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姫ではないので目覚めた瞬間に恋には落ちません


 彼女は休んでいる間も目を覚まさなかった。テオドルはそんな彼女を頑なに離さなかったし、口元に濡れた布を当て甲斐甲斐しく世話までした。隊の者は少しだけ困惑をしたが、皇子のすることに異を唱えるものはいない。フェルナンなどは率先して彼が彼女の世話をやくのに口を出したし、お目付け役のシモンでさえも何を言っても聞かない彼の好きにさせることにしたらしい。そしてそのまま空が赤く染まると何事もなかったように彼女を抱え国に帰った。


「朝日が、朝日が見えるっすよ…すっげえ、疲れた…」

「俺も今回は疲れたわ、ベリンダちゃんに癒してほしい…」

「畜生!この既婚者め!」

「はん!羨ましかったらさっさと可愛い嫁さんでも貰ってこい!」


 国をぐるりと囲む城壁を抜けると王城に繋がる大通りに出る。朝市で活気があふれる城下の人々は麟馬隊の帰還を喜んだ。麟馬に乗ったまま器用にじゃれつく二人を余所にテオドルは未だ眠ったままの彼女を見た。結局、一度も柔らかそうなまつ毛に覆われた瞼は持ち上がらなかった。竜に吹き飛ばされた時に魔法を受けていたのなら、このまま目が覚めない呪いをかけれられていても可笑しくはない。また単純に衝撃を受けて体の機能が働いていない可能性もある。典医に治せるのかも分からないが、何故かテオドルは彼女を手放す気にはならなかった。


「それにしても目ぇ覚まさないっすね、その人」

「俺は目を覚まされた方が怖いけどな」

「何故」

「お前これ普通に誘拐だからな、非常事態だって言っても誘拐は誘拐だからな、え、分かってないの、俺お前が怖いわ」

「でもあそこに置いてったら死んじゃいますって、ニュンパエアの人たちはこの人どころじゃなかったですし」

「ついでに言うと髪が真っ黒なのも怖い魔力が強い証じゃんそれ、これで瞳まで黒に近かったら高級魔術師様で間違いなしじゃん、外交問題じゃんもうさ!」

「あーシモン様の管轄っすねー」

「フェルちゃんそろそろ世代交代かな?」

「俺なんて若輩者に外交部門はまだまだ無理っすね!」

「てめえこの野郎!」

「ぎゃあー!」


 シモンがフェルナンの首を絞めたと同時に、テオドルの腕の中で彼女が身じろいだ。小さく呻き声を出しながら自身の首に触れ、体全体に力を入れて丸くなる彼女をテオドルが支える。それを見たフェルナンは麟馬から降りると皮の水筒をテオドルに渡した。


「どうぞ殿下、喉が渇いているんだと思いますよ」

「ゆっくり飲ませろよ、気管に入ったら溺れるぞ」


 テオドルはこくりと頷くと水筒を静かに傾けた。唇を湿らすとそれが少しだけ開けたので少しずつ慎重に飲ませる。ゆっくりと水を飲んだ彼女は軽く咳き込みながら静かに瞼を開けた。じわりと開いていく焦げ茶色の瞳の焦点はあっていなかったが、彼女はそのままで辺りを見回す。そして最後に自分を囲っている腕の持ち主を確認して口を開いた。


「…ここ、は」


 それだけ発すると彼女は途端にまた咳き込んでしまった。テオドルが慌てて背を擦るとフェルナンも心配そうに下から見上げるが、できることもない。暫くしてようやく咳がおさまると、彼女はもう一度顔をあげて恥じ入るようにわざとらしくこほんと咳払いをした。


「んん、申し訳ありませんでした、私はエレナと申します、重ねてお詫び申し上げますがこの状況が理解できず…ご説明頂いてもよろしいでしょうか?」

「お堅い感じの人っすね!うちにいないタイプ!」

「うん、フェルちゃん黙ろうか」

「…」


 フェルナンの後頭部をシモンは思いっきり殴った。エレナと名乗った魔道士がびくりと肩を震わせたが、その肩をテオドルがぐっと抱く。シモンは何事もなかったかようににこやかに二人に近づいた。


「やあ魔術師のお嬢さんここはアデニウムなんだが、それは分かる?」

「…はい、あなたも存仕上げております第二皇位継承者のシモン様」

「それだったら話は早い!君たちと一緒で翼竜の偵察に行っていた我々は空から降ってきた君を保護して我が国に連れて帰った、あの場所から一刻も早く立ち去る必要があったのでね!」

「そうでしたか、大変なご迷惑を…この件、正式にニュンパエアより後日御礼申し上げます」

「(さっきまで誘拐だとか言ってなかったっすか、あの人)」

「(フェルナン様どうかお静かにっ!)」

「ん、どうした?フェルちゃんはもう一発喰らいたいって?」

「すいませんでした!」

「でだ、テオドルはいつまで嫁入り前のお嬢さんを抱きしめてんのかな、外交舐めてんのかな、五発くらいいってもいいかな、いいよな」

「シモン様抑えて!」

「抑えて下さい、シモン様!」


 エレナは部下たちに抑え込まれるシモンからゆっくりと視線を自分の肩に移した。そういえばいつからこの腕は己を抱いているのだろう。しかもシモンは今、テオドルと言わなかったか。テオドル、テオドルとは、確か。エレナがじりじりと振り向くとそこには恐ろしく顔の整った褐色の肌を持つ男がいた。彼女は瞬時に理解した。これからの行動は全て一歩間違えば外交に響くと。彼女はシモンが案じた通り高級魔道士という職種についており、それは彼女の国では王族を除いて最上の職業であったがそれはつまり国を代表できる人材であるということだ。彼女がここで問題でも起こし、隣国の皇族から不況を買えば彼女の国はそれを自身の国の問題として受け取らなければならない。ともかくは皇子を無視して話を進めたことを謝罪せねばと彼女が身じろいだ瞬間、テオドルは音もなく麟馬から滑り下りた。


「(…何か俺すごく嫌な予感がする)」

「(俺は何かすごくドキドキしてるっす!)」


 抑えられているシモンなどには目もくれず、テオドルは胸に手を当てエレナの掌に口付ける。活気あふれる大通りの市場は一瞬にして凍りつき、誰もが瞬きさえも忘れてしまった。非の打ち所がない所作で顔を上げたテオドルは彼女の手を解放しないままで言う。


「私はアデニウム第一皇子テオドルと言う」

「…は、こ、この度のこと、感謝してもしきれません、殿下」

「あなたを妃に迎えたい、皇室に入ってくれ」


 静まり返った城下に、皇子の声が響いた。



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