剣闘士の試合
魔法や、魔物が存在する世界。世界最大の宗教国家【シルファ教国】では、国民を楽しませるための闘技場が存在した。かつては奴隷が見世物として殺し合いを行っていた闘技場では、賞金と名誉を求める戦士たちが、【剣闘士】として、日々、それぞれが賭ける物のために剣を斬り結んでいる。
聖アルフ歴 1880年
闘技場では二人の剣闘士が対面していた。
一方は2メートル近い巨体の大男であった。防具は、腰当てと左手の篭手以外はほとんど装備せず、手には片刃の巨剣のみを構えている。
もう一方は、鉄製の動きやすい構造の鎧を纏い、剣と小型の盾を持ってこそいるが、その場にはあまりにも不釣合いな少女だった。
お互いに名前も知らない二人は、ダメージを肩代わりする障壁を体に纏う指輪を付けたまま、戦闘開始の合図の鐘を待ち続ける。
「少女よ。何故このような場所にいる? そなたのような娘では怪我だけでは済まないぞ」
大男は巨剣を構えたまま口を開く。【現在】の闘技場における戦闘には、不殺の大前提が存在する。大男の忠告まがいの言葉を受けた少女剣士は、武器を構えたまま静かに答える。
「女相手では殺しかねないから剣を振るえないとでも言うつもりですか? 我が身は既に神の元に捧げられています。恐れるものなど何もありません。そして、私は母国の家族のために、あなたを倒します」
少女剣士は、凛とした態度で答える。大男は、一瞬虚を突かれたような顔をしながらも、すぐに表情を戦士の物に戻した。そして、どこまでも清廉な少女剣士に対して、巨剣を地面に突き刺した後、まるで主に仕える執事の如く答える。
「然り。この闘技場において性別など関係ない。要らぬ気遣いであったか。聴衆よ。此度の無礼、我が剣戟において贖わせてもらいたい」
大男の言葉は、少女剣士だけではなく、この戦いを観覧にきた聴衆全てに向けられた。聴衆達は、「俺たちは気にしてないぜ!」「おっさんもお嬢ちゃんも頑張れよ!」などの声援を掛ける。少女剣士は凛とした佇まいを崩すことなく口を開く。
「そうですね。私もあなたとは全力で勝負させてもらいたい」
少女剣士はただ一言そう呟いた。その時、戦闘開始を告げる鐘の音が闘技場に響き渡った。
鐘が鳴り響いた次の瞬間、双方は跳躍し、渾身の一撃を叩き込む。
「ハァッ!!」
力で優っているのは、大男の方であった。大男は、自らの身の丈と同じぐらいの巨剣による一撃で少女剣士を弾き飛ばし、今度は得物を片手持ちに変えて素早く斬りかかる。しかし、体勢を大きく崩した筈の少女剣士は素早く立て直し、大男の追撃の刃を弾き返す。
「ヌッ!?」
そしてそのまま一息に三連続で斬り込む。大男も片手持ちの巨剣でそのまま素早く斬り返す。少女剣士はカウンターの連続攻撃を防がれながらも、なお斬りかかる。大男も決して引くことなく、そのまま剣を振りかざす。二人の剣の打ち合いは凄まじいまでの斬撃の嵐を起こす。力では劣る少女剣士は、巨大な得物を持つ大男に対して手数と攻撃速度を武器に剣を振るう。
二人の切り結ぶ姿に聴衆達も興奮し、凄まじい声援を送る。
「すげえ! 早すぎて全く見えねえぞ!」「こんな試合は今までに見たことがない」
聴衆の声援に驕る様子もない二人の剣闘士は、二十数合打ち合うと、今度はそれぞれが仕切り直すかのように一度距離を取った。
「少女よ。よもやここまでの使い手であったとは思いもしなかったぞ」
大男はそう言うと、巨剣を両手で構える。
「だが、それもこれまでだ。覚悟しろ」
