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Do I love her...?

 以前投稿した『崩れゆく世界は再び形を成す』のリメイクバージョンです。

「酷いと思わない? ケンカを止めようとしてやられたのに、誰も助けようとしないんだよ?」


 彼の隣を歩く彼女は、そう言った。


 彼女の話をまとめると、こう言う事である。

 彼女の高校で、しかも同じクラスで、下らない事から喧嘩が起きた。比較的荒れた高校なので、それを止めようとする者はあまりいない。むしろ囃し立てるという状況。彼女はどうする事も出来ず、野次馬の後ろの方でオロオロしながら傍観していた。


 その時、一人の優しい男子がそれを止めに入った。ところがその男子はあまり腕っぷしが強くなく、巻き込まれて殴られてしまった。それを誰も助けようとしない、酷いじゃないか、と言うのである。


「でも、世界なんてそんなもんだと思うぜ」


 彼は素っ気なく言う。


「お前だって、助けなかったんだろう?」


 その鋭い指摘に、彼女は押し黙った。


 彼らの帰路は小さな公園の隣に差しかかった。遊んでいる子供たちの内、一人が転んだ。まだ小さいのでそれだけで泣いてしまう。


「見ろよ。あの子を慰めに行ったのだって、親だけじゃないか。他の子供は見て見ぬふりだぜ」

「でもそれは、小さいからで」

「高校生なんて、子供と変わらないさ。特に、喧嘩っ早い奴とか、他人に興味のない奴とかは」


 彼女の反論を即座に切り伏せる。彼は、この世界が大嫌いだった。


 子供たちから視線をはずし、宙を眺めて呟く。


「俺はこの世界も、この国も、馬鹿な高校生も、大嫌いだ」


 彼の言う『馬鹿な高校生』の中には、彼自身も含まれる。つまるところ、彼は、この世の全てが嫌いなのだった。


 彼はかつて――中学生の時――いじめに遭っていた。クラスの男子から暴行を受け、上履きを隠され、女子に無視され、陰で妙な噂を立てられ、彼を庇った女子生徒すらもいじめの対象にし、やがて彼女は学校に来なくなり、彼を護ってくれる人は誰もいなくなった。


 彼はいじめてきた生徒たちを嫌った。助けてくれなかった教師を嫌った。そして、状況を打破できない自分の弱さを嫌った。

 だから、この世界が大嫌いだった。


「……あたしの事も、嫌い?」


 彼女は不安げにそう言った。彼は返す言葉を見つけられずに、視線を子供たちに戻した。

 彼女が自分の事を、とても好きでいてくれている、それは分かっていた。そして、彼とてそれは厭ではない。彼女の事も嫌いではない。しかし、どこか正直になれない、そんな自分がいるのだった。


「……嫌いじゃねぇよ」


 聞こえるか聞こえないか位の、囁くような声で答える。その声は、彼女に届いただろうか。彼女は黙ったまま、何も言わない。


 嫌いではない。そう、それがある意味問題なのだった。

 果たして自分は、彼女の事が好きなのだろうか? そんな疑問が、時として彼の胸に湧く事がある。

 彼女といる時間は楽しい。学校にいるときよりも、ずっとだ。しかし、それが即ち『好き』と言う事なのだろうか。

 普段感情を露わにしない彼だが、彼女との話で声を出して笑った事もある。彼女のする話は面白いし、物事の核心を突いているとも思う。それを聞いているのは、彼にとっても心地よい時間だった。

 しかしそれが、『好き』と言う事なのだろうか。彼は自問を繰り返す。



 告白してきたのは彼女の方だった。高校二年生の事である。何度目かの席替えで隣同士になり、少々そそっかしいところのある彼女を、彼が幾度となく助けてきたおかげで好きになったのだとか。


 彼女が最初にラブレターを渡してきたのは、確か八月だった。部活動の合間を縫って帰宅部の彼を捕まえ、校舎の裏に無理矢理引きずり込んでラブレターを渡した。

 彼はその時、即座に断った。彼女の事が嫌いだったからではない。彼女が信じられなかった訳でもない。ただ、以前彼を庇っていじめに遭い、学校に来なくなった女子生徒のように、『巻き込みたくなかった』のだ。


 だが彼女は諦めなかった。それから何度も同じことを繰り返した。

 彼がとうとう折れたのは、四回目のプロポーズのこと。今と同じ九月の終わりだった。



 いつしか人はまばらになり、空は茜色に染まっていた。彼女の家へは、少し先の裏道のようなところに入っていくのが早い。しかし今日は、そんな気分ではなかった。

 自然と足は大通りの脇を進む。


「……あたしね」


 彼女が不意に言った。


「あたし、ケンカを止めに入った彼は、すごく優しい人だと思う。それを助けなかった人達を、普通だとも思う。それに、あなたの言う事は、正しい、と思う」


 二人はお互いに目を合わせない。彼女は俯き、彼は天を仰いでいた。


「でもね、あたしは、それが正しい世界を、正しいと思いたくないの」


 彼女が視線を上げ、彼の横顔を見た。


「助けなかった人達はおかしい、助けには行ってもいいんじゃないの、って、そうやって責めてくれる誰かが、いてくれたらいいと思う。そうしたら、あなたの言う事が正しい世界は、崩れるから」


 彼も彼女と目を合わせた。

 彼女がはたと立ち止まる。気が付けば二人はもう、彼女の家の前にいた。


「だからね、あたしは、この世界を崩す人になりたいの。本当に正しい世界を、作りたいの」


 彼女はくるりと家へ向き直った。三階建てのアパートで、彼女の部屋は二階である。


「それで、あたしも、その世界の一員に、なれたらいいな」


 それだけ言って、彼女は「じゃあ」と微笑んで階段を駆け上がった。


 そうか。やっぱり俺は、彼女の事が好きだったんだ。

 彼女の、こうして、世界がどういうものかではなく、どうあるべきか、どうあってほしいか、青臭い理想を語る、そんなところが、好きなのだった。


 彼にとっての世界は、中学時代いじめに遭った事で、脆くも崩れ去った。彼は自分の殻に閉じこもり、人に優しく接する事を諦めた。その結果、回復しつつある彼の世界は歪んでいる。


 そんな彼の世界を安定させてくれるのは、護ってくれるのは、やはり、彼女なのだろう。強い正義感を持ち、世界への理想を持つ彼女。彼女なら、その理想を実現させるかもしれない、と思うのは希望的観測だろうか。

 それでも、彼は彼女が好きだった。この世の中で、唯一、一つだけ、好きなもの。全てを嫌った彼が、唯一、好きになれたもの。


 彼の世界は、歪んでしまっている。


 しかし、彼女がもう一度、世界を壊してくれるなら、彼の世界はもしかしたら、再び美しい形を成すかもしれなかった。

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