一矢報いる
「行くぜ……!」
もう迷うことはない。真正面から向かっていく。
「フン。面白ぇ。その度胸だけは認めてやる!」
火柱から二つの翼がその姿を顕す。
やがてその火柱の中から降臨したのは――――まさに不死鳥だった。
「これがアタシの全力の一撃だ。受けられることを誇りに思いな!!」
《火竜ノ太刀》を天に掲げると、不死鳥はその翼を広げ剣先が差す方へ飛び立つ。
次の一撃が通れば病院送りは免れないだろう。だが、それは通ればの話だ。
通すわけにはいかない。方法はただ一つ。この手に残った感覚だけを信じて能力を使うこと!
「今だぁッ!!!」
叫ぶと同時、一瞬にして不死鳥が姿を消す。それだけではない。火恋の右手にあった《火竜ノ太刀》さえその姿を消していた。
代わりにあったのは、炎を従え、《火竜ノ太刀》を手にした来人の姿。
「アイツどうやって!?」
(なるほど……見上げた根性だ)
火恋の《火竜ノ太刀》の一撃を受けたあの時、来人は抵抗していた。
それは極力ダメージを減らすようなものではない。次につなげること――――そう、その手で《火竜ノ太刀》に触れていたのだ。
あえて火恋を煽り、最大の一撃を放つ直前で能力を使用し、《火竜ノ太刀》を自らの手元に持ってきたのだ。
「テメェ自身の一撃で沈みやがれえええッ!!」
炎ごと己の愛刀を奪われ、丸腰になった火恋。
そんな窮地に立っても尚、彼女は余裕を崩さない。むしろこの状況を楽しんで、笑っていた。
「アンタさ……それで勝ったつもり?」
「!?」
「ESPブレード盗ったくらいで勝てるほど、この《炎皇》の名は伊達じゃねぇんだよ!!」
火恋は足に炎を纏わせると同時に、それを爆発させブースターのように扱う。
その加速力で一気に距離を縮めた火恋。自分の予想していた距離感をあっという間に覆された来人は、剣を振るうことすら出来なかった。
気付いた時にはすでに、炎を纏った右足による回し蹴りが飛んできていた。無論、反応など出来ない。
(そんな……嘘、だろ……?)
もはや声を上げることすら出来ずに、痛みを受け入れる。
巻き上がる爆炎とともに、来人は宙を舞う。
「来人ーーーっ!!」
……誰かが自分の名前を叫んでいる。
己の知恵を振り絞った奇策や奇襲は軽くあしらわれ、勝利を宣言した最後の賭けさえも圧倒的な力でねじ伏せられる。
これが《天上の者の実力。無理だ。圧倒的すぎる。こんなの、運が良くても勝てっこない。こんな奴に喧嘩を売ること自体間違っていたんだ。
「……チッ」
地面に仰向けで倒れ、動かなくなった来人に対して舌打ちをする。
「動かないと決めてたのに動いちまったよ。……格下未満は撤回だ。格下に昇格しといてやる」
もう体が動かない。こんなにつらい思いをしてまで、自分は何をやっているんだろう。そもそも、何のために戦っていたんだろう。
そんな考えが来人の脳内を漂っている。もう、意識は朦朧としていた。
「早く医務室に連れてきな。流石にやりすぎ――」
「格下なんかじゃない!」
また、この声だ。自分の名前を叫んでいた、ちょっと耳に障るうるさい声。でも、どこか憎めない声。
「来人は果敢に戦った!崖っぷちまで追い込まれても最後まで諦めなかった!相手が自分より強いと分かっていても、戦える勇気があった!そんな立派な人を格下だなんて言わせない!言わせてたまるもんですか!!」
涙の落ちる音。
そうだ。思い出した。自分の戦っている理由。
火恋にムカついたわけじゃないんだ。本当にムカついていたのは、この女――クリスに対してだ。
何をされても無抵抗でいたクリスに心底ムカついていた。だからクリスを焚き付けるために火恋に喧嘩を売った。
勝ち負けなんて二の次だった。クリスが変わりさえすれば。
だが今はどうだ?クリスはとうとう火恋に言い返した。だがそれは自分のためだった。その涙も、自分のために流したものだった。
それで本当にいいのか。クリスが変われても、このままじゃ俺はかっこ悪すぎるんじゃないのか。クリスには絶対勝つと言った、あの言葉も嘘になってしまうんじゃないのか。
そんなの絶対に嫌だ。かっこ悪くて二度とクリスに顔向けできない。何よりも、負けたくない!ここで勝てなきゃ男が廃る!
勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい!こんな無様な結末で終わっていいわけがない!勝つんだ!勝つしかないんだ!立て、立て、立ち上がれ!男の意地を、根性を見せてみろ!!新城来人――――!!
「よせクリスティーナ。決着はついた。早く新城を医務室に――――」
「待て……よ……!決着がついた……?はっ……笑わせるぜ……!」
「!?」
目を疑った。
使い古したボロ雑巾の方がよっぽどマシと言い切れるほど酷い状態。
額から血を流し、顔を血で染め、生まれたばかりの小鹿のようなおぼつかない足で立っている。
だというのに。立っているのも辛いはずなのに。超能力障害で意識もはっきりしていない筈なのに。
この男は、瞳の奥に炎を宿して笑っていた。《炎皇》の操る炎などと比べ物にならないほどの強い炎を。
「テメェ……!まだ立つってのか……!?」
「当然だ……あの程度で倒れるような……凡人共とは、違うんだよ……ッ!」
どれがどう見ても限界などとっくに超えている。見ているだけ痛々しい。これ以上続けたら本格的に人命に関わる。
戦いはもう終わりだ。さっさと医務室に行くべきだ。
「やめろ!それ以上はアンタの体がもう――――」
「真島。まだ勝負は終わっていないぞ」
戦いを中断しようとする火恋を止めたのは、本来ならば一番この戦いを止めなければいけない神奈だった。
「何考えてんだ会長!コイツが今どんな状況になっているのか分かっていんのか!?」
「ああ。分かっているよ。闘争心をギラギラ燃やして立っている。新城はまだ勝つつもりだ」
「……久道。貴様、自分が何をしているのか分かっているのか?」
神奈の判決に、外野で見ていた響子でさえ疑問を持った。
「公平な判断を下したまでです。彼はまだ立っている。それも勝つつもりで。そこで戦いを中断するのは公平な判断とは言えません」
「奴はもう戦えないのは明白だ!これは決闘ではな――――」
「最初に言ったはずです。形式的には決闘や公式戦と同じでいくと」
「ッ!」
響子を黙らせ、再び審判に戻る。
「さあ、まだ戦闘中だ!思う存分戦いたまえ!!」
「チッ……!仕方ねぇ……今度こそ終いだ!」
右手に渦巻く炎。威力は全力で押さえてある。来人にこれ以上の負荷を与えず、最小限のダメージで決着をつける。
「来人……!」
あんなボロボロになって、虫の息で、それでももう、あの時止めとけばよかったなどという考えはどこにもなかった。
ボロボロになりながらも戦う来人の姿を見て、やっと思い出せた。
自分が、来人と同じくらいの負けず嫌いだったことを。もう止めはしない。負けず嫌いだから分かるのだ。今の来人は、全力で勝ちたいと思っていると。
「大丈夫……あなたならきっと!」
来人を信じ、その結末を最後まで見届ける覚悟を決める。
「散れェ!!」
右手から炎が放たれる。
足はもうまともに動かない。避ける手立てはない。
《火竜ノ太刀》はすでに火恋の手に戻り、木刀は火恋の足元に転がっている。
絶体絶命の筈だ。なのに、この気持ちは何だ?今の自分なら何でもできる。思い込みなんかじゃない。この右手に、確かに感じる。可能性を!
(行くぜ……!これが正真正銘最後の攻撃!)
無心で木刀の方へ手を伸ばす。炎が視界を埋め尽くし、熱が襲い掛かってくる。
だからどうしたというんだ。今から自分は、木刀を掴みに行く!
刹那。来人の視界にあった炎は後方へ消えていた。いや、本当は違っていた。来人が炎の前に出たのだ。炎の前に出て、火恋の足元に落ちてあった木刀を手にしていたのだ。
(こいつ……!?どうやって!?)
来人は余力をすべて捧げ、木刀を全力で振るう。
突然懐に入られた火恋は反応が遅れ、能力を使わずそれを捌こうとする。
下から振り上げられた木刀が、振り下ろされた《火竜ノ太刀》を弾き飛ばす。もう火恋を守るものは、何もない。
――――これで終わりだ。残った僅かな余力を爆発させ、木刀を振り下ろす!
「がっ……!?」
木刀が火恋の脳天を叩く。
鈍い音が鳴り響いた数秒後。火恋が地に伏せる音を聞いた来人は、その意識を手放した。




