規律と本能
聖アルフ歴1880年
中東大陸の北の帝国ロマシア帝国とドベルド国の国境で一人の眼帯をつけた男を見据えた一人の騎士鎧を纏った青年は、手配書を持った手を震わせながら、口を開いた。
「やっと見つけたぞ」
青年騎士にとっての全ての始まりは約一年前に遡る。
聖アルフ歴1879年
ロマシア帝国の騎士団に所属している青年は、国境付近への遠征することとなった。
遠征先で防衛任務を行っている青年に、故郷の村が賞金首ギルドによって襲われた事が知らされた。
青年騎士は、直ぐに故郷に戻ろうとしたものの、結局彼が故郷の村に戻ることが出来たのは、それから2週間後であった。
「何で……」
故郷に戻って来た青年が見たものは、朽ち果てたかつての故郷だった。
建物は火が放たれたのかほとんどが焦げ跡のような建物の痕跡のみが残っているだけだった。生存者も少なく、青年の家族は全員の死亡が確認された。
それから青年は、自らの故郷を襲撃した犯罪者ギルドについて調べた。
すると、青年の故郷を襲撃した犯罪者ギルドの構成員は、襲撃の直後に大半が頭領の男によって何故か殺されており、頭領の男は依然として逃走したままであることが分かった。青年は、個人として賞金首となり身元公開された頭領の男を殺すために、騎士としての職務を行いながらも、対人戦術を鍛え続け、そして男の行方を探し続けた。
青年騎士は、対人戦術を鍛えるために、まず騎士本来の形式に則った剣術をより極めた上で、冒険者等が好む型にはまらない剣術や戦術を独学で学び続けた。
そして実戦において、特に剣を渾身の力で投擲することに関しては、騎士団の中でも右に出る者はいないと言われる程になったと同時に、同僚の騎士達と徐々に距離を置いていく事へとなっていった。
国が新しい皇帝に変わっていこう軍縮の傾向が著しく、青年騎士のような実戦を想定した剣術や魔術、そしてそれらを学ぼうとする騎士は、国内では周りから煙たがられる傾向にあった。
それに加え、青年が習得した両手剣の投擲は、強力な破壊力を持ち合わせているのと同時に、一度剣を投げてしまえば無防備になってしまうという致命的な欠点が存在した。
聖アルフ歴1880年
そして青年騎士の村が襲撃され、全てを失ってから約一年後、彼は雪の降る人通りのない街道で、遂に見つけだした宿敵と対峙する事となった。
「国の飼い犬が俺に何の用だ?」
殺気に気づいた片目に眼帯を付けた隻眼の男は、青白い騎士鎧を纏った青年を挑発するように問いかける。
「ああ。だが此処で死ぬのはお前だ……!」
騎士の姿をした青年は怒りを込めた口調でそう言うと、背中に背負っていた両手剣を鞘から抜き取り構えた。
「面白れぇ。お役所仕事だけしか出来ねえ、騎士の剣でどこまで俺と殺りあえるか見せてみろよ!」
眼帯の男は獰猛な笑みを浮かべ、腰に指していた湾曲した刀身を持つサーベルを抜く。
「望むところだ」
青年騎士は剣を肩に担ぐように構え直し、隻眼の男に斬りかかった。
青年が振り下ろした剣を横に躱した眼帯の男は、冷徹にサーベルを青年の首に振りかざす。
「まだだ」
青年はすかさず刃を返して刀身の側面で敵のサーベルを受け止めた。
「ほぉ。いい反応だ。少しは出来るか?」
自らの一撃を受け止めた青年騎士に、眼帯の男は愉快げに口を歪ませると、後ろに跳躍し距離を取る。
「逃がさないぞ」
青年騎士は、剣を構えなおすと、相手の胴体に向けて剣を振りかぶった。
「踏み込みが甘いんだよ!」
眼帯の男は、半歩ほど下がり剣を避けると、青年騎士に素早く足払いをかける。
しかし、それを読んでいたかのように青年騎士は飛び上がり、鎧の重量を利用して眼帯の男を踏みつぶそうとした。
(この重装備で飛び上がるとは思うまい)
「ちっ、小癪な野郎だ」
眼帯の男は地面を強く蹴ることによって、体制を大きく崩しながらも側面に回避する。
「重い鎧を着てる割には早いな」
眼帯の男はサーベルを手に持ち直しながらそう言った。
踏みつけを回避された青年騎士は、相手の体制が崩れている間に自らの体制を整える。
そのまま青年騎士は両手剣を再度構え斬りかかった。
眼帯の男は、破壊力と耐久では青年騎士の両手剣に劣るサーベルで斬撃を他の方向へと逸らす様に捌く。
そして数合青年騎士の斬撃を捌いた眼帯の男は、彼の懐に低い体勢で潜り込むと、獰猛な猛獣のような笑みを浮かべながら彼の左肩を切り上げた。
「っく!」
しかし、眼帯の男のサーベルによる斬撃は、騎士鎧の左肩の関節の隙間をわずかに切り裂くだけに留まる。
青年騎士は、咄嗟に後方へ跳躍すると、切られた左肩に基礎的な治癒魔術を付与し、一年間疑問に思っていた事を眼前の仇に尋ねた。
「……お前は何故俺の村を襲った!?」
青年は耐え切れなくなったように一言だけそう言うと、再度地面を蹴り眼帯の男に斬りかかる。既に得物を構え直している相手もまた青年騎士に剣を振りかざした。
二つの得物は再度激突し、雪が降りしきる人通りのない街頭に響き渡る。
「いい音だな。やっぱりよぉ」
(!? 何を言っているんだコイツは?)