大男は少女剣士に向かって跳躍し、両手持ちの巨剣を振り下ろす。少女剣士は渾身の一撃を回避し、隙だらけの脇腹にめがけて剣を振りかざす。しかし、少女剣士の剣を、大男はとてつもない方法で止める。
「何!? 拳で……!?」
大男は、咄嗟に篭手を装備した左手で剣を止めたのである。少女剣士の動きが一瞬止まったことを確認した大男は、すかさず得物を投げ捨て、渾身の拳を少女に叩き込む。少女剣士はすかさず左手の盾で防いだが、勢いを殺しきることは出来ず、後ろに吹き飛ばされた。ダメージを受けたことにより、少女剣士の指輪に付けられている宝石の色が青から青紫に変わる。
「まだだ!」
しかし、少女剣士は受身を取り、素早く体勢を立て直す。少女剣士に対して、大男は、再度握り直した巨剣を振りかざす。少女剣士もそれに対応するために剣を渾身の力で斬り上げる。
このままでは少女剣士の敗北は決定的である。二人には歴然とした体格差が存在し、さらに、上から剣を振り下ろそうとしている大男の方が、より力を込めやすい。
つまり、この一撃ならば少女剣士の指輪のダメージ蓄積限界までダメージを与えることが出来る。
「もらった!!」
しかし、少女剣士はただ斬り上げたわけではなかった。少女剣士は、大男の巨剣に剣を渾身の力で振り上げたフリをして、そのまま相手の剣を受け流し、地面を蹴り跳躍する。
「何!?」
ただ空中に飛び上がっただけでは終わらない。飛び上がった少女剣士は残っている力を利用し、体を捻って遠心力を生み出す。繰り出すのは、重力により勢いが増した空中からの回転斬り。
「叩き切る!!」
少女剣士の奇襲に気づいた大男は、すかさず巨剣の向きを変え、返す刃で斬り上げる。しかし、重力と遠心力によって底上げされた少女剣士の一撃を、大男は完全に捌き切ることが出来ず、大男の剣は闘技場の端まで弾き飛ばされる。大男の勝利を確信していた聴衆達も、少女の妙手に度肝を抜かれたように歓声を上げる。「すげえ! 大男の巨大な剣を弾き飛ばしやがった!」「体格差があれだけ有るのに、大したもんだぜ!」
少女剣士は、大男に追撃をするために斬りかかる。大男はもはや避けることは不可能であることを察知し、徒手空拳の状態で構える。少女剣士が放った刃を、大男は左手の篭手で防ぐ。しかし、二度の防御により限界を超えていた腕の防具はついに砕け、左手の障壁が一瞬だけ光った。障壁を制御する指輪の宝石は、左腕が斬り落とされたものだと判断したのか、青紫色だった宝石の色も、一気に赤紫まで変わる。
「そこだ!!」
少女剣士は大男の隙を見逃すことなく斬りかかる。
しかし、大男はそのまま先程ほどまで巨剣を振り回していた右手を少女に振り下ろす。少女剣士は一瞬目を見張ったものの、そのまま剣を振りかざす。一度攻撃態勢に入った今、無理矢理大男の剛腕から繰り出される拳を避けようとしたとしても、無駄だと判断したのであろう。そして、そのまま二人の剣闘士の剣と拳が同時に敵を捉えた。
会場は静まり返る。時間にすれば僅か五分程度になる試合の決着が着いたのだ。勝利したのは少女剣士だった。少女剣士は、返す刃を大男に当てた次の瞬間、咄嗟に盾を装備していた左腕を上に向けることによって、大男の渾身の拳を辛うじて防いだのである。
「見事だ。まさか私がここで負けるとは……」
大男は、少し寂し気な様子で自らを負かした少女剣士に対して、簡潔ながらも最大限の敬意が込められた祝辞を送る。それは自らに誇りを持ち、そして例え自らが敗北しようとも、決して自らを負かした者を貶めることのない、高潔な戦士の物であった。
「すげえ」
