覇道学園
太平洋上空に浮かぶ巨大な浮遊島――――天空都市《朱雀》。
超能力者を養成するための施設が結集した島で、住民の8割は学生であり超能力者。
日本が誇る最高峰の超能力者養成機関で、国内から超能力者認定を受けた満13歳以上の少年少女がこの島に招集される。そして覇道学園を含めた四つある学園のうちいずれかひとつの学園で、基本的な教養に加えて超能力に関する教養を受ける。また、国内のみならず海外からやってきた学生も多数おり、クリスティーナもその1人である。
よく言えば超能力者の養成施設であり、悪く言えば超能力者を隔離するための施設ともいえる。
四つある学園のうち、特に覇道学園は完全な実力主義であり、最高位であるA組の生徒には当然優秀な生徒が集められ、最底辺であるF組には落ちこぼれが集められている。
さらに、一定以上の成績を持つ生徒には序列が与えらる。
序列を持つ生徒は現在104名であり、当然ながら序列一位が最高位であり、104位が最底辺である。
その中でも上位10名は《天上に立つ者》と呼ばれ、二つ名が与えられる。クリスティーナもその《天上に立つ者》の一人であり、《雷帝》という二つ名を持っている。
序列が高ければ高いほど資金や住居など様々な面で優遇される。ゆえに《天上の者》はまるで貴族のような扱いをされている。
対する来人はF組の生徒。当然序列は未所持であり、成績は留年スレスレ。成績が悪い生徒の待遇など当然ながらいいわけもなく、金銭面では特に苦しい状況である。
加えて来人の実家は正真正銘普通の一般家庭。特に特別な血筋なんて無いし、ましてやなんだかすごそうな武術なんてならってもいない。超能力が使えること以外は普通の人となんら変わりないのだ。
そんな一般人と変わらない来人が下着姿を見てしまった相手は、王女で《天上に立つ者》。どう考えても対等な立場とは思えない相手だった。
まずい。そう考えた来人はすでにもたれかかっていた椅子から立ち上がり、足早にこの保健室から立ち去ろうとした。
「おい。どこへ行くつもりだ?」
保健室の扉に手をかけたところで晴夏に肩を掴まれる。
「どこって、教室っすよ。2年F組の。俺は決めたんです。心機一転してこれからは真面目に授業を受けようと――――」
「嘘つけ。逃げようとしたって無駄だぞ」
だらだらと汗を流す来人。そんなやり取りをしている間に着替え終えたクリスティーナがカーテンを開けて制服姿で改めて姿を現した。
「霧生先生、ありがとうございます。わざわざ替えの制服を用意してくださっ――」
「すんませんしたァーーーーッ!!」
来人は滑り込むようにしてクリスティーナの目の前に現れ、大きな声で謝罪するとともに文句なしのフォームで土下座を披露する。
「まさかこんなところで着替えているとは思わなくって!ついついいつもの調子で保健室に入っちまって――」
「もういいわよ。顔上げなさい」
「へ?」
これから”痴女”と言ったことについての謝罪もしようと考えていたのに、予想外の答えが返ってきた。
「確かにあなたの言う通り、こんなところで着替えていた私に非があった。……ごめんなさい」
もっと罵られると思っていた。なのに素直に謝られたので、拍子抜けしてしまう。
「はぁ。またか」
(また……?)
