転生
私は絶望した。
唐突ではあるのだが、絶望したのだ。人間に、社会に、世の中に。
私は幼稚園児の時からネガティブ思考だった。「どうせ自分なんか・・・」というあれだ。私は生まれつきから自分に自信がなかった。だからこそリーダーシップが取れる人、学校であればよくいる「わがままな奴」に憧れた。一般的に言わせれば「出しゃばりなやつ」とか言われているが私は「自己主張」ができる事に憧れを抱いていたのだ。私は人に言わせれば「静寂」という言葉が似あう人間だ。そんな人間はいじめの標的にされてしまうものだ。いじめるやつはこう言う「俺がお前をいじめてる事大人にいったら許さねえぞ」「俺のせいじゃないよね?」前者は自覚があり弱いものをいじめる、精神的には弱者である。後者は特に自我に目覚めつつある中学生以上に多く見られ、責任を負いたくないがために逃げているため結局精神的には弱者である。いじめの原因には「いじめられる人」にもあるのでは?なんて聞いたことがある。だが敢えて言わせていただく「お前に何がわかる」と。私は確かにいじめられた。だが、静かにしていただけなのだ。これが原因だというのか。理不尽にも程があるだろう。いじめっ子には「助けを求める」という退路を断たれ、尚且つ「いじめられる人」に原因があるなんて言われたら正直、私も人間だが「人間」がわからなくなる。同じ人間なのにわからない。私に青春時代なんて無かったのだ。人間の愚かさを身をもって思い知らされた。だが私はそんな人間がいるのにも関わらず「人間」を愛していた。・・・何故か。それは「Nobody’s perfect」という言葉を信念としていたからだ。人は必ずしも完璧ではないから「愚かな」部分も受け入れよう、と。しかしその信念は次第に呪いへと変わっていった。唯々諾々と、人からの頼みを断れない人間へとなっていた。これだけならただのお人よし、で済む。だがこれは「どんな頼み」でも断れなかった。私はいつの間にか成人していた。入社して新しい世界に入った気分だった。しかし半年後それはただの幻だったのだ。最初こそ歓迎されたが私は積極性に欠ける人間だったので緩やかに出世していった。私は上司に信頼された、だがそれは私が唯々諾々としていたからだ。私はもう二十代半ばになっていた。その時にやっと気づいたのだ。「私は自分を殺している」と。その事に気づいた時を境に心身ともにつらく感じていた。いや、もう既に手遅れだったのかもしれない。その時私は「やるからにはやるしかない」という頑固な考えを持っていた。私は退職まで頑張る、否。我慢していた。退職するその時まで。私は身体、精神を摩耗させながら日々を過ごしていた。心身ともに廃人同然になるまでの仕事量、休暇は正月、盆くらいしか覚えていない。気が付いたらもう退職していた。無理をしても平気だった身体も今では多少の無理も禁物であった。老いた私に残っているのは多くない退職金と年金生活。私は出会いもなかったので結婚もしていない。私は多少余裕のできた老後生活でまた一つ気づいたことがあった。私は世にいうブラック企業に勤めていたのだ。なぜ気づかなかったのだろうか。学生時代には「ブラック企業だけは嫌」なんでよく言っていたが。まぁ、私は何も感じることはなかった。他人にも何も言われることもなかったので自由気ままに過ごせる老後の生活に現実味を感じなかった。私にとって生活とは忙しいものだと思っていたが「自由」とは無縁だった。言い方が悪いのだが「拘束」されることが生活だと思っていたので「自由な生活」を過ごしていると私は今までの自分が否定されるみたいだった。私は老後生活を過ごして五年程でやっと自分が歪んでいることに気づいた。そして私は「自分の意志」を捨てることの愚かさを身をもって思い知らされた。身をもって思い知らされた事に懐かしさを感じた。学生時代にもこんなことがあった。
私はとある時にニュースを見ていた。それは私が小学生、だったか。その時の震災の「復旧のため~」とか、「募金してください~」とか、「川が氾濫したので~」とかもう数十年前の話題で懐かしさと共に残念な気持ちだった。まだ困っている人が絶えないのに私は仕事をして、稼ぎ、食ってきた。労働環境は辛かったのだが今更いったところで何ら変わりはないだろう。今の政治家さんも「ブラック企業をなくす」「労働時間制限」とか言ってるのだが現実は変化なし。仮に施行されたとして困るのは資本家なのだろう。「収入が減る」と。結局、政治家さんも動かない。口だけなんだろう。与党も野党も腐っていたが時間の経過と共にさらに腐敗が進んでいた。これは個人的な考えだが、もう機能していないだろう。
