後編
山田は夫婦に話を聞こうと103号室にやってきていた。
裏野ハイツは不気味な外見もそうだが、入り組んだ場所にある事から昼間でも人の通りが殆どない場所だ。住人達も仕事に行っているのか、それとも寝ているのか、外に出ている人は見当たらなかった。
ピンポン
チャイムを鳴らしてみるが留守のようだ。
何気なくドアノブに手をかけてみると、ガチャリと音を立てて玄関のドアが開いた。
なんて不用心なんだろうか。いくらボロといっても都心にあるアパートで鍵をかけないとは。
山田は少し呆れながらも同時に部屋の中から微かに香る異臭に眉を歪めた。
腐臭とでも言えば良いのだろうか?
生理的に吐き気を催す類の匂いが奥の方から漂ってくる。
山田は不安になりながらも部屋の中に入っていく事にした。
玄関は綺麗に掃除をされていて、靴箱の上には家族写真が飾られている。
山田はなるべく足音を消しながら廊下を歩いていく。
静かな廊下に響く時計の音が何処か不安を掻き立てた。
リビングには3人家族が生活するにしては殺風景な光景が広がっている。
家具らしい物はちゃぶ台とテレビくらいしかない。
子供のオモチャが見当たらないのは、もう誘拐された子供が返ってこないと思っているからだろうか?
だとしたらそれは何の手掛かりも見つけられない自分たちの責任だと、山田は少し申し訳ない気持ちになった。
異臭がするのは奥にある洋室からだ。少し怖いけど、山田は思い切ってドアを開ける。
ドアを開けた瞬間、強烈な異臭が山田の鼻を襲った。
「本当に何の匂いなんだ」
窓はカーテンで閉め切られており、昼を少し過ぎたところだというのに部屋の中は暗い。
手探りで電気のスイッチを押すとそこは現実離れした光景が広がっていた。
骨だ。部屋には骨が溢れていた。
クローゼットから雪崩れるようにして骨、骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨――――
山のように部屋には骨が転がっている。
これが何の骨か、山田はそれが直ぐに分かった。
足元に人の頭蓋骨が転がっていたからだ。
「―――ひっ」
思わず、息をのむ。声にならない悲鳴が上がる。
悲鳴が上がるのと同時に山田の後頭部に鈍い衝撃が奔った。
・・・
コトコトと何かを煮込む音がしている。
微かに香るのはビーフシチューの匂いだ。
山田が意識を取り戻してから、最初に思ったことは「腹が減った」だった。
頭に霞が掛かったように上手く考えが纏まらない。
相変わらず腐臭は周囲に薄く漂っているものの、慣れたのかそこまで不快には感じ無くなっていた。
山田は何処かのリビングに座っていた。
奥の方に女性が料理を作っている姿が見える。
立ち上がろうとして、転ぶ。座り方がヘンだったのか足が痺れて動けないようだ。
(いや、これは痺れているというより………)
手を動かそうとして更に違和感があった。
顔を動かして手の方を見ると腕が肘の部分から先が無くなっている。
肘の部分には包帯が巻かれていて血こそ出ていなかったが、そういう問題ではない。
さっきまで、いや気を失うまではあったはずの両手が消えている。
山田はパニックで叫びだしそうになるが思いとどまった。
何故ならキッチンに人の気配があったからだ。
誰が山田の両手を奪ったのか? 少し考えれば分かる事だけど、今料理をしている人物の可能性が高い。
辺りをもう一度見回して分かったことだが、ここはまだ裏野ハイツの103号室だ。
それは奥の洋室から見える人骨が教えてくれていた。
つまり今料理をしている女性は—————
「あら、起きたんですね」
気付いたら山田の目の前には大きな鍋を持った女性が立っていた。
山田はその人物を知っている。
何故なら今日はこの人物に会いに来たのだから。
103号室の住人である水本 香がそこに立っていた。
山田は笑顔で微笑む香に何故か恐怖を感じて後ろに下がろうとして気付く。
(俺の両足がない?)
両手と同じように両足もまた、無くなっていた事に。
「こんにちは。あなたはえっと、探偵さんですよね?」
香がホンワカとした感じで山田に尋ねる。
山田が混乱して声が出ないでいると、それを肯定と受け取ったのか香が話を続けた。
「もしかして私が一連の誘拐事件の犯人だと思っているんですか?」
「いや、そんな事はないんですが………」
「まぁ、私が犯人なんですけどね。」
「———っえ? ちょ、どういうことですか?」
山田の問いかけに香は少し考える素振りを見せた。
それは何処か当たり前の事を聞かれてどう答えようか困っているように見える。
「えっと、子供の肉って美味しいんですよね」
「おい、あんた何言って―――」
「大人の肉は筋張っていて美味しくないんです。でも、ちゃんと全部食べますから安心してくださいね。」
話がかみ合っていない?
いや違う。この女は何で子供を誘拐したのか、その理由を説明しようとしている。
そう考えた時、山田は背筋が寒くなるのを感じた。
「今日の分はシチューにしてみたんですよ。」
香は自慢げに両手に持ったシチューを見せてくる。
山田はこのシチューの具が自分の肉だと分かってしまった。
山田は心にヒビが入ったような音が聞こえた気がした。
助けを呼ぶために叫ぼうとするが直ぐに口にタオルを詰め込まれてしまう。
「実はそろそろ引っ越そうと思ってたんです。多分あなたがこの町の最後の食材だと思います」
この言葉が山田の聞いた最後の言葉になった。
この夫婦がどうなったかは、誰も知らない。
捕まったというニュースは聞かない事から考えるに、今もどこかで獲物を狙っているのだろう。