眼帯の男は突然口元を吊り上げヘラヘラ笑いながらそう呟いた。自らの問いを無視するように放たれた言葉に苛立ちながらも青年騎士は口を開く。
「どういう意味だ?」
鍔迫り合いを続けている青年騎士は、このままでは再度すり抜けられ切り込まれると判断し、再度後ろに下がり間合いを取った。
「どういう意味かだって? 簡単なことだ。剣を振るえば、その度に違う音色が鳴る。剣が空を斬る音。敵の剣と切り結ぶ時の音、敵を切り裂いた時の音。俺はその全部が大好きなんだよ!特に人間をぶった斬る時なんざ最高に良い音がするぜ」
眼帯の男は、青年騎士に切りかかることなく、目を見開きおぞましい笑みを浮かべながら続ける。
「お前の村とやらも適当にちょうどいい狩場を見つけたから狩っただけに過ぎねぇってことだよ。お堅い騎士様には分からねえかやっぱりよぉ!? それとも、やっぱり俺に村の仲間とやらを斬られて頭にきてるってか!? いいぜ、その方が人間らしい!!」
煽るように眼帯の男はしゃべり続けた。男の言葉受ける青年騎士は、怒りを剥き出しにするように一言呟く。
「お前は、自分が楽むためだけに仲間を殺したのか!」
青年騎士の言葉に眼帯の男はサーベルを天に掲げながら答えた。
「だったら何だってんだ!? 俺は剣で人を斬る時の音や、殺し合う時の音が大好きなんだよ。だから、少しは使える奴は利用するだけして後は斬り殺しているってわけだよ」
「大体、動物を狩ったり家畜にしたりするのは良くて、人間はダメっていうのが意味が分からねえんだよ」
天に掲げていた得物を少し落ち着いた様子で構え直した眼帯の男は、先程までの生き生きとした様子とは対照的に淡々と話し始める。
「人間は国同士の戦争や、犯罪者を殺すのなら良くて、本能のままに俺みたいなのが人を殺すのはダメっていうのが矛盾しているんだろう?」
眼帯の男の口調こそ冷めているが、青年騎士に向けられる言葉は恐ろしいまでの逆恨み同然の憎悪が含まれていた。
そして眼帯の男は忌々しそうに眉間を歪ませると、おぞましい表情を浮かべながら口を開く。
「お前だってそうだろうが! 俺への復讐のためにお前は俺に剣を向けているんじゃねえのか!? お前も俺も所詮は立場が違うだけで同類の獣だって事なんだよ!」
青年騎士を自らの同類だと言い切った眼帯の男は、今度は自らの手に持っている得物を青年騎士に向けて口を開いた。
「だからよぉ。もっと楽しもうぜ。お前も俺を斬りたくてウズウズしているんだろう!?」
青年騎士は、眼帯の男の言葉によって、自らの中に残っていた暗い炎が逆に冷めていくのを感じる。
(いいや違う。私はこいつの言っているように私怨で剣を振るうために剣を取った訳じゃない。村を出る時に誓った、民を守るために剣を振るうと言う思いをここで完全に捨てるわけにはいかない……!)
