10.お茶会
「みなさんに、私の新しいお友達を紹介いたしますわ」
うららかな午後の日差しの中、ガーデンパーティーとなったお茶会での王妃の言葉に、みんなの視線がコレットに集まった。
今噂の令嬢に、招待客の目は何も言わずとも興味津々の色をたたえている。
今日の招待客は十人ほどで、王妃のお茶会としては少ないほうだった。それも、全員が結婚している女性である。
いえば、バード公爵の結婚相手とはなりえない人たちだけが招待されたことになる。
そのためかまわりの視線は値踏みするようなものではなく、純粋に現在噂となっている少女への興味といったものの方が大きかった。
「コレット・マカリスター嬢ですわ。みなさん、仲良くしてさし上げてね」
紹介され、コレットはドレスのすそをつまみ、膝を落としてあいさつをする。
この場の招待客は年齢には多少の幅はあるものの、社交界でも交流が厚いらしく、コレット以外はみなが知り合いであるようだ。
まわりの雰囲気は好意的であるが、それでもやはり居心地の悪さはぬぐいきれず、コレットは緊張した面持ちで進められるままイスに腰を下ろした。
それを待っていたかのように、まわりから声がかけられる。
一通りのあいさつとそれぞれの紹介がすんだころ、のんびりとした口調でいきなり核心をついたのはオーエン伯爵夫人だった。
「この方が、フィオンさまのお相手ですの?」
あまりにストレートな言葉に、コレットは言葉もでずに伯爵夫人の顔をみる。
しかし、驚いているコレットをよそに会話は続いていく。
「そうなの。フィオンがとっても気に入っているみたいで」
薬のせいなのにと、コレットは心の中でつぶやくが、王妃はそんなことを気にも留めないようににっこりと微笑んだ。
「将来は、私の義妹になるかもしれませんから、みなさんよろしくね」
王妃の言葉にコレットはぎょっとする。
「王妃さま!?」
話が変な方向にいっている。
王妃に協力を依頼されたのは、フィオンの話し相手ということではなかったのか。
というか、薬のせいなのに、どうしてそれを無視して話が進んでいるのかが、コレットにはまったくわからなかった。
「あら、フィオンではご不満かしら?」
「え?あの……そうではなくて」
「では、お好き?」
急な展開に、コレットの頭はパニック寸前だ。
まわりの女性がくすくすと笑う。
「王妃さま。マカリスター嬢が困ってらっしゃいますわ」
「まあ、ごめんなさい」
コレットの不安そうな表情に、王妃が謝る。
「つい、可愛らしい義妹ができるかもしれないと思うと嬉しくて」
(義妹!?)
驚いて声もでない。
「義姉の口からいうのもなんですけれど、フィオンはとてもいい旦那さまになると思うのよ」
そういう問題ではないのにと、コレットは心の中で叫ぶ。
「あなたのことも、とっても愛しく思っているようですし」
それは薬のせいだからで……。
「ね?考えてみてくれないかしら」
考えるもなにも、考える余地などあるのだろうか。
いくらなんでも、受け入れられるわけがない。
それより、なぜまわりの人も疑問に思わないのか。惚れ薬の噂がエリサのところまで届いているということは、ここにいる女性たちの耳に入っているはずである。
それなのにまるでこれでは、バード公爵が本当にコレットのことを好きであるかのようだ。
だが、薬のことをコレットが言うのもはばかられる。
噂はあくまで噂。
本当にみなが知っているかどうかも分からないのに、王妃があえて口にしないそれをコレットから言ってもいいのだろうか。
「ミス・マカリスター」
隣の席に座っていたバークリー侯爵夫人が、そっとコレットに耳打ちした。
「みんな薬のことは知っていましてよ。でも、その上で王妃さまはこうおっしゃられてるのよ」
不安な表情を浮かべるコレットに、バークリー侯爵夫人は優しげににっこりと微笑んだ。
薬のことをみなが知っているということは、ここにいる全員がコレットを犯人だとは思っていないことになる。犯人だと疑っているのなら、いくら王妃に言われたとはいえ、そんなにすんなり受け入れられることではないだろう。
それは信頼してもらえたということで喜ぶところなのかもしれないが……、しかしだからといってあまりにも状況を受け入れすぎではないか。