私は歳を重ねるとともに社会そのものが腐敗していると気づき、絶望した。
私に身内はあまり居ない。両親も寿命で逝き、きょうだいはそれぞれの家庭で過ごしている。生に対する執着があまりなかったのか私に「生きる理由」というのも無かった。思いおこせば若いときに夢を抱いていたことが懐かしい。だがそれは儚く終わり親に、友人に咎められ、私は追い詰められていった。そして私は逃げるように、遠いところで、かつ知り合いもいないところでひっそりと会社員を務めていた。今思ったら私は夢からも、友人からも、そして何よりも自分から逃げていた。
私は・・・そのことに気づいた瞬間、何よりも自分自身に対して絶望した。私はもうこんな穏便な生活でさえ公開処刑のように感じるようになった。私は死にたくなった。私はもう80代後半。考えることをやめなかった為か認知症にならなかった。だがもう、そんなことはどうでも良い。早く死にたい。どうせなら寿命で死ぬより自ら命を絶ったほうが良いかな。もういいや。
そのうち、私は考えることをやめた。
なぜなら。
私は首を吊って自殺したからだ。息ができないけど身体中が軽くなっていく。不思議な感覚だ。これが「死ぬ」って感覚なのか。
瞬間。視界が真っ白になった。そして私の首にあった縄もない。・・・何故だ?私は死んだのではないのか。
「お前は確かに死んだ」
頭に直接語り掛けてきたのだろうか。見渡すも何もいない。
「誰だ」
私は恐怖しながらも、低い声で尋ねた。
「我はお前たちが神と呼ぶものなり」
神?よくわからない。という事で。
「はい?神?私は無神論者ですので。そして神と名乗るなら直接出てきてはいかがかな」
少し煽ってみた。てか神って実在したのね。
「もとより神とは形を成さぬモノ。よって直接現れることは不可能」
形が無いのか。・・・では。
「では、なぜ私に語りかけてくるのですか。一般市民である、私に」
これは気になること。この空間の謎を解くために必要なヒントになるかもしれない。
「お主はすべてに絶望していたので、幸せに死んでもらいたいのだ。現在のこの世の中では死ぬ間際では愛するものに囲まれて死ぬことが一般的である。自殺者、事故死者は異世界に飛んでもらっている。お主の場合、ただ転生させるのも退屈だろう」
「・・・あの、何を言っているの?」
「やっと警戒を解いてきたな、我はお主をとって食ったりはせぬ。安心するといい」
「・・・私は死にたいのだけど」
「それは不可能だ。お主は人生で少しも幸せになっていない」
「はぁ!?そ、それだけで!?」
「だから言ったであろう。幸せに死なすのが我々、神の役目だと」
「私の意見は通りませんか?」
「何度も言わせるな。なぜそこまで死にたがる。普通なら生きたいと願うはずだが」
「お願いします。私は絶望したくないのです。だから転生なんてしたくありません」
「生前のような絶望を体験したくない、とな」
「はい」
反射的に会話を続けてきたがこの、神様は何が言いたいのだろうか常識が通じないのだろうか。なぜ私をそこまで転生させたいのだろうか。
「お主の望みを尊重しよう。お主は別の人生を送りたい、生前のような絶望を味わいたくない、とな。相分かった。お主は女として、生前とは全く違う異世界に転生させる」
はい?何言ってるんだ?この神様。
「あの、ご一考を!私は転生なんて・・・・うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
私は落ちた・・・いや、正確には堕ちたと言うのだろうか、悲鳴をあげた刹那、視界は暗転した。
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「(・・・話せない?どういうことだ?)」
彼(?)は口を動かすことすらできない。なぜなら・・・。
「ヘルルーガちゃん!生まれてくれてありがとうねぇ」
「(な、女の人!?私は抱き上げられているのか?)」
「この子ったら・・・見つめてるわ♡」
「この子が俺たちの子供か?名前はなんていうんだ?」
「ヘルルーガよ。あなた」
「(この若い男女は・・・まさか、夫婦!?もしかして、この状況って・・・)」
そう。彼(?)はようやく気づいたようだ。
