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代行者

聖アルフ歴1858年


 中央大陸西部で最大規模を誇る宗教の総本山であるシルファ教国に存在する一つの街が存在した。


「神父様。また明日」


夕暮れの中で黒い神父服と帽子という分かりやすい姿をした青年は、教会から家へと帰って行く子供たちを見守るように柔和な笑みを浮かべる。


 彼は普段は子供たちに学校の教育とは別に清く正しい聖アルフ教の教徒としての在り方を教える立場にあった。


「今日も子供たちは平和な時間を過ごせたようですね」


 神父服姿の青年は満足げにそうつぶやく。青年が子供たちの姿を見送っていると、神父服の上に濃紺のコートを纏った壮年の男が青年に話しかけてきた。


「ジョージ。仕事だ」


 壮年の男がそう言うと、青年は先ほどまでの柔和な笑みとは異なる冷徹な表情で振り向くと、帽子を自ら脱ぎながら口を開く。その表情は、先ほどまでとは異なる、彼の裏の顔であった。


「了解しました。内容は教会の中でお願いします先生」


 ジョージと呼ばれた若い神父が恩師にあたる人物に対して口調こそ丁寧ながらも冷徹な表情で答えると、そのまま教会の中へと戻って行く。



 教会の中でジョージが説明された仕事の内容は、シルファ教国内部に侵入した小規模のエソロマ教原理主義者の抹殺だった。


「俺の戦術と術式を教え込んだお前ならば単独でもこなせる任務だ。やれるな?」


 青年神父の恩師にあたる男の言葉にジョージは答える。


「問題ありません。5人程度なら俺一人で十分です」


 神父服を纏った青年は子供たちと接していた時には閉じていた目とは対照的な怜悧な眼差しで仕事の内容を眺めながらそう言った。


「銀剣の貯蓄も問題なし。明日には汚らしい異教徒どものアジトに向かうことが出来そうだ」


 口元を吊り上げながらジョージがそうつぶやいたことを確認した壮年の男は満足げに立ち上がりながら口を開く。


「任務を受けるなら俺は帰るぞ。教皇の捺印が押された指令書に書いてある通り明日の夜に奴らを殺せ。一人残らずな」


 壮年の男の苛烈な発言に対してジョージは当たり前のことの様に返答した。


「了解しました。先生」


 青年神父の言葉を受けた壮年の神父は獰猛な肉食獣のように口元を吊り上げながら教会から立ち去る。



 翌日の夜更け。ジョージは子供達と接する時とは異なり、帽子を被る代わりにロングコートのような濃紺の上着を羽織った姿で指令書に書かれていた場所を眺める。


「教皇陛下の指令書通りだな」


 指令書に提示されていた町はずれの廃屋の入り口には色黒の槍を持った見張りが立っていた。


 ジョージは冷静にコートの裾から小型の投擲に適した細長い銀剣を一本取出し、見張りの脳天にめがけて投擲する。


「グゲッ!?」


 投擲された銀剣が見張りの脳天に直撃したことを確認した青年神父は肉食獣の如き身のこなしで廃屋へと接近する。


(あの男が断末魔を上げた時点で気づかれただろう。だが皆殺しにする前提ならば関係あるまい)


 廃屋の入り口に接近したジョージはコートの裾から接近戦に適した片刃の大型の銀剣を二本取出し両手に一本づつ構えた。


「おいどうした? 急に悲鳴を上げてよ?」


 状況を理解出来ていない様子のジョージにとっては人間ですらない異教徒の一人が入り口から出てくるのを確認した青年神父は、冷徹に敵の首を銀剣で刎ねる。


「まずは二匹目か」


 そう呟いたジョージは素早く廃屋の中へ飛び込んだ。


 廃屋の中には三人の男が異常を察知して臨戦態勢で武器を構えている。


(全員軽装だな。おそらくは奥の大柄な男が頭目か)


