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仮2  作者: 矢久 勝基
小説『あの空に繋がるまで』前章
2/12

小さな戦いの始まり

 彼が本当に『文字の羅列』を持ってきたのは、それから一週間後だった。

「勝丼:ショートショート描いてみたんだけど……」

 添付ファイルを参照すればたった原稿用紙四枚ほどの文章。「え、短い」と、ついパソコンの前でつぶやいてしまう。

「蘭:小学生の頃から書き溜めてるのでもいいんだよ」

 以前彼がドヤ顔で紹介していた珠玉の名作だ。小学生から六年書き溜めた長編小説があるらしい。

 ただし、六年も書いているのに未完で、本人としては『次の展開に葛藤してる』とのことだが、最後に手をつけたのは二年も前だそうだから、客観的に見れば『途中で投げ出した』が正しいと思う。思うよね?

「勝丼:あれはちょっと見せられない……」

「蘭:小説家になる人が人に作品見せられなくてどうするの……」

「勝丼:まぁとりあえず、今日のところはそれを見てよ」

「蘭:じゃあ見せてもらうね」

 言いながら別の窓を開けて、原稿用紙入力のソフトにデータを落とし込んでみる。

 そしてわたし絶句。間違ったことわざの使い方をあえてしていいなら、『目から鱗が落ちた』ほどに絶句。

 さらに言うなら、鱗と一緒にコンタクトまで落ちちゃってそのまま前が見えなくなっちゃったほどの大絶句。もう、ねこまっしぐら。

 それほどに……稚拙だった。

 もうね、物語にすらなってない。すごい。ある意味才能!!

「えと……」

 思わず聞こえるはずのない声をあげてしまったほどにすさまじい。

「勝丼:どう………………?」

 見るだに不安そうな勝丼君の「……」の多さ。しかし、どう……って言われても……

 今、ここで何でも叫んでいいならこう!!

 アナタがたった一つ教えてくれた『スルースキル』というやつを、今こそ発動してもいいかな!!?初心者でも使えますか!?MPマジックパワーどれくらい消費すれば使えますか!?副作用はないですか!!?

 ……もうね、どうしよう……。わたしが書いたほうがまだまともな物語が書けそう。……なんていったらショックだよね、やっぱ……。

 と、とりあえず……

「蘭:これは勝丼君が書いたの?」

「勝丼:うん、恋愛モノを描いてみたいと思って……」

「蘭:そう……」

 なんて言えばいいんだろう。素直に『小説家には向いてない』と言うべきか、しかし自分に彼の夢を壊す権利なんてあるんだろうか。

 そんな葛藤を迫られることになろうとは、まさか思ってもみなかったわ!!

「蘭:えっとね……」

 なんて返したらいいか、少なくとも一日は悩みたい。くれるなら半年くらいほしい。

 ……が、目の前のミニキャラはおどおどしながらこちらの返答を待っている。こちらも要求した手前、邪険にするわけにはいかなかった。

 大学受験以来のフル回転を見せるわたしの脳。身を切られる失恋に悩んでいたことすら全部吹き飛ぶような超難題に、わたしの思考は行ったり来たりを繰り返し……、

 よしっ!決めた!!

「蘭:全然ダメ」

「勝丼:え……?」

「蘭:まるでダメ」

「勝丼:ええ……!?」

「蘭:アンタ、これで小説家になるつもり?」

 沈黙……。しばらく答えがない。確かにショックだろう。だけど彼がこれでいいと思ったのなら、まずは現実を見てもらわないといけない。

 そのうちおずおずと……かは、無表情な文字の羅列だから分からないけど、彼は自己弁護をしてきた。

「勝丼:でも俺の描くものって、周りでは結構いいって言われるんだけど」

 そう、わたしはまさにそれを懸念してた。

 こんなのを"作品"と言って渡してくるくらいなんだから、相当のぬるま湯にがっぽり浸かっていたとしか思えない。褒めたか、黙殺か……。だって、こんな圧倒的な文章力を見せられたら、きっと誰も何も言えない。表情の届かないこの距離でさえ、『目から鱗とともにコンタクト』なのだ。対面していたら、もはや苦笑いで受け流すしかない気持ちも分かる。

 だからわたしが言うべきなのだ。どうせ相手の顔も見えない。嫌われちゃったとしたって、きっと彼のためだ!!

