第一話 落ちこぼれの優等生
「えー、このように超能力とは現実の事象を改変式によって上書きし、現実を歪め超常現象を起こすことだ。この改変式の影響が及ぶ距離を干渉限界距離といい、また影響が継続する時間を――」
カッカッとチョークを黒板に打ち付ける音と、授業を行う教師の少し低めの声が1-4の教室に響く。
しかし俺、桐谷燐太郎はペンを放り出し授業そっちのけで窓の外を眺めていた。
JNPL(日本超能力研究所)の所長、桐谷昌栄と副所長である桐谷リリー。
日本を代表する超能力研究の第一人者を両親に持つ身としては、この学校で習う応用的な知識など
一般常識に等しく、机の上のノートにはすでに今日の授業の内容がすべてまとめあげられている。
「おい桐谷、どこを向いている。話を聞いていたのか?聞いていたなら今説明したところを言ってみろ」
教師に目をつけられてしまった。しかし、
「能力が発現に至るまでの過程ですか?能力開発は、2032年、日本人の脳医学者黒田一誠が
発見した特殊な波状データ『PSI波』、通称『能力波』を人間の脳に投射し、
脳波 とシンクロさせ、本来は隠されている人間の『可能性』を引き出すというものです。
能力波は基本、10~13歳あたりが一番シンクロしやすいといわれています。
しかし誰にでもシンクロするというわけではなく、非常に低確率でしかシンクロしません。
また、シンクロしない人間に能力波を投射するのは非常に危険で、
脳に甚大なダメージをもたらします。
この能力波が脳波にシンクロする人間を選び出すことを『可能性を見出す』といいます。
能力波を投射した時点で超能力を発現する者もいますが、通常はそのあと暗示や投
薬などの開発プログラムをこなすことで発現します」
「相変わらず、理論だけは完璧だな」
教師の皮肉に燐太郎の顔が曇る。
「いくら教えられなくても解るっていっても授業はちゃんと聞けよ」
「……はい」
俺は筆記テストでは常にほぼ満点、学年1位をキープしている。
しかし総合成績は平均より下。
何故かというと……
俺は11歳、小学校5年の頃に『可能性』を見出された。
学校の定期健診で発覚。両親は異常なほどに大喜びした。
それもそのはず、能力波とシンクロできる人間なんて1000人に一人と言われている。
『可能性』を見出された人間は、日本に20校(8校は私学、他は全て国立)しかない
超能力者養成学校に通う権利が与えられる。
そしてその20校の内、3校が集まる世界で最も科学的な都市、ネクスト。別名「世界の脳」
人口は300万人の大都市。
日本だけでなく、世界中の様々な研究機関が支部、または本部を置いており、合同研究や高度な実験を行っている。
また都市のシステムは全て最先端技術を使用し、まだ他の都市では実用化されていない技術も多々使用されている。
まさに「世界の脳」。人類の英知の全てを集めたといっても過言ではない都市だ。
JNPLもネクストの研究所区域に置かれており、両親がJNPLの重役ということで
俺は生まれも育ちもこの超未来都市だった。
俺は3校の内の一つ、日本国立超能力者養成学校関東校初等部に通い始めた。
そして能力波を投射され、能力開発のプログラムを受け早4年。
高等部に進級した今でも、俺の能力は、未だ発現の余地を見せなかった。
何故かは解らない。何度能力波を投射されようと、開発のプログラムを受けようと、
4年間の間に発現の兆しは全く見られなかった。
検査機のミスかもしれないということで、再検査を何度もやった。
しかし何度やっても俺の『可能性』は見出された。
結局、この問題は原因不明という名目で終わってしまった。
それでも『可能性』はあるので、学校に通う権利は与えられる。
超能力学校というエリート校に通うも、俺は完全に落ちこぼれとしての日々を送っていた。
授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
「起立、礼」
「「「「ありがとうございましたー」」」」
「おい」
終礼が終わるととほぼ同時に後ろから声がかかる。長身にいかにもスポーツマンといった
風貌の友人、氏臣尚吾だ。
「お前、また怒られてさー。能力開発ヤベェんだから、授業の評価落とすといくら桐谷博士の息子だからっていっても退学食らうぞ?」
「いいんだよ。やめたらコネで研究所で働かせてもらうから」
「まあ、お前のその頭脳なら余裕でOKなのかもしんないけどさあ」
実際、能力が全くない俺がこの学校に踏みとどまっていられるのは両親から引き継いだ
この頭脳のおかげだろう。
他の普通校に比べ、遥かにレベルの高いこの学校の筆記で毎回ほぼ満点をとっているんだ。
言うなれば、天才の中の天才。神童と呼ばれてもおかしくはない(自画自賛)。
まあ両親のことを考えれば、遺伝学上当然のことかもしれないが。
しかしそれもまったく発現しない能力のせいで、この学校では超宝の持ち腐れ状態になっていた。
「でもそれじゃあ、普通の進学校にいったほうがいいんじゃないのか?」
「こっちの学校のほうが超能力のことを専門的に学べる。
といっても1年の内は基礎ばかりで退屈だけどな」
「あれが基礎!!?基礎!!??」
「なんだよ、大袈裟だな。それに2、3年になれば今と比べ物にならないくらい
難しくなるのは確実だぞ」
「な…なんだと……!?」
こいつもこの学校にいるということは凡人以上の頭脳は有る筈なのだが……
項垂れる友人に横目で同情の視線を向ける。
俺もまだ最初の内は自分の中の眠れる力が……などと期待を馳せていたが、
流石に4年間も期待を裏切られてしまってはそんな気持ちを持つほうが難しいのではないかと思う。
「次は開発プログラムか」
他のクラスメートは全員なにかしらの能力を発現しており、開発プログラムはスプーンを曲げたりだとか
物質を瞬間移動させたりだとか自分の能力の向上に使う。
しかし俺は能力を持っていないので、ひたすら紙に印刷された記号を暗記したり、
変な音源を聞いたりパズルをしたりと発現プログラムをこなしていく。
こんなことをしても無駄だと自分に言い聞かせてもどこかまだ期待している自分がいる。
こんな小さい気持ちでも俺にとってはかなりでかいコンプレックスだった。
「なにをそんな暗い顔してんだ?」
「しょうがないだろ。どんなに割り切っても憂鬱なのは憂鬱なんだよ」
「それを割りきれてないって言うんだよ」
「……そうかもな」
尚吾の言葉に、もっともだ、と苦笑いをこぼす。
「おっと、二分前だ。お前は発火系統の教室だろ。遅れるぞ」
時計は授業開始二分前を示していた。
「あ、やべ!じゃあな、がんばれよ!!」
「そっちこそな」
尚吾は駆け足で教室を出て行った。
「さて、俺も行くかな」
俺は少し急ぎ足で開発の教室へ向かった。