王妃が、王家派のフィオンの結婚に利害の生じない女性たちばかりを集めたことも、この状況を受け入れやすくしている要因であることを、コレットは知らない。
「フィオンさまといえば、ここにいるみなさんにとっては弟みたいなものですのよ」
急な話に、性急にコレットに返事を求めては逆効果になると、オーエン伯爵夫人は少し話題を変えた。
「王妃さまとわたくしたち、小さいころからのお友達ですので、フィオンさまにもよくお会いしてましたの」
小さいころのフィオンさまはこんなんだったと、みなの思い出話に話題が移り、コレットは小さく息を吐いた。
春の日差しの庭園は、花の香りをまとった風が心地よく通り過ぎてゆく。
しかし、握り締めていたコレットの手には、じっとりと汗がにじんでいた。
「お邪魔しても、よろしいですか?」
しばらく思い出話に花が咲いたころ、ふいにコレットの後ろで声がした。
聞き覚えのある声に振り返る前に、その声の主はコレットの肩にそっと手を添える。
イスに座ったまま見上げたそこには、エメラルドの瞳が間近にあった。
目が合い、バード公爵はにっこりとコレットに微笑みかけた。
王弟の登場に、まわりにいる夫人たちはイスから立ち上がり、腰を軽くかがめてあいさつする。だが、コレットはフィオンの手が肩にあるため立ち上がることができない。
しかし、まわりはそのことに気にも留めていないようだ。
「みなさんで何を話されていたのですか?」
みなをイスに座るよう促して、フィオンが尋ねた。
とても楽しそうに会話が弾んでいたようにみえたが。
「くすくす、もちろんバード公爵のことでしてよ」
「今一番の噂の的ですもの」
「僕のことはいいですけれど、あまりコレットをからかわないでくださいね。嫌われてしまっては困りますから」
「まあ」
噂どおりの執着ぶりに、まわりからくすくすと笑い声が洩れた。
公爵を嫌う女性がいるのなら、お目にかかってみたいものだ。
「公爵がいかに素敵なのか、マカリスター嬢にお話していたところでしたのに」
その言葉にフィオンは肩をすくめ、コレットの顔を覗き込む。
「本当に?」
エメラルドの瞳に間近で見つめられ、コレットはただ頷く。
と、とりあえずフィオンの話を聞いていたことは本当である。
その返事に、フィオンはにっこりと微笑んだ。
「少しは僕のことに興味がわいた?」
「えっ?」
「残念」
くすりと笑って、フィオンが顔を上げる。
「姉上。今日は、彼女をおかりしてもよろしいですか?」
「どうしましょう」
王妃がまわりをみる。
今日お茶会に集まっているのは、王妃さまと仲のよい既婚女性である。
そのため王妃が認めている女性を、フィオンから引き離そうというような気持ちの人間はいなかった。
『惚れ薬』が関係したことは聞いていても、フィオンの態度を見ていれば薬の効果というよりも、フィオンがコレットに一目惚れしたといわれたほうがしっくりくる。
薬を飲まされた本人であるフィオンがコレットといることを望んでいる上に、王妃もそれを容認している。何か考えがあるのならば、自分たちがそれを妨げるようなことは必要ないだろう。
「王妃さま。あんまり焦らしては、フィオンさまがお可愛そうですわ」
バークリー侯爵夫人がくすくすと笑いながら言った。まわりの夫人たちも同意見といった感じで笑い声が洩れる。
「よかったわね、フィオン。みなさんの許可がでましてよ」
王妃が楽しそうに笑った。
フィオンは、まわりの女性が思わず見惚れてしまうように微笑む。
「ありがとうございます」
そういうと、コレットの手をそっととる。
「みんなと楽しんでいるところごめんね。僕に、この庭園を案内させてくれないかな」
先日からまわりの思惑のままに動かされているようで、コレットは自分が嫌になってくる。
しかしこの状況で、まわりの夫人たちと王妃に退出の許可を出されて、それを断ることはできなかった。
それでも。
(チャンスなのかもしれない)
バード公爵と直接二人で話しをすることができるなら、この状況を変えるきっかけができるかもしれない。
コレットはしっかりとフィオンをみて、彼にとられた手に力を込めた。