2 サーヤの海
次の日から、サーヤが 魚をもって帰ることはほとんどなくなった。
サーヤが夢中になって魚をとったら この辺の魚は、あっという間にいなくなってしまうだろう。
それでもサーヤは、ボートをひいて毎日海に入っては、日が暮れるまで泳いでいた。
ターチが一緒でない時も、一人で海に入っては探検していた、もうこの辺の海で、サーヤの知らない場所は無いだろう。
今では島がまったく見えないほど沖まで出て泳ぎ回っていた。
この頃サーヤは、気になっていることがあった、サーヤの大好きな珊瑚礁のところどころに、いろいろなゴミが引っかかっているのだ。周りの珊瑚が綺麗なだけにどうしても気になって仕方ないのだ。
その日ターチの足元には、魚ではなくゴミが並べられた、空き缶、釣り針 破れた網 サーヤは色々なゴミを拾ってきた。
「サーヤ、ゴミじゃなくて宝物拾ってきてくれよ」
ターチがそう言うと、サーヤはニコニコしながら答えた
「だから、宝物はこの下、私の宝物についているゴミを拾っているのよ、私の宝物にゴミがついているなんて許せないわ」
「私の宝物って、珊瑚・・海」
「うーん・・海かな?」
「海なのか」
その日からターチのボートには、ゴミ袋が何枚も積まれるようになり、陸に上がると、町のゴミ処理用の、大きなゴミ箱に、ゴミを移して帰るのが、二人の日課になった。
ゴミは、島に近づくほど増えていった、まだ島にそれほど近づいてもいないのに、既にボートはごみでいっぱいになっていた。
「サーヤ、もうぼくの乗る場所が無くなりそうだ、次からボートもう一艘借りてこようか。」
ターチが言うとサーヤはあっさりと答えた。
「借りなくても、お兄ちゃんのゴムボートがあるじゃない。」
ターチは少し休みたくなった。
はたして、次の日からボートの後ろに、ゴムボートが連結された。
そのころになると、二人のゴミをつんだ連結ボートは、島の人々に目撃されるようになり、大人たちには感心され、子供たちには不思議がられた。
◇◆◇◆◇◆
その朝、島中の空気が澄み渡り、抜けるような空と、どこまでも透明な海がサーヤを呼んでいた。
夏休みが始まり、朝から海にいけるのだ、サーヤが静かに家にいるなど、考えられるはずも無かった。
「ママ、パパ、今日はターチと、釣りに言ってくるね」
「でっかいの釣ってきてくれよ」
「OKパパ!」
サーヤは、釣竿だけつかむと走っていった。
ターチが、ゴムボートを担いで、後を追おう
「お兄ちゃん、今日は少しだけ魚、もって帰ろうね。」
「釣る気全然無いだろ」
「魚は持って帰るわ」
海に着くとサーヤは、ボートを引いて、一番お気に入りの珊瑚礁を目指した、一番珊瑚が綺麗で、魚影も一番濃い場所だ。
「お兄ちゃん、ここが島で一番綺麗な場所よ、早く潜って。」
ターチは、シュノーケリングの用意をすると、すぐに飛び込んで、サーヤを探した、あたり一面の珊瑚の森に、泳ぐのにじゃまなほど、群がるカラフルな魚たち、その視界の端に映ったサーヤは、人魚にしか見えなかった、なんて小さくて、可愛らしい人魚だろう。
サーヤは、早く潜れとか言っておきながら、もうターチのことは頭の隅に、追いやってしまったらしい。
サーヤは、朝の光が差し込む一番のお気に入りの場所を満喫していた。
ターチの目には、魚と戯れながら踊っている人魚の光景が映っている、自分の真下に広がる珊瑚のパノラマの中を魚たちと戯れる人魚、普通では見ることのかなわない光景だった。
そんな中サーヤが何か指差している、指の先には大きな魚、その魚をもって帰ろうと言うのだ、ターチが首を横に振ると、サーヤは何回も指を指しなおす、ターチが全部首を振るとサーヤはすごい勢いで向かってきた。