ため息をつく晴夏の言葉が耳につく。晴夏はそのまま続けざまに口を開く。
「お前は優しすぎる。だから標的にされるんだ」
「分かっています。けど、性格を変えるなんて私にはできません」
「そうッスよ霧生先生。性格ってのはそんな簡単に変えられるもんじゃないんすよ」
「お前は黙っていろ遅刻常習犯」
シリアスなムードをぶち壊すかのように会話に割り込んできた来人を、晴夏のキツイ一言で追い払う。
「少しは他人に厳しくしなければダメだ。特にそこの男、新城来人には厳しくしてもいいんだぞ?」
「ちょ!?何言ってんすか先生!?」
せっかく和解できそうな雰囲気だったのにそれを妨害するような晴夏の言葉。さらに晴夏は続けて言う。
「新城は遅刻常習犯に加えてサボり常習犯、赤点常習犯で常に留年ギリギリを漂っている不良生徒の鑑みたいなものだからな」
「不良……」
語られていく来人の素性を聞いたクリスティーナが険しい顔つきで来人を睨む。完全に晴夏のせいで和解から遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっと待って!?確かに俺はバカでアホでクズだけどさ!?関係なくね!?今、この話関係ないよね!?なんで槍玉に上げてんの!?」
「それにこいつはお前のまだ嫁入り前一糸纏わぬ裸体を見てしまっている。いくら理由があったとはいえこれは覆せない事実だ」
「おいコラ!無視すんな!つーか下着はつけてただろーが!」
来人がいくら言っても聞く耳を持たない。どんどん状況は悪化していくばかりだ。
「た、確かにそうですが……」
(王女様ぁぁぁぁ!?その年増ババアの言うことに耳を傾けちゃダメだああ!)
思い出して少し顔を赤らめるクリスティーナ。心の中でクリスティーナに訴えかけるが届くはずもなく、クリスティーナは晴夏の口車に乗せられていく。
「そこで、だ。決闘で白黒つけるというのはどうだ?」
「はあああっ!?」
決闘。その名の通り、一対一で戦う真剣勝負。
完全な実力主義である覇道学園には決闘制度なるものがある。
決闘は喧嘩とは違い、いくら生徒が生徒に決闘を申し込んでもそれは正式には成立されない。まず前提として、教師の許可がなければならない。逆に言えば教師の許可さえ出れば互いの合意が無くとも決闘は成立してしまうということになる。とはいっても教師が決闘の許可を出すこと自体がほとんどないので、そこら辺の問題は今まで無視されてきたが、晴夏は許可どころか自分から決闘を生徒に勧める始末。
ゆえに今、どちらかが決闘を申し込めば決闘が成立する状況にあった。
「そうだな……新城が勝った場合は裸体を見てしまった件をチャラにする。リンドホルムが勝った場合は新城がリンドホルムの下僕になる。ついでに単位を剥奪でどうだ?」
「ちょっっっっと待てぇぇぇええええ!!それじゃあ俺になんもメリットがねーじゃんかそもそもなんで決闘するみたいな流れにしてんだこの年増ババア!俺をいじめて楽しいか!?そんなんだからいつまで経っても結婚できねーんだよ!!」
熱くなってつい晴夏の襟首をつかみながら怒声を浴びせていく。傍から見れば来人が悪役にしか見えない構図だった。
「しくしく。年増ババアなんて悲しいなあ。まだ私は若いのに。生徒にこんなことを言われて悲しいよ。しくしく」
「なーに分かりやすい泣き真似してんだ!?だいたいアンタ、俺が負けると分かってて――」
「その手を離しなさい」
「……へ?」
クリスティーナがきつい声で言い放つ。明らかに怒気を孕んだその声は、来人を恐怖させるには十分すぎた。
「さっきから黙って聞いていれば――遅刻常習犯や赤点常習犯に留まらず教師への暴言に暴力!貴方のような不良を野放しにはさせない!私が成敗します!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!?ちがーうの!これは」
「新城来人!あなたに正式に”決闘”を申し込みます!」
「ええええェェェーーーッ!?」
ついに出された、決闘宣言。恐れていた事態が現実となり、静寂を守っていた校舎全体に響き渡るんじゃないかと思うほどの大きな声で来人は叫んでいた。
恨めし気に晴夏の方を睨みつける。
すると晴夏は不敵な笑みを浮かべた。まるで「計画通り」と言いたげな不敵な笑みを。
そこでようやく気付く。本当に口車に乗せられていたのはクリスティーナではなく、自分だったことに。
「ち……ちくしょォォォおおおおーーーッ!!」
本日二度目の叫びが天を衝く。後戻りはもうできなかった。