 ジョージが敵を分析していると、最も前に立っていた敵の一人が口を開いた。その表情は仲間を殺された義憤にでも打ち震えているようにも見える。


「おのれ。アルフ教の異端審問者か」


 部下の一人が怒りに震えるように口を開くと、リーダー格と推察できる頭を丸めている籠手を装備した大柄な男が部下を諌めるように口を開いた。


「慌てずに隙を見せるな。この男、ただの異端審問者ではない」


 リーダー格の男の言葉を受けた部下と思われる比較的若い二人の男は、それぞれの持っている異なる形の刀剣を構えたまま青年神父を睨みつける。


 敵意を一身に受けているジョージは意にも解さない様子で、左手の銀剣を温存するかのようにコートの裾にしまいながら口を開いた。


「然り。この身は我らが神、聖アルフ神に仇なす畜生をいぶり殺す刃なり」


 青年神父の言葉を受けた若い二人の男は、怒りに顔を歪ませながら剣を振り上げる。


「無策で斬りかかるな! 挑発だ!」


 咄嗟にリーダー格の男が二人を制止した。しかし、ジョージの間合いに入り込んでいた一人は、そのまま銀剣で腹を深く切られた。


「貴様!」


 もう一人の若い男がすかさず、腰に差していた短剣を投げつける。


 しかし、それを意にも解さないように回避したジョージはそのまま短剣を投げつけた敵へと距離を詰めた。


「クソ!」


 振りかざされた銀剣を、咄嗟に手に持っていたサーベルに近い形をした剣で受け止めた。


リーダー格の男は、すかさず術式を構築しようとする。


「遅い」


 しかし、リーダー格の男が術式を組み立てるよりも早く、ジョージはサーベルを弾き返してそのまま若い男を左手で掴んで、大柄な男に向かって投げつけた。


「もらった」


 投げつけた若い男が大男に激突したことを確認したジョージはそのまま左腕の裾から投擲用の銀剣を三本取出し、ぶつかって一時的に動けなくなっている二人にめがけて投げつける。


「危ない!」


 咄嗟に立ち上がった若い男はリーダー格の男を庇うように前へ出た。そして、三本の投擲された銀剣は若い男の心臓と右肩と腹を貫く。


「あとは一人だな。あまりにも弱すぎる」


 青年神父は冷徹に口を開く。残されたリーダー格の男は怒りを奮い立たせるように口を開いた。


「貴様……神の名を代行すれば何をしても許されると思っているのか?」


 リーダー格の男の言葉を受けたジョージは今までの冷徹の表情とは異なる、嘲笑うような笑みを浮かべた。


「今更何を言っているんだ貴様は。今まで我ら聖アルフ教とお前達エソロマ教が何年殺し合いを続けてきていて、お互いに何人殺し合ってきたことも、俺たちもお前達も魔界との大戦期を除けば互いに殺し合ってきた関係だということも忘れたのか」


「欺瞞を言うな。古代に契約を結んだことによって作られたまがい物の髪を信じる貴様らに仲間を嬲り殺されてきた私の気持ちが分かるわけがない!」


 大柄な男の言葉を受けたジョージは一瞬顔をひきつらせながらも、冷淡なまま口を開く。


「よく我らの特秘情報を知っているな。てっきり情に訴えることしか出来ない三流とばかり思っていたぞ」


「確かにお前の言う通り、本来は我らの信じる聖アルフ神は最高位の精霊の一柱に過ぎない。だが、それは貴様の信じるエソロマの神とやらも同じだろう」


 返り血すら浴びていない濃紺のコートの裾から二本目の銀剣を取り出した青年神父は淡々と続けた。


「だが、どこで知ったかは知らないが、我らの最高機密を知っている以上はここで死んでもらうぞ。」


 それだけ言うと、ジョージは大柄な男に這うような体制で肉薄する。


「私を舐めるな!」


 ジョージが首元を狙って振りかざした銀剣をエソロマ教の教義に準じた硬化術式を施した籠手で防ぐ。


「異教の呪術ごときで防ぎきれると思うな!」


 ジョージはそのまま、もう一方の腕に持っていた銀剣の切っ先を敵の顔面に向けて振り下ろした。


 しかし、それを見切っていた大柄な男は銀剣が振り下されるよりも早く硬化術式を施した拳で青年神父の顔面を殴る。


 顔面を殴り飛ばされた青年神父は、そのまま建物の奥の壁まで吹き飛ばされた。


「ふむ。仲間を犠牲にしてしまったが敵はとれたな」


 リーダー格の男は顔に安堵を浮かべまだ息のある仲間の元へと駆け寄ろうとする。次の瞬間、先ほどの青年神父を殴り飛ばした方向から投擲用の銀剣が、大柄な男に向かって複数飛来した。


「何!?」


 突然の攻撃に反応が出来なった男の左手に深々と投擲された銀剣が突き刺さる。驚きを隠せない様子で銀剣が飛んできた方向を見ると、そこには顔が徐々に再生している青年神父の姿があった。


「貴様。今の一撃で顔面の骨を砕いたはずだぞ」


 驚愕を隠せない様子で大柄な男は口を開く。それを聞いた青年神父は口元を吊り上げながら答えた。その姿はまさに狂信者という言葉がふさわしい斧であった。


「我らの教義に裏付けされた自己回復術式だ。貴様らの邪法の拳では俺は死なん」


 顔面の傷がほとんど治ったジョージは、殴り飛ばされた時に落とした近接戦闘用の銀剣を広いながら答える。


「このままでは済まさん。胴体に投擲用の銀剣を刺し尽した上で縊り殺してくれる」


 ジョージは怒りがわずかに込められた口調でそう言った。大柄な男が戦闘態勢に再度入ろうとした次の瞬間、最初に腹部を切り裂かれた若い男がリーダー格の男を庇うように前に出る。