大男が祝辞を述べた後、観客席にいる誰かが言う。すると、それに便乗するかのように、観客席から一斉に声援が上がる。
「すごいぞ! こんなすごい試合を今まで見たことがない!」
声援はそれからも続き、闘技場を凄まじいまでの熱気が覆った。
闘技場での試合から数時間後の大衆食堂。ここでは、この日の闘技場の主役が食事を摂っていた。
「まさか、あなたと同じ店で食事を摂ることになるとは思いませんでした」
少女剣士は、少し照れくさそうな様子で話す。
「うむ。確かにこのような偶然もそうはないだろう」
大男は、淡々と答える。周りには、凄まじい数の野次馬で溢れている。二人はそれを気にも留めず、話を続ける。
「それにしても、まさかあそこで跳躍し、空中から攻撃するとは思わなかったぞ。どこであのような技を?」
大男は、少女剣士に対して武人として気になっていたのであろう質問を問いかける。
「いえ。あれも偶然ですよ。咄嗟にあなたの剣を受け流してそのまま隙を作ろうと思っただけであって、深い判断はありませんでした」
少女剣士は、まるで自らの未熟を恥じるかのように語る。少女の言葉に大男は、まるで子供を嗜める父親のように答える。
「否。あの状況において直感であろうとも、冷静に対処出来たことは武人としての才器がある証拠。恥じることなどでは断じてない」
大男の言葉を受けた少女剣士は、今まで見せたことのなかった年相応の表情を浮かべ答える。
「はい。そう言っていただくと私としても大変ありがたいです。これからも剣士としてさらなる修練を積んで行きたいと思います」
少女剣士の言葉を受けた大男は、まるで遠い日を思うかのような顔を浮かべた後、目の前にあった食事を平らげた。
終わり
どうもドルジです。今回は戦闘描写の練習も兼ねたファンタジー世界の作品を書きました。これからも更なる研鑽を積んでいきたいと思います。
人物紹介
名前 少女剣士
年齢 10代中頃
性別 男
身長 152cm
体重 48kg
髪の色 金
瞳の色 空色
出身 シルファ教国
服装 白い服の上に白銀の鎧
武装 白く塗られた片手剣と盾
設定
最近剣闘士として登録したばかりの少女。かつて剣闘士だった父から教わった剣術を主体にして戦う。
人との戦闘経験こそ乏しいものの、天性の直感の持ち主であり、敵の攻撃や勝負所を的確に見抜き、そこを付く才能に関して言えば既に達人級である。剣術の才能も優秀であり、大男との戦いにしたことにより、有望視されることになる。
剣闘士になった理由は、病気になった父の治療費を稼ぐためである。
余談であるが、剣闘士には珍しい、熱心な聖アルフ教の信者でもある。
名前 大男
年齢 30代前半
性別 男
身長 201cm
体重 111kg
出身 アリティス公国
髪の色 茶色
瞳の色 鉛色
服装 鉄製の腰当てと左手用の篭手以外は全裸
武装 身の丈ほどの大きさの鉄製の片刃巨剣
設定
10年近く剣闘士続けている大男。ここ3、4年は無敗を誇り、伝説を生み出していた。
身の丈ほどの巨大な剣を片手で扱えるだけの筋力を持ち、速さで勝る相手も、巨大な得物を振るう際の遠心力を利用した変則的な機動を利用することで渡り合うことができる。剣術だけではなく、徒手空拳による格闘術や剣闘士としてはあまり使う機会が少ないが、弓術にも長けている。
剣闘士になった理由は、貧困に喘ぐ妻と子供を食べさせるためであり、最近では国からも、正式な斥候として、破格の待遇を受けられるという話が耳に入っていたが、彼にとってはそれが家族を守るためのものでないのならば意味がないらしい。