閑話 弁当と暗黒物質
「なあ、思ったんだけどよ」
夕飯の支度をしようと、エプロンを着用し腕をまくっているクリスの背中に話しかける。
「なに?」
「お前の料理の腕はすげえと思うぜ。だからこそ、なんでわざわざ学食で食ってんのかなって」
「?」
何を言っているんだ?と言いたげな顔。
回りくどい言い方ではやはり通じない。直球が一番だ。
「だからその、弁当とか作らねーのかなーって」
「弁当……?」
「おう。そっちの方が金もかからないしいいだろ。お前の腕なら学食より美味いもんが作れるだろうし。な、なんだったらついでに俺の分の弁当も作ってくれたら嬉しいなー」
照れくさそうに、頬を掻きながら言う。
実際に心臓がバクバクしている。
(やべー……言っちまったよ……)
女の子の手作り弁当。
男だったら誰もが憧れる単語。
口うるさいけどなんだかんだ言ってクリスは可愛い。そんな可愛い女の子の手作り弁当を憧れない男がいるのか。いや、いない。
正直言って、こういうのは男である自分から言うのはどうかと思う。でも仕方ないじゃないか。手作り弁当が食べたいんだから。
(な、なんだ?クリスの奴、突然黙てりこんで……ハッ!まさか、あいつも照れて――――)
――――なかった。照れてないどころか、衝撃受けたように目を丸くして立ち尽くしていた。
「あ、あのー?クリスちゃーん?」
「も、盲点だったわ……確かにお弁当を作った方がお金がかからないし……」
「うおい!今までそのことに気付いてなかったの!?」
普通気付くだろうと言いたい。まさかとは思うがこの子、一度も自分で弁当を作ったことがないのか?
これだけの料理の腕があって何故弁当を作るという考えに至らなかったんだ?
「こうしちゃいられないわ!今すぐお弁当箱を買いに行かなきゃ!」
エプロンを脱ぎ捨て、料理などそっちのけで今から本当に弁当箱を買うつもりだ。
「ちょぉぉぉっと待てぇぇぇッ!おま、今日の晩飯どうするつもりだ!?」
「帰ってきたら作る!」
「いやいやいや!もう遅いしこんな時間に買いに行っても店が閉まってるだろ!商業区はここから結構離れてんだぞ
!?」
「大丈夫!《雷人剣》を使えばいいのよ!」
「大丈夫じゃねーよ!?ドヤ顔でそんなこと言うなよ!?どんな超能力の使い方だよ!?つーか使っちゃダメだろ!?戦闘以外で能力を使用するのはダメって先生言ってたよな!?」
そりゃ自分は使ってもバレない能力だから戦闘中以外にも使うときがあるが、クリスの場合は目立ちすぎる。
もう日も落ちて空が暗くなってるのに、あんなピカピカした奴が町中を物凄いスピード駆けてたらどう考えたってバレるに決まってる。
「う……そ、そういえばそうだったわね。ごめん、つい熱くなりすぎちゃった……」
「ったく……まあなんだ、明日からすぐに弁当とは言わねぇからよ。暇があるときにでも一緒に弁当箱を買いに行こうぜ?」
「うん。それが一番ね」
よし!と心の中でガッツポーズをする。
何はともあれ手作り弁当の約束をする事が出来た。
「お弁当といえば……来人はお弁当を作ったりしたことはないの?」
「え?俺?無いけど……」
「そういえばここに来たとき、キッチンは全然使われて無いみたいだったし、床にはどこかで買ったお弁当のゴミが散乱してたけど――――まさか来人、料理をしたこと無いの?」
「そ、それはその……」
なんとも痛いところを突かれる。
料理をしたことがないわけではない。料理をするのが面倒なので料理をする機会がほとんどないだけなのだ。
「だめよそんなんじゃ!買い食いばっかりじゃ不健康だわ!たまには自分で――って、まさか来人、料理が出来ないの?」
「いや、出来ないってことはないぜ?めんどくさいからやらないだけで……」
「ふーーん……」
ジトッとした目つきで見てくる。間違いなく信じてなかった。
「な、なんだよその目!そうだ!何なら今から作ってやるよ!」
「え?出来るの?」
ついついムキになって、今日の晩飯を自分が担当すると言い出す。
「出来らぁ!男の料理ってやつをたんと味あわせてやるぜ!」
「うーん……そこまで言うなら……任せてみようかしら……」
少々不安は残るものの、やる気の入った来人の意を汲んでみることに決めた。
◆
「……で、これが来人の言う男の料理なのかしら?」
目の前に差し出された真っ黒な何かを指して言う。
来人は滝のように汗を流しながら正座していた。
「い、いやー。ちょっと火力を間違えちまって……」
「間違えすぎよ!!何をどうやったらこんな暗黒物質が生まれるのよッ!!」
「ひっ」
バン!とテーブルを叩いて叱る。
「や、やだなあ。これ、一応チャーハンだよ?」
「どこがチャーハンよッ!360度とこからどう見ても得体のしれない暗黒物質ですッ!!」
鬼の形相で捲し立てていくクリスに、来人は背中を丸める。
……以前やった時はそれなりにうまくいったのにどうしてこうなったのか。そもそも最後にチャーハンを作ったのはいつだっただろうか。
「もう……仕方ないわね。こんなの流石に食べられないだろうし、今から私が――」
「ま、待ってくれ!!」
「何よ?まだ何かあるの?」
立ち上がったところを必死に止める来人を、またしてもジトッとした目で見下ろす。
「これ、見た目はこうだけど味はしっかりしてるかもしれないだろ!?」
暗黒物質を持ち上げながら言う。
……見た目だけでなく臭い枯らしてアウトなのだが。何を言っているんだこの人は。
そんな時、ふとクリスの心の中に黒いもが宿る。
「ねぇ来人、そこまで言うのはいいけどさ、味見はしたの?」
豹変。まるで悪魔のような笑顔のクリス。
「え……い、いや。してないけど……」
「ダメじゃない。味見をしないなんて言語道断よ。と、いうわけで……」
ずぼっ!と暗黒物質の中にスプーンを突っ込み、掬っていく。
そしてスプーンの上に座する暗黒物質を、ゆっくりと来人に近づけていく。
「く、クリス!?な、何をするつもりで!?」
「味見よ。あ・じ・み。貴方が作ったんだからあなたが味見しなきゃだめでしょ?はい、あーん」
「ストップストップ!俺が悪かった!だから――――」
「ていっ!!」
「!?」
来人の口が開いたその隙を突き、一気に近づけて暗黒物質をスプーンごと口の中へ放り込む。
「*@#$!?!?」
声にならない悲鳴を上げ、顔を真っ青にして背中からパタンと倒れ行く来人を冷ややかな目で見送る。
しばらくピクピクと震えた後、来人はその意識を手放した。
「ほら。やっぱり暗黒物質じゃない」
クリスは心に刻み込む。来人には今後絶っっっっ対に料理をさせてはいけないと。