」
フィオンが指差す方向に視線をむけると、人ごみの上の方にちらりとそれらしきものが目に入った。
まわりの人ごみに隠れて、コレットの身長でみえるのは組まれた木の先っぽだけだ。
「日が落ちると、あそこに火が灯されるんだ。それまでに紙に願い事を書いて入れておくと、天にとどけてくれる」
願いをかなえるまじないはいろいろあるが、あれだけ大きいと確かに天までとどきそだとコレットも頷く。
「行ってみようか」
「えっ?」
「願いごとをしに、ね?」
フィオンに促されて広場に来てみると、そこには願いごとをしようとしている人たちがたくさんいた。
さすがに恋のお祭りといったところだろうか。組み木のそばにいるのは、占い好きの妙齢の女性たちや恋人たちの姿が目立つ。広場のまわりには願い事用に綺麗な紙を販売している店もありその近くで願いごとを書いている人たちもいれば、自宅から願いごとを書いた紙を持ってきて組み木のなかに入れている人もいる。
フィオンから綺麗な薄紫色のスミレが描かれた紙を渡されると、コレットはその紙をじっと見つめた。
いきなり願いごとといっても、何を書けばいいのか。
ちらりとフィオンをみれば、すでに書き終えて紙を折りたたんでいる。
ふとその横顔に、王宮でのフィオンの横顔が重なった。
今のコレットに願いがあるとするならば……。
書いた紙を折りたたみ、途中開いたりしないように封筒へと入れる。
それを預かりロイドが組み木へと向かった。今夜は祭りの夜である。ここに来ている全員がフィオンの顔を知っているわけではないが、さすがにフィオンとコレットが直接組み木の側にいくのでは目立ちすぎる。
「願いごとは何を書いたの?」
「えっと……秘密です」
ちょっと頬を赤らめると、コレットは視線をそらしながら答えた。
とっさに書いてしまったことでフィオンはコレットがなんと書いたのか知らない。それでもなんだか恥ずかしくてまともに彼を見ることができなかった。
とくに知られてまずいようなことは書いてはいない。書いてはいないのだが、それでも『彼がずっと笑っていられますように』ととっさに書いてしまったことに頬が熱くなる。
『彼』が誰であるのかは書いた本人にしか分からないのだが。
「お願いごとはあまりお話しないほうがいいんですよ?」
それは女の子たちの中での、おまじないの基本でもある。
「そうなの? 言葉にしないと叶わない願いごともあると思うけど」
言葉にしなければ伝わらないことがあるから、フィオンはコレットへの告白をやめないわけなのだが。
「君がいうなら、そういうことにしておこうかな」
フィオンの返事に、コレットはほっと小さく息を吐いた。
これなら願いごとを訊かれることはなさそうだ。
「フィオンさまのお願い、叶うといいですね」
話題を終わらせようとにっこり微笑んでそういったコレットに、フィオンはちょっといたずらっぽく微笑み返した。
「僕の願いが叶うかどうかは、コレット次第ってところかな」
フィオンの言葉にコレットは目を瞬いた。が、次の瞬間その願いごとの内容を察し、コレットは耳まで赤く染めることになった。
広場を後にすると、小さな子供たちが作り物の羽根や赤い帽子をつけて妖精を模した姿で歌っているところで、コレットの足が止まった。子供たちが可愛らしい妖精たちにふんして、一生懸命に歌っている姿はとても微笑ましく見える。
そんなコレットのドレスの裾が、おずおずと引っ張られる。
驚いて振り向くと、背中に羽根をつけた少女がコレットのドレスの裾をつかんでいた。細く削られた木にすける布を縫い付け作られた羽根が、少女の背中でひらひらと揺れる。少女はおずおずと、かごの中の可愛らしい色とりどりのリボンの付いた袋をコレットに見せた。
「お一ついかがですか?」
可愛らしい女の子の姿に、コレットの頬がゆるんだ。
「これはなあに?」
コレット質問に、少女はえっ?という表情をする。
コレットはその反応に目を瞬かせた。自分以外の人たちは当たり前に知っているものなのだろうか。
助けを求めるようにフィオンに視線を向けると、彼はにっこりと微笑んだ。
「コレットはどの色が好き?」
リボンの色を問われているのだと気が付いて、コレットは少女の持つかごの中に目を落とした。
ピンクにブルー、緑に黄色、赤にオレンジ。
それぞれに異なる色のリボンの中に、綺麗なライムグリーンのリボンを見つけ、コレットの視線がとまった。それに気が付くと、フィオンはかごの中からそれを取り出す。
「これをもらおうかな」
そういうと、少女にコインをわたす。
フィオンを見て赤くなりながらもじもじと少女はコインを受け取ると、手の中のコインを見て驚いたような顔をした後ぱっと表情を輝かせた。
「ありがとうございます! お二人に夏の女神様のご加護がありますように」
離れていく少女の羽根がひらひらと揺れるのを見送ると、コレットはフィオンを振り返った。
フィオンはコレットが何か言う前に、今少女から買い取った小さな袋をコレットに渡す。
コレットの手にすっぽりと収まってしまうライムグリーンのリボンが付いた袋からは、ふんわりといい香りがした。
「プレゼント」
「あ、ありがとうございます」
プレゼントといわれ受け取ったものの、そのものの意味さえ分からずコレットは戸惑う。
マカリスター領での夏至祭では、このようなものは見かけなかった……と思う。
「開けてみてもいいですか?」
この小さな袋の中に、いったい何が入っているのだろうか。
「開けるのは、お祭りの終わりにね」
「そうなんですか?」
そういわれてしまえば、そういう決まりのものなのだろうか。
じっと手の中にある小さな袋を見つめているコレットに、近くからくすくすと笑い声が聞こえた。
側にいたフィオンのものではないそれに、コレットははっとしてそちらを見た。
そこにいたのは、コレットも見かけたことのある人物。フィオンの婚約者候補でもあるサーランド侯爵家令嬢、モニカ・サーランドである。
コレットと目が合うと、モニカは笑いを堪えるように口元に手をあてた。




