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癖一つない鮮やかな赤毛に、鋭い緋色の瞳。威厳があるが、どこか幼さの残る高身長に細マッチョな格好良いイケメン。
フワフワな青髪をおさげに纏め、優しげな藍色の瞳は海を思わせる。凄く成長した胸部が特徴的な、モデル体型で身長は平均な、母性間溢れる穏やかな美女。
見覚えの有り過ぎるその姿に、変な声を上げたせいで全ての視線を集めてしまったわたしは、当選の如くばっちりとあった二人の視線に、弾かれる様に置いたばかりの鞄をひっ掴んだ。
「ッ!? ま、待てッ!!」
同時に、ハッとしたイケメンが、咄嗟に声を飛ばしたが、待つ訳がない。
どうして、この二人がここにいるかは後として、今はとにかく逃げるのみだ。
そう判断しながら、周りの様子など気にする暇もなく、二人がいるのとは逆のドアに駆け、その取っ手に手をかけたわたしは……
「ティアッ!!」
懐かしいその愛称を呼ばれて、思わずその足を止めていた。だが、すぐに持ち直し、ゆっくりとそのドアを開いた。
「わたしはセレス、です。人違いじゃないですか?」
声が震えない様にするだけで精一杯で、表情を取り繕う暇がなかった。
不味い。本気で不味い。このままここにいれば、いろいろと精神的に不味い。
今日は授業をすっぽかして、荷物を纏めてとりあえず、この国を出よう。後のことはそれからだ。
「「ごめんなさいッ!!」」
そう判断して、廊下に踏み出そうとしたわたしは、予想外過ぎるその謝罪に反射的に振り返っていた。
「謝って済むことじゃない、って分かってる!
ティアが私達を恨んでても、拒絶されても仕方ないって!!」
「どんな命令でも、罵倒でも受け入れる覚悟は出来てる。
だから、頼む。話だけでもさせてくれ。ちゃんと、謝罪させてくれ」
答えによって、死んでしまいそうな程に切羽詰めた姿に、その悪魔の契約並みに可笑しい申し出に、わたしの思考は急停止。
うん? えっと、要は、二人を恨んでいるわたしの話をする為、二人はわたしの言うことをいくらでも、何でも聞いてくれる、と言う理解で良いのだろう。
そうか、そうかぁ、何をお願いしようかなぁ、ってそうではない!
「ちょ、ちょっと待って待って!!
いろいろと聞きたいことはあるんだけど、とりあえず!!
なんで、わたしが貴方達を恨むことになっちゃうのッ?!」
「「……え?」」
半ば絶叫しがちに問い質せば、二人は何やらホッとした後、ぽかんとしてくる。いやいや、わたしもそうなりそうだよ!
「え? だ、だって……ってあれ? う、恨んで……ない、の?」
「だから、なんでそうなった?!」
「い、いや、だが今、逃げようとーー」
「そ、それは……誰だって、予想外の展開には、着いていけずに暴走を起こすに決まってるもん!
なんで、世界の裏側にいる筈の貴方達がここにいるの?!
こんな姿、貴方達だけには絶対に見せたくなかったのにッ!!」
思わず、涙目になってしまいながら叫べば、二人はハッとした様にわたしの姿を見て、少しの沈黙の末、
「い、いや、見た目は対して変わってないぞ」
「それに、どんなになっても、ティアはティアだから」
「そんな嬉しくも何ともないフォローは結構!
とにかく! わたしが大好きなレオとアルは勿論、誰も恨む訳がないのッ!!
国を出たのも、こうやって逃げようとしたのも、ただ知り合いに見られたくなかっただけなんだから!」
もしかしたら、これを呼んでいるどこかの誰かは、わたしが女の子だと思っていたかもしれない。
ああ、その通りだ。わたしは女の子だ。精神的は勿論、体だって元は女の子だったのだ!