サーヤは水面に上がるとかんばつを入れず、ターチに文句を言った。
「どうして、一匹よ!一匹ならいいって言ったじゃない」
「言ったけどあんな大きいの、あの釣り竿じゃ上がるわけ無いだろ!」
サーヤが指差した魚は大きかった、一メートル以上はあろうかという大物ばかりだ。
「えー、じゃどのくらいのならいいの」
サーヤが不満いっぱいの顔で聞くと、ターチは肩幅より狭いくらいに手を広げて見せた。
「これくらいかな」
「この間のより小さいじゃない!」
「この間のだって、あの竿じゃ上がらないよ」
「もっと大きいのじゃなきゃいや!」
サーヤは言い捨てると、ターチを残して、珊瑚礁の中に消えてしまった。
ターチは仕方なく、しばらく一人でシュノーケリングしていたが、サーヤが帰ってこないので、ボートに上がって待つことにした、するといつの間にか、少しはなれたところに船が停泊していた、いつもあまりほかの船には近づかないよう気を付けていたのだが、いつの間に来たのだろう。
気を付けて見ていると、ダイバーが水中からジャンプした。
(人間がジャンプ・・)ターチは悪い予感がした。
今度はダイバー達があわてて船に駆け上がってくるのが見える。
「絶対許さないから!」
(サーヤの声?)
船は一目散に逃げていくように見えた。
するとすぐにサーヤは現れ、ボートに飛び乗ると、早口でまくし立て始めた。
「あの人たち、ひどいのよ」
◇◆◇◆◇◆
それはサーヤが、お気に入りの珊瑚礁を眺めながら、今日ターチと釣った事にする魚を探している時だった。
視界の端に、酸素ボンベを背負ったダイバーが映った。
サーヤは急いで珊瑚の影に隠れ、そこからダイバーの様子を伺っていると、ダイバーは信じられない行動にでた、珊瑚を折って、袋に詰め始めたのだ。
よく見るともう一人いて、腰に珊瑚のいっぱいに詰まった袋をぶら下げたほかに、袋に入らないような大きな珊瑚を抱えて、船に向かってよたよたと泳いでいる。
サーヤのお気に入りの珊瑚礁が壊れてゆく、サーヤは、一気に怒りがこみ上げ頭の中が真っ白になってしまった。
サーヤは、ダイバーに向かって突進して行くと そのまま水面まで押し上げ水面からダイバーを砲弾のように打ち上げてしまった。
少しすると、だいぶ離れたところにダイバーが落ちてきた。
サーヤは水面から顔を出し、船に向かって叫んだ。
「絶対許さないから!」
ダイバー達には、サーヤがどんな風に見えたのか、持っていた物を投げ捨て、慌てふためいて船に駆け上がっていった。
サーヤはダイバーたちが逃げると、全速でターチのボートに戻っていった。
そのままターチのボートに飛び乗ると、抑えていた言葉があふれ出てきた。
「あの人たち、ひどいのよ」
「わたし(・・・)の珊瑚、殺してたんだから」
「持てって行ったのよ、袋に詰めて」
サーヤは怒り心頭だった。
「私の珊瑚?」
ターチは、思わず聞いてしまった。
「珊瑚よ、珊瑚!私のじゃないけど・・・ひどいでしょ、殺して持っていくなんて、島の珊瑚は取っちゃ駄目なはずよ、泥棒よ、泥棒!」
海は総てサーヤのものになってしまったらしい。
その日から、サーヤはゴミを探しながら、怪しい船を見付けると、ターチの制止も聞かずに近づいて行くようになった。
ゴミ拾いも、岸に近づくほどゴミの量が増えていった、今では海岸近くなってきた為、ゴミの量もかなり増え、日に何度も、ゴミを出さなければならなくなっていた、そして、この頃になると、不思議なことがおこってきた、時々手伝ってくれる人が出てくるようになったのだ。