1.薬
まわりを石の壁に囲まれた部屋。
ほぼ部屋の中央に置かれた古びたテーブルの前に、一人の少女が腰を下ろしている。
この部屋には似つかわしくない十代後半ほどの少女は、周りの雰囲気に飲まれたように小さくなっていた。
壁につけられたろうそくの灯りだけが、ゆらりゆらりとあたりの様子をうつしだし、薬品棚とそこに置かれたビンを妖しく照らしている。よくは見えないが奥の方に置いてあるビンの中身は、どうみても動物の体の一部ではないだろうか……。
どこからともなく匂うツーンとした刺激臭は、この部屋にある何十という種類の薬草のためか、それともカビが侵食しているためかは、薄暗い室内のなかではそれをはかり知ることはできなかった。
部屋の奥から、影がぬっと姿を現した。
肩でそろえられた少女の黒髪がびくりとゆれる。
少女の座っていた三脚のイスが大きく音をたてた。
奥から出てきた影は、この部屋の住人。
黒いローブをすっぽりとかぶったこの部屋の主は、少女のむかいのイスに腰を下ろした。
ふうと大きくため息をつく。
「まったく、あんたの主人も人の話をきかないね」
「も、申し訳ありません。ですが、その、本人がここにいらっしゃるととても目立ちますので……」
目の前にいるこの老婆の機嫌をそこねないよう、少女は言葉を選びながら答えた。
「まあいいさ。もらうものはもらったしね。これがその薬だよ」
ローブの端からしわしわの手が現れ、くるりと返したかと思うとその手のひらに小さな小瓶が現れた。それを長い爪を伸ばしたままの指がつまみあげる。
持ち上げられた小さな瓶には、とろりとした液体が入っている。
目の前に出されたものに、少女はごくりと息を飲んだ。
「この薬はね、材料がとても貴重なんだよ。失敗してももう材料がないからね。それをよっくとあんたの主人にお伝え」
まあ、言わなくてもわかってるとは思うけどねと、老婆は続けた。
老婆の手の内にある小瓶は、その部屋にはにつかわしくないほどに繊細なつくりで、わずかな灯りを受けてキラキラと光を反射している。これがあるのがこの部屋でなかったのなら、香水の瓶か化粧水かと見まごうほどだ。
「それと、この薬は飲んでから効果がでるまでに時間がかかるからね。薬っていうのはね、飲んでから効果がでるまでに時間がかかるものなのさ。十分体にまわって、ここに到達するまでにね」
ヒヒヒと笑いながら、ぬっと伸びた長い爪が少女の心臓部に押し当てられる。
鋭い指先を服越しに感じ、少女の額から汗が一筋つたい落ちた。
「どのくらい、かかるのでしょうか」
カラカラに干上がった喉から、かすれた声で少女がたずねる。
「効果が出る時間は個人差があるから、一概には言えないね。ほんの一瞬かもしれないし、かなりの時間を要する人間もいるだろう。その時間ずっと一緒にいれれば成功するんじゃないかい」
数時間の間、ずっと……。
それはかなり厳しい条件なのではないだろうか。
少女の思考を呼んだように、ローブから見える口元がにやりと笑ったようにゆがむ。
「失敗を恐れて使わないのも一つの選択だよ」
そのほうが、相手のためだしねと言葉を続ける。
「だが、もし成功すれば……」
少女から指を離し、小瓶を机の上におく。
静まり返った部屋の中に、コトリという音がやけに大きく響いた。
「相手の心は、あんたのものだ」