別に、前世で女だったとかそう言う訳ではない。そうだったけれど、わたしはちゃんと、この世界でも女の子として、前世の記憶を持って生まれたのだ!
なのに四年前、とある事件のお陰で、体は男の子へとチェンジ。
少しだけ膨らみ始めた胸は見事な絶壁となり、なのに、あそこには信じたくない物が生えて!
そんな現実を前に、精神年齢二十歳以上のしっかりと、性的な意識が芽生えた人格に耐えられる訳がなかった。ついでに、可愛すぎる男の子とか、他人事ならば許せるが、自分がなるとかマジでない!
ついでに、とある記憶を思い出してしまったことで、もう逃げ出さずにはいられなかった。
だから、この姿になった日の深夜に家出して、こうやって自国から裏側になるこの国まで逃げてきて、決死の覚悟で男としてやってきたのだ。
なのに、まさかこの二人が現れるなど、予想外過ぎて逃げたくもなるだろう!
「……“大、好き”……ッ!!」
「え?! ちょ、ちょっと、何泣いてるの?!」
そんなわたしの心情を余所に、アルは耐え切れない様子で瞳を潤ませるものだから、わたしは慌てて駆け寄った。
「あ、アル、泣かないで!」
「……また、ぎゅっとして良い?」
「え……わ、分かった。いくらでもして良いから、泣かないで。ね?」
ああ、駄目だ。この二人の前だと、どうも嫌だと言えない。
言葉通り、ギュウッとわたしを抱き締めたアルは、ふと何かに気付いた様子。
「……アル?」
「ホントに、無事でよかった……」
溢れた涙。酷くホッとした様子の声に、わたしは息を飲んだ。
「諦めなくて良かった……。絶対に見つかるって、信じて、ホントに……。
たとえ、もう二度と触れられなくても、名前を呼んで貰えなくても、貴方が生きていてくれるだけで、生きて幸せでいてくれるなら、それで十分なの。国に連れ戻そうとなんてしない。
だってどんな姿になっても、どこにいても、貴方は私達の、誰よりも大切な人なんだから」
告げられる言葉達に、わたしの頬を涙が伝った。
あぁどうしよう。これでは、家出した意味がない。いくら前世の記憶があると言っても、わたしは所詮、十二歳の少女でしかない。
まだ母親の加護下にいたい年齢なのだ。母親代わりであった彼女に、こんな風に抱き締められては、何にも言えない。
「……ま、そう言う訳には行かないが」
隣で呟かれた声に、わたし達はピタリと固まる。そして、
「ちょっとレオ!」
「アル、気持ちは分かるが、それが現実問題であり、俺達の仕事だ」
「そ、それは……」
さすが、レオである。私情は私情。仕事は仕事らしい。
それにしても、アルが言い返せない当たり、それだけの問題になっている様だ。
いやまぁ、そうなっても可笑しくない立場ではあったからな。
見つかった以上、もう逃げられるとは思えない。
ただ、やっぱり今すぐ、連れ戻されるのは心の準備が、なぁ。
「あ、あのッ!!」
少しの突っかかりを感じていれば、割り込んでくる存在有り。
空気と化していた現状を思い出したわたしは、ハッとして涙を引っ込め、アルから一歩身を離した。
そして、同じくその声に現実に戻ってきた、殿下達と野次馬達は状況に戸惑いながらも、声を上げた存在を気遣いながら、二人とわたしに視線を向けていた。
「失礼ですが、貴方達は一体、何者でしょうか? セレス君と、お知り合い、なのですか?」
そして、聖女様はどこか、そわそわとした様子で問い掛けてくる。
何となく、その視線に悪寒が走って、わたしは離れたばかりだが、溜まらず二人の腕に巻き付いた。
「……心配するな。かなりの効力だが、俺達には通用しない」
囁かれた言葉に一瞬、何の話か分からなかった。が、そう言えば、彼女には魅了などの類のスキルがあるのかもしれない、と言うのは常日頃思っていた事だ。
