妃殿下(仮)はお目覚めになりません
「悪い予感がしてたんだ、本当なんだ…」
「シモン様、終わったことを悔やんでもどうしようもないっすよ」
「可哀想に倒れちゃったじゃん、可哀想に」
「やはり翼竜に吹き飛ばされた時の衝撃が…」
「十割お前が悪いんだけどな、もういいよもう、どうせ後始末は全部俺!」
第一皇子の求婚に立ち会えた城下の者たちは驚き喜び、思い思いの言葉で二人を祝福した。シモンは立ち眩みを覚えフェルナンは飛び上がって歓喜の声をあげ、テオドルだけが静かにエレナを見つめていが、エレナは考えることを放棄するようにもう一度気を失ってしまった。その後、慌てて城に戻り帰還の儀もせずにエレナを最も高い位置にある部屋で休ませ今に至る。
「もういいわ、あれだわ、フェルナンお前は陛下に報告、ついでに祝賀用の花もたくさん摘んで来い」
「陛下今西側にいましたよね、ついでに妃殿下のアンクレットも注文してきます?」
「ニュンパエアには交換の風習ないからな、彼女今つけてないみたいだし、どうする」
「黒曜石に白銀、細身の物を」
「仰せのままに殿下!」
右手を高らかに上げてフェルナンは飛び出していった。偵察帰りだったというのに何とも元気の良いことだとシモンは自身の老いを感じる。本来はまだ老いを感じるような歳ではない筈だが、それでも今からすぐに城から遠く離れた西の砦に行く元気は残っていなかった。しかもフェルナンは自分から砦から更に西の王室御用達の工房まで行くと言ってのけたのだ。若いって素晴らしい。
「さてじゃあ、俺らも行くぞ」
「…」
「無言の抵抗をするんじゃないよお仕事があるんだよ、今回の偵察だって本当は皇子殿下が行くようなもんじゃなかったのを気晴らしだっつって連れてってやったんだろうが」
「…」
「お前が仕事を片付けないと結婚が伸びるぞ」
「はあ」
「やれやれみたいな感じ出してんじゃねえよ!大体、今はまだ婚約期間だからな!正式な婚姻を前に女性の寝顔ガン見してんじゃねえんだよ、このむっつり野郎!」
シモンに足蹴にされながらやっとテオドルは部屋から出て行った。シモンも同じく廊下に出ると、その場で女官や宮廷技師を集め指示を飛ばす。彼の頭の中では今後の進展が何通りも繰り広げられいた。ニュンパエアがごねたら、いや皇族の求婚を断れるような地位にいる者が翼竜の偵察などには参加しないだろう。そういえば忘れていたが何故ニュンパエアの者たちは翼竜と戦闘をしていたのか。あんな場での共闘は同盟国の義務には含まれていないからこちら側に問題はなかったが、それについて何ぞつつかれても面白くない。
「…まあ、妃殿下にお聞きすればいいかぁ」
エレナが頭の悪そうな風でもなかったことが、不幸中の幸いだったのだろうとシモンは思った。
「とりあえず、一回家に帰ろう」
色々と考えて疲れた。可愛い愛妻に慰めて貰って昼寝をしようと足取り軽くシモンは城を後にした。