そして自らの取るべき行動を見据えた青年騎士は、剣を構えたまま淡々と口を開いた。
「いいや違う。人間には己を律し、よりよく有り続けようとする知性と意思が有る。それから目を背けて本能に酔っているお前は私とは違う。私は私怨のためではなく民を守るため騎士として剣を振るう」
青年騎士の言葉に、眼帯の男は忌々し気に口を開く。
「綺麗事ばっかりほざいてんじゃねえぞ。所詮この世は弱肉強食こそが全てなんだよ! 大体、てめえこそ俺への復讐心で真っ向勝負を仕掛けてきたんじゃねえのか!?」
眼帯の男の憎悪の混じった言葉に、青年騎士は自らの心の内によぎった思いを言葉として響かせる。
「確かに私も最初は復讐を考えていた。だがお前の言葉ではっきりと分かった。人間は例え矛盾孕みながらでも己の理性と本能を釣り合わせていくんだと……」
騎士の言葉に遂に苛立ちが限界に達した眼帯の男は、遂に青年騎士に斬りかかった。
「ざけんじゃねえぞ! 俺が剣で人を斬るのが悪いって勝手に決めてんじゃねえ!」
苛立ちが混じった眼帯の男の太刀筋は、一撃は重く、そして凄まじいまでの攻撃速度を併せ持ったまさに猛攻そのものだった。
「っく」
青年騎士は、急所を切り裂かれることだけは避けるために得物を盾に代わりにしながら下がろうとする。しかし、青年は、あることに気づいた。
(剣筋が荒くなっている?)
眼帯の男が放つ凄まじい猛攻は狙いが粗く、さらに連続で切りかかるほどに徐々に最初の数合ほどの一撃の重みを失っていく。
青年騎士は最初こそその猛攻にやや圧倒されかけながらも、冷静に相手の太刀筋を捌いた。
十数合打ち合う内に冷静さを欠いている事を気づいた眼帯の男は、咄嗟に後ろに跳躍する。
(このタイミングで下がるか。このまま冷静さを取り戻されたま切り結べばやられるな)
そして、己の重装備では距離を詰められないと判断した青年騎士は、距離を取ろうとする眼帯の男に目掛けて自らの手に持っていた両手剣を投擲した。
「ッ!?」
投擲された両手剣は、後退しようとしていた眼帯の男の胴体を革の軽鎧ごと貫き、そのまま勢いを失うことなく、敵を木に磔にした。
貼り付けにされた木には眼帯の男の血が飛び散り、その光景は雪原に赤い花が咲いたかのようであった。
「ゴフッ!!」
眼帯の男は口から血を吐き自らを磔にしている剣を見つめて口を開く。
「これが、自分が剣で貫かれる音と感触か……良いな。最高だぜ……」
眼帯の男はそう呟くと、そのまま崩れ落ちる。誰から見ても死んだことは明白であった。
「死んだのか……」
青年騎士は自らの仇でもある男の死を確認すると、そのまま死体まで歩みより、死体を磔にしている自らの剣を抜き取る。
「剣で人を殺す感触の何が良いのか理解できないな。最も、コイツの言葉がなければ逆に私が私怨に囚われたまま、死んでいたかもしれないな。そこは、理性や規律だけが全てではないと言うことなのかもしれないな」
「最も、本能のまま剣で人を殺め続けるのは論外だが」
剣の血を拭った青年騎士は、自らの両手剣を肩に担ぎ、雪が弱くなり始めた空を見上げた。
「そう、例え矛盾を孕むことになろうとも、私は民を守るために剣を振るだけだ。より多くの命と、そして国を守るために」
青年騎士は、後処理専門の冒険者と兵士の混成部隊が自らに近づいているのを確認すると、そのまま、部隊の方へと歩み寄る。
終わり
こんばんわドルジです。
今回の小説は、ざっくり言えば、「親戚や隣人を基地外に皆殺しにされた騎士が、最初は復讐だけを考えていたけれど、相手のキチガイ発言から本能だけで生きるのではなく理性と規律も重要であると悟り、相手を倒す」というお話です。
今回の本質的なテーマは、欲望のまま生きるのもダメですが、かと言って規律だけに縛られ、何もできないのもダメで、バランスを取ることが大事であるということです。
かなりの駄文ですが、手にとって読んでくださると幸いであると私は思います。