あぁ、説明が遅れたが、スキルと言うのは生まれ付き身に宿っている、特殊な体質や能力のことだ。力が現れるのは先天的な人と後天的な人で分かれている。
まぁ、殆どの人は先天的で、後天的な人は珍しいのだ
かく言うわたしは、その珍しい後天的な人間で、スキルは抵抗。
自分に降り掛かったスキルや魔法、毒などの特殊な効力に対し、無意識に抵抗能力を発して、効力を変化させたり、弱めたりしてしまう。
何とか、わたしを助けてくれる力(魔道具、治癒や守護、移動など)は、抵抗しない様にコントロールしようとしているが、はっきりと意識しないとまるでダメである。
無意識過ぎて、何をいつ打ち消しているかが分からない為、こんな体になってしまった上……ってそうだ。
二人や周りはわたしのスキルを知らないのだ。わたしだってあの知識がなければ知らなかった訳で、つまり、この体になったのはあの実験の失敗のせいである、と勘違いしていても可笑しくない。
となれば、彼等が自分を責めるのは必然で、わたしが恨んでいると思っても、可笑しなことはない。
……とりあえず、その件は後にしようか。
わたしの抵抗のスキルは今回もやはり、彼女のスキルに抵抗してしまい、都合が悪い為に標的にされてしまったのだろう。
だが、二人は彼女のスキルに気付いた上で、惑わされてはいない様だった。
ホッとして、離れようとすれば、なぜだか二人の間に立たされた。
「お恥ずかしい所をお見せ致しました、アルメシア王立学園の皆様。
我々はケルディアス王国からの使いの者です。
四年前にお姿を消された彼のお方、ケルディアス王国のーー」
「待って下さい!」
勝手に紹介しようとしたレオを止め、わたしは彼が懐から取り出した羊皮紙を奪い取った。
どうやら、それはアルメシア王の実印が成された、国中を出入りする為の許可証らしい。ちなみに、事情を聞くことは禁じられている様だ。
「この契約上、わたしが何者かを明かす必要はない筈です」
「み、見せろ!」
ホッとして大きく掲げてみせれば、反射的に飛んで来た殿下達は、わたしから許可証を受け取り、その内容に目を通していく。
「間違いない。……お父様の実印だ」
「……確かに、事情をお伺いすることを始め、調べることも禁じられていらっしゃるようですね」
唖然とした様子で呟かれた言葉達に、周囲はざわめき、聖女様も呆然。
彼等は怯んで、だが、引き下がってはくれないらしい。
「貴様がどこの誰だろうと、まだ疑いは晴れてはいない。アリエスは貴様に突き落とされた、と証言しているのだ」
殿下のこの期に及んでの濡れ衣に、レオとアルがピクリと反応を見せるが、わたしはその前に一歩前に出た。
「勿論ですよ。
今までは正直、貴方達の相手をするのは面倒だし、誰がわたしに濡れ衣を被せようと、どうでも良かったですけど、こうなった以上はそうは行かないです。
わたしは自らの濡れ衣を晴らし、真の犯人を見つけます!」
さすがに、濡れ衣被ったまま、国へ戻ることは出来ない。これがスキルによるものならば、尚更だ。ついでに、心の準備と行こうではないか。
覚悟を決めて堂々と宣言してみせれば、今まで呆れた反応しか見せてこなかった為か、わたしの正体を気にしてか、いつもの様に言い返すことはなかった。
同時に、彼等から一歩引いた位置にいる聖女様は、なにやら顔を引き吊らせていたが、まぁ気にする必要はないだろう。
「……張り切ってる所、悪いけど、ティア?」
「とりあえず、事情を話して貰おうか?」
後ろからなされた問いに、さてどう説明すれば許可を貰った上で、穏便に済ませられるか、とわたしは脳内シミュレーションを始めたのだった。