「蘭:まずこれだけの内容を原稿用紙四枚にまとめたいなら無駄な会話を書いてる場合じゃないでしょ。こんな壮大な世界観もいらない。登場人物六人とか多すぎ。雑談に恋愛シーンが埋まりすぎ。それに肝心の主人公とヒロインの恋愛の結果はどうなってるの?」

 たった五秒でそれだけ言いたくなるすさまじさ。……っていうか初見ではどれが主人公でどれがヒロインだかも分からない。

 しかし気丈にも勝丼君。言い分があるようだ。

「勝丼:学園だから登場人物は多くないとクラス感でないじゃん。世界観説明しないとか素人かよ。結果は読者に想像させたいからそうしたんだよ」

「蘭:今勝丼君が言ったことをちゃんと表現したいんなら原稿用紙四枚で収まらない内容じゃない? って言ってんの」

「勝丼:それはショートショートだから……」

「蘭:ショートショートにするようなボリュームじゃないって言ってんのよー!」

「勝丼:うーん……」

「蘭:とにかく何書いてるかぜんっぜんわかんないから、書き直し!!」

 ……さすがにショックだったのか、発言が止まる勝丼君。

 わたしは極力彼の根本である部分は破壊しないように気を使いながら、言葉を並べた。つもり。そしてフォロー。

「蘭:まぁでもね。やりたい方向性だけはわかったよ。恋愛モノなのね。ゲームじゃなかったの?」

 彼は「情報収集のためにゲームをしている」と言いながら、四六時中ゲームをしていた。だから当然、小説はそれに即した内容になるものだと思ってた。

「勝丼:ゲームは長編になるから……それに、恋愛モノなら蘭さんにも読みやすいかなと」

 ……。

 ……読みやすくてこれじゃ、読みにくい小説なんて見せられたら『目から鱗とともにコンタクトと目ん玉と血の涙』くらいの威力があるに違いない。

 わたしが茫然自失としていると、彼のミニキャラが動いた。なにを言うかと思いきや、

「勝丼:恋愛モノをうまく描くのってどうしたらいいかな」

 それを素人のわたしに聞くか……?

「蘭:そうねぇ……」

 と思いつつ、考えてあげちゃうお人好し。ふと……思い立ったことを言ってみた。

「蘭:恋をすればいい」

「勝丼:恋~?」

 言ってみると信憑性がありそうな気もしてくる。

「蘭:小説のことはよく分からないけど、恋愛の気持ちがよく分からないのに恋愛モノなんて書けるの?」

「勝丼:うーん……」

 自信はない。すべて体験してなければ小説が書けないならSFなどのジャンルは存在できないわけで……。

 とはいえ、確証のないこの部分は掘り下げず、わたしは別のことを言った。

「蘭:いい? 今さっき言ったことは少なくとも守って書き直してきてよね。もうちょっと長くても全然いいから」

「勝丼:うん……」

「蘭:あきらめる? ちゃんと書いてくる?」

 勝丼君はしばらく黙って、小さくうなずくような発言をした。

「勝丼:描いてくる……」

 ……その日の会話はそれっきりになった。


 さて、気がつくと通信添削の赤鉛筆先生になってたわたし。素人のわたしが先生になれるほど、この生徒の小説はひどい。

「蘭:アンタほんとにわたしの言ってること分かってんの!?」

「勝丼:いろんなこと一度に言われるから消化しきれないんだよ」

 素人のわたしにこんなにいっぱい言われないと気づかない時点で、なんていうか……ダメな気がするのは気のせいですか……?

 ……でも、そんな暗澹たる気持ちとは裏腹に、わたしはどんどん一生懸命になっていった。

 なんでだろうね。彼がわたしという人間を本気で求めてる気持ちが分かったからかもしれないし、何の期待もなしに来始めたこの"小さな街"に、小さな"目的"という名前の光が差したからかもしれなかった。

 ……この小説(?)がようやく形になってきたのは、あれからさらに何週間かたった後のこと。大学の夏休みは長いからいいけど、彼の夏休みはもう終わっちゃうんじゃないだろうか。

