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栄光のマッキントッシュ

作者: nkgwhiro

 iPhoneSEを発注してから一ヶ月、やっと、今日、彼の手元に届いた。

 彼は、すでに自宅に送られてきていた格安シムをiPhoneに挿入した。あっという間に、すべてが完了し、彼は再び新しい携帯電話を、手にしたのだった。


 彼は、世の中を拗ねて、少なくとも人間関係の一端と縁を切ろうとして、それまで使っていたiPhoneを捨てたのだった。いや、正確には、iPhoneのPhoneの部分だけを捨てただけである。

 情報収集としての、ネットとの交信は確保はしていたのであるから、世の中と縁を切ったなどというのはおこがましい限りである。必要に応じて、彼はメールを使い、時に、SNSを使って、しっかりと世の中と繋がっていたのである。


 新しいiPhoneを手に入れた彼は、自分の机の中にある、三つのiPhoneのことが急に気になりだした。彼の机の中には、3G・4S・5と三つのiPhoneが「秘匿」されていたのである。

 もちろん、これらは、すでに電話としての機能は消滅していた。

 使おうと思えば、使える品物であったが、彼はそれを購入した時の状態で、備品からケースまでを綺麗に整えて「秘匿」しておいたのであった。


 さて、それらをどうするか……。


 彼は、SEを入手し、それを活用しだした時点で、そのことを考え出した。そして、思い切って、それらを売ろうと考えついたのであった。彼としては、極めて珍しい考えであった。


 世の中と縁を切ると豪語し、携帯契約を切り、そして、再度、携帯契約をし、その上、それまでしたことのない、マッキントッシュの製品を売りに出すというのである。彼の中に何かいつもと違うことが起こっているとしか思えない行動であった。


 思い立ったが吉日ということで、机からそれらを取り出し、彼は、近くにあるiPhone買取店をネットで調べ、持って行った。

 いったいどのくらいの値段になるのだろうか。ネットではかなり高額な値段が示されていたがと、期待に胸をときめかせながら車に乗り込みんだ。

 

 店につくと、彼は、そこにいた店員に、iPhoneを買い取って欲しい旨を告げた。


 そこにいたのは、今時の若い店員だった。

 長髪に、ヘアリキッドを目いっぱいつけて、先の尖った革靴を履いている。もちろん、ズボンは細い。ネクタイは大きめで斜めに傾いでいる。


 今時の若い店員は、カーテンで仕切られた一角に彼を案内した。

 そこは厚いガラスで仕切られていて、ガラスの向こうに彼はいつの間にか移動していた。そして、差し出したiPhoneを一つ一つ手に取り、吟味をし始めた。

 まず、水没した形跡がないかどうかの確認だ。

 赤色のついた印が電源の脇にある丸い穴に出ていれば、それは水没した証拠だ。マッキントッシュ使いの彼はそのくらいは知っている。彼は今時の店員の顔をじっとうかがっていた。

 どうやら、彼のiPhoneは水没検査に無事通過したようだ。


 次に、本体に傷がないかどうかだ。

 今時の若い店員は、彼のiPhoneを手で触り、その感触から傷の有無を探りだす。といっても、見れば角に傷があることは素人でも一目瞭然である。

 どうやら、そこを何度もさすって、傷の程度を図っているようだ。

 そして、おもむろに、ガラスの向こうから、こちら側に大きな電卓を差し出してきた。


 「合計でこんなものになります」と、意外にも、ぶっきらぼうに言ってきた。

 

 iPhoneを手にして電卓が出てくるまで間、30秒ほどの間だ。

 彼としては、もう少し丁寧に、親切に、思わせぶりに告知をすると思っていたから、その言い方に幾分唖然としたのだった。

 

 そして、そこに示されていた金額に、彼はさらに唖然としてしまった。額は、2300円だった。


 「今、値崩れが起きているんですよ。ついこの間まで、万単位でしたが……」と。

 さらに、言葉を続けた

 「今、売るより、持っておかれた方がいいですよ」と。


 彼は、今時の若い店員の言うとおりにすることにした。こうして、彼の机の中には、3つのiPhoneがまた戻ってきた。


 彼はそれをしまうと、家の中のマッキントッシュを改めて調べ始めた。

 パソコンを含めれば、マッキントッシュの製品は一体いくつ「秘匿」されているのだろうと。

 現在、使っているのが、iPad・MacBook Pro・MacBook Air・iMac。使っていないものを含めれば、その3倍はある。よくもまあ、こんなにマッキントッシュを買ったものだと、彼は呆れかえっていた。


 なぜ、これだけの数の製品を、購入するのだろうか。それには何かわけがあるはずだと彼は思った。


 まず、製品の質が非常にいいということは言うまでもない。質もいいが、何しろデザインも、それを買わそうとする意欲を持たせる広告もいい。広告宣伝で買わされたと言ってもいいくらいだと彼は思った。

 しかし、いくら質がいいと言っても、今では他社製品も安くていいものをたくさん作っているから、この理屈は絶対的ではないと、彼は考えた。


 とすると、何だろうかと、彼は思案し続けた。


 そうだ。あの変人ジョブスへの敬意……に違いない。


 そう、それに尽きる。

 便利なものを作ることにこだわり、何の意味もないそのケースまでこだわる彼のあり方。

 ガレージで試行錯誤しながらものを作る姿勢。

 友人とぶつかり、関係を破滅させるも、また、不死鳥のように戻って最高のものを作る姿勢。


 そうした彼の破天荒で常識を逸脱したあり方に敬意を持つからに違いない。

 この方便には納得できると彼は考えた。


 つまり、彼は「人」に惚れ込んで、その「物」をとことん使い込んでいるんだと。


 それにしても、彼が名付けたマッキントッシュとはどんな意味があるのだと彼はどうでもいいことにも関心を示した。


 確か、うる覚えだが、リンゴが関係していると彼は何かの本で読んだことがあった。だから、マッキントッシュのロゴはリンゴなのだ。ビートルズのアップル社とロゴをめぐって争ったこともある。だから、彼は彼のロゴのリンゴに噛んだ後を入れたのか?


 そんなくだらないことを彼はiPhoneSEを手のひらでもてあそびながら思った。


 しかし、よくよく考えてみると、きっと、ジョブスという人間は、そうした<「人」に惚れ込んで、その「物」をとことん使う>奴を当て込んでいたのではないかと彼の考えは至ったのだ。


 安くて良いもの、というより、高くても良いもの、他と違う<格>を有するもの、そういうものを作り、それをそういう<奴>に売ると。


 そう考えると、ジョブスに、気持ち良く「一本取られた」と、彼は感じるのである。


 当時最新鋭のマッキントッシュたちは、技術の進歩の中で、今では何の意味も持たないものとなっている。いうならば、過去の、一時の栄光を、誇らかに持って、今彼の家で余生を送っているのだとも言える。


 今、さまざまに思考を働かせている彼には、もちろん、ジョブスのような栄光というものはないのだが、所有するマッキントッシュたちを見ていると、なんだか自分自身を見ているような気が彼にはしたのだった。

 そう考えると、<いらないから売る>なんていう、よこしまな考えを持ったことを彼は恥じたのだった。

 


                                             了

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