「俺がここは引き受けます。スハイブ様は一度本国に撤退してください!」


 いつの間にか腹部に回復の術式を施していた男は、スハイブと呼ばれたリーダー格の男庇うように中央大陸中央部で見られる古い型の直剣を構えた。


「邪魔だ」


 ジョージは庇うように前に踏み込んでいた男にめがけて銀剣を振り下ろす。


「早く行ってください! 俺の腕じゃあまり長く持ちません!」


 時間稼ぎをしている男の言葉を受けたスハイブは羞恥で体を震わせながらもそのまま出口へと走った。


「逃がさん」


 ジョージがスハイブを追うために敵の合間をすり抜けようとすると、時間稼ぎをしていた男は咄嗟に青年神父にのしかかる。


「行かせないぞ!」


「邪魔をするな!」


 ジョージは素早く若い男を振りほどくと、業を煮やしたように濃紺のコートから十本近い投擲用の銀剣を取り出し敵の全身を貫く。


「ゴフッ……」


 前肢から血を流しながら若い男はその場に倒れた。青年神父は敵が少なくとも戦闘不能になったことを確信して外へとスハイブを追う。


「逃げられたか」


 ジョージが出口から外を眺めても、目視できる範囲には大柄な男の姿は無かった。青年神父はコートのポケットに仕舞われていた連絡用の小型水晶を取り出して仲間に連絡を取る。


「一人取り逃がした。名前はスハイブという大柄な男だ。手傷を負っている今ならすぐに見つけられるはずだ。応援を頼む」


 ジョージは町に常駐している同業者たちに応援要請を送った。


「了解した。こちらでも近隣の町で操作指令を発行する。ジョージ異端審問官はそのまま本部に帰還するように」


 連絡相手の返答を受けた青年神父はそのまま連絡を切ると


(まさか、取り逃がすとはな……やはり冷静さを欠いていたな)


 帰還命令を受けたジョージはそのまま、元来た道を辿る形で町へと帰還した。



 任務から数日経過したある日の夕方、子供たちを見送り終わったジョージが、ここ数日に及ぶ調査資料を読んでいると、先日の任務の指令書を持ってきた彼の恩師にあたる人物が教会を訪ねた。


「一人取り逃がしたらしいな。お前にしては珍しい」


 教会の奥の部屋で椅子に座った壮年の神父は重々しく口を開く。青年神父は、ここ数日行われたであろう調査活動を想像し、立ち上がって恩師に対して頭を下げた。


「言い訳のしようがありません」


 ジョージは心から申し訳なさそうに頭を下げる。その様子を見ていた壮年の神父は口を開いた。


「頭を下げる必要はない。それよりも創作結果の報告に来た」


「破壊工作を計画していたエソロマ教の連中の生き残りの男は国外に逃亡したらしいのだが、どうも国境を越えた直後に消息を絶ったらしい」


 壮年の男の言葉に驚いたジョージは慌てた様子で口を開く。


「先生、消息を絶ったというのはどういうことですか!?」


 青年の問いかけに壮年の男は少し答えにくい様子で口を開いた。


「詳細までは分からないが、とにかく消えたのだ。エソロマ教を国教にしているサウザー連邦に滞在している諜報担当の異端審問者も消息を掴めないらしい」


「元々、リーダー格のスハイブはサウザー連邦の中でも各国の裏事情を知っているほどの男だ。帰国していれば分からない筈はないのだがな……」


 恩師の言葉を受けたジョージは困惑を隠せない様子で口を開く。


「つまり勝手に行方をくらませたということですか?」


「そうだ。現状はそう言いざるを得ない状況だ」


 壮年の神父はジョージに対して笑みを浮かべながら続けた。


「まあ。お前が大きなヘマをやったわけじゃない。あまり気にするな」


 それだけ言うと、壮年の神父は椅子から立ち上がり教会を立ち去った。


 その後ろ姿を眺めた青年神父は心のどこかで違和感を感じながらも、そのまま通常の職務へと戻った。



                          終わり


 こんばんわドルジです。

 今回は宗教に焦点を置いて執筆しました。私は信仰には土地ごとに様々な形があると同時に、人が作ったものであるがゆえに、人と人との思想の相違とそれに伴う争いは避けられないものであると考えます。

 この小説は私が執筆しているファンタジー小説の世界での信仰の相違による争いの一面を描いたものです。

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