「蘭:なんかようやくお話っぽくなってきたね」

「勝丼:おかげでゲームろくに進めてないよ」

「蘭:ゲームなんかいいよ。それよりここはなに?」

 わたしは原稿用紙のページ番号を発言に書き込むと、主人公敏史としふみとヒロイン歩美あゆみとの会話を指し示した。


……………………

 歩美が小さな両手をいっぱいに広げて敏史を止めようとする。

「絶対だめよ! 行かせないわ!!」

 その目には涙さえ浮かんでいた。だが敏史は言う。

「だめだ。僕は行かなきゃならないんだ」

「おお、あなたを止めることはできそうにないわ。行っていいわよ」

 歩美は満面の笑みをこぼすのだった。

……………………


「蘭:どんな女だこの女はーーーー!!!!」

「勝丼:え?」

「蘭:このたった数秒でどういう感情の変化があったのよこの女に!!」

「勝丼:え? だからぁ、敏史の強い意志に感動した歩美が笑顔で主人公を送り出すっていうちょっとホロリと来るシーンだと思わない?」

「蘭:自分の男が浮気相手のところに行くのに、一瞬で説得されてニコニコ見送る女がどこにいるんだーーーー!!!」

「勝丼:じゃあ始めっから笑わせておいた方がいいっていうこと?」

「蘭:んなわけあるかーーーー!!!」

 浮気相手のところに行こうとする彼氏を笑いながら止める彼女。……どんな破綻者よ……。

「蘭:次はここ!」

「勝丼:まだあるの?」

「蘭:まだあるっていう言葉で片付けられる個数ならこんなに急がない!」

 わたしは小説を落とし込んだソフトのページを荒々しくめくる。

「蘭:彼女の声が返ってこなくて、部屋から変な臭いがするから、敏史が慌ててドアを開けようとするシーン!」


……………………

 敏史がドアを開けようにも鍵がかかっている。

「くそっ!!」

 ドアのノブをガチャガチャと力任せに押して引いてを繰り返す。

 すると偶然通りかかった男が

「わたしはこのアパートの管理人だが、どうしたんだね」

 と声をかけてきた。すかさず敏史は大声を上げる。

「管理人さん! 鍵を開けてください!!」

「いいだろう」

 管理人はポケットから彼女の部屋の鍵を取り出すと、こともなげにドアを開けた。

……………………


「蘭:こんな管理人のいるアパート住みたくないわぁぁぁぁ!!」

「勝丼:え、なんで?」

「蘭:理由も聞かないで不審人物の言うなりに女の部屋の合鍵使ってんだよ!? っていうかだいたい、何でそんなグッドタイミングに管理人が歩美の部屋の鍵もってその辺うろついてんのよ!!」

「勝丼:え、だって鍵が開かないとお話の展開上困るだろ」

「蘭:読者が納得すんの!? そんな都合のいい話! しかもここの続き!!」

 わたしはその後も書き連ねる。


……………………

 ところがドアは十センチほどしか開かない。

 彼女は周到にドアにチェーンもかけていたのだ。

「どうしたらいいんだ!」

 その時、管理人が十センチ開いたドアの向こうに何かを見つけた。

「あ! これなら使えるかもしれないよ!」

 見ると玄関には金切り用のノコギリが、

……………………


「蘭:都合よすぎるわぁぁぁぁ!!!!!」

「勝丼:彼女を助けるためにはしかたない」

「蘭:女の一人暮らしで、玄関に金切り用のノコギリが落ちてる家が日本に一世帯でもあると思ってんの!?」

 それだけじゃない。

「……しかもノコギリをうまく扱えない敏史に代わってたちどころにチェーンを切ったこの管理人は何者なのさ!!」

「勝丼:だからぁ、その管理人は<ノコギリマイスター>の資格を持っていて……」

「蘭:その設定、必要かって聞いてんの!!」

 後にも先にもここにしか出てこない管理人が無意味に活躍しすぎなのよ!!

「勝丼:でも、ここで歩美の部屋に入れないと、話が展開していかないだろ?」

「蘭:それはわかってるけど、もうちょっとバランス考えなさいよ!!」

「勝丼:のこぎりは初めから敏史が持参してきた方がいいのかな」

「蘭:何しに来たんだその男はーーーーー!!!」

 ……平衡感覚がブレまくったこの男をどう説得すれば、このキテレツな小説がまともになっていくのか……気がつけばわたしはそんなことばかりを考えていた。

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