「(私は・・・女の子として転生したというのか・・・何てことだ・・・)」
そして、彼・・・否、彼女の父親にあたる男性はヘルルーガを抱きかかえて叫んだ。
「こいつは、俺たちの子供、ヘルルーガ・リーゼンフェルトだ!」
「(長い名前だなぁ・・・。ドイツみたいな・・・って私は、ドイツ人なのか!?)」
ヘルルーガは話せないのだが、心の中で驚愕していた。しかも、非現実的な「転生」などと言っていた神様(仮)は赤ん坊からの人生を歩ませるつもりだったのだ。しかも、ヘルルーガのよく知る機械という機械はあまり見られなかった。強いて挙げるなら、馬車、旧式の電気自動車など、近世に近い世界だった。
「(私は日本語しか話せないけど大丈夫かな・・・)」
ヘルルーガはまだ気づいてない。両親の言語が既に彼女にとって未知の言語であった事が。だがこちらの世界では彼女にとっての母国語。故に理解可能であったのだ。既に彼女も日本人男性としての記憶をもつ赤ん坊にすぎないのだ。
「(・・・身体が、動かない、というよりは力が入らない、のか。身体が動かせないのは気持ち悪いな)」
ヘルルーガは体を動かそうとしたのだが「ピクリ」と動くだけだ。そこで彼女の父、アルベルトが彼女を見つめた。それはそれは驚いでいた。
「ヘルルーガ!?もう身体を動かせるのかい!?おい!アメリー!」
アルベルトはヘルルーガの母、アメリーを呼んだ。それもかなり大声で。
「はいはい、なんですか?アナタ。・・・ってヘルルーガちゃん!?生まれてすぐに身体を動かせるなんて・・・強い子に育ちそうね」
「そうだな・・・この子にはこの時代を担う子に育ってほしいものだね・・・」
アルベルト、アメリーはともに娘であるヘルルーガの側に寄り添い将来について考えていた。二人はまだ知らない。既にヘルルーガは自我に目覚めていることに。明らかに学習能力が高すぎることに。
半年後
ヘルルーガ、大地に立つ。
「(・・・こ、これで、やっと。立てる、ように、なった・・・・ッ!)・・・・アァゥウッ!」
先述の通り、ヘルルーガはつかまりながらであるが立ち上がった。そして、壁伝いに歩き始めた。それを見ていたアメリー、初めて動いていた時より驚いた。
「頑張ってるわねぇ・・・ルーガちゃん・・・ってええ!?壁伝いだけどもう歩けるの!?ち・・ちょっとアナタ!?いる!?」
「・・・なんだよ。いきなり大声出して・・・ってルーガ!?もう歩けるようになったのか!?凄いな!」
二人そろって同じリアクションをとり、驚いた。
「(父さんも母さんもそんな驚くことじゃないのに。私はただ力の入れ方を知っているだけだしねぇ)ああう、ああう、あう、あう」
「あ!ルーガがしゃべった!何かを言ってるかはわからないけど」
「(チッ・・・まだ口がうまく動かない)」
ヘルルーガは両親から愛称、ルーガと呼ばれている。ヘルルーガは前世とは全く違う人生を送っている。彼女自身、自分が絶望していた事や、男であった事を時々忘れるくらいだった。これが家族の愛なのだ、と認識するのであった。これが神様(仮)の言っていた幸せなのだろう。
ヘルルーガの前世には幸せというものがなかった。なぜか、消極的でかつネガティブな性格が災いし弱者として見られていた為、強者に虐げられる人生だったからだ。ヘルルーガは従順であるフリをするしかなかった。相手の機嫌を取るために・・・自分を護るために。だからこそ前世では自分を含めた「全て」に絶望したのだ。だがヘルルーガはこの異世界で絶望しない人生を過ごせるのだろうか。その答えは後にわかることである。・・・だが、それ以前に。
「(・・・ッく!手を放すことができるか!?行くぞ・・・?)」
パッ。
ヘルルーガは壁を伝って立ち上がっていたが、手を放したのだ。前世の記憶持ちとはいえ、流石に身体の発達段階はまだ生後半年の赤ん坊。結果は勿論・・・・「ゴチン!・・・転んで頭をぶつけた。
「(いってえええええええええええ!!!!!!)ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!」
「「ルウウガガアアアアアアアアアアア(ちゃあああああん)!!!!」」
親子共に大絶叫である。娘であるヘルルーガは転んだことによる痛みで大号泣&大絶叫。親であるアルベルトとアメリーは愛する娘が思いっきり転んだので心配するあまり大絶叫。
意外とこの親子、息がぴったりなのである。
この後、無茶苦茶説教された。