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ヤンのちデレ!  作者: しりこだま
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気付いた時にはあいつばかりを、目で追うようになっていた。


僕が誰かに恋をする。考えもしなかった。

昔の僕じゃ考えられないようなこの感情。


あいつに出会ってから、僕の毎日は楽しいものになって。

あいつに出会ってから、僕の世界は大きく変わった。

風が吹く。

5月の気持ちのいい爽やかな風だ。


隣を一緒に歩く咲の黒くて長いポニーテールが風に揺れる。

その美しく艶のある綺麗な髪が、日の光を浴びてより一層輝きを増す。

こんなこと言うのは恥ずかしいけど、とても美しいと思った。



「いや。そんな回想で褒めちぎっても、あんたのこの状況は変わったりするわけじゃないからね?」


「やだなぁ。冗談きついっすよ先輩」


「誰がいつ、どこで、あんたの先輩になったのか聞きたいわね」



幼なじみさんの額に青筋が浮かぶ。

ぱっちりとした猫目も、今は怒りによって鋭くなっている。



「咲さん?朝からそんなに怒ってばっかりじゃ、コレステロール…じゃなくて、血圧が上がりますでしてよ?それでもよろしいのですかしら?」


「そんな気持ち悪い訳のわからないお嬢様言葉を言ってる奴に、あたしの体をいちいち心配されたくないわ。っていうか…あたしの体より、あんたの頭を先に心配するべきなんじゃない?」


「咲だけに先…ぷぷっ」


「早死にしたいわけ?」


「あ…ちょっ、ストップ。たんまたんま!

痛っ、あれ?咲さん!?なんか俺の右肩にかなりの衝撃が走ったんだけど…って、痛い!

また!?また衝撃が…って、うぼぁ!!!」



咲がバンテージの巻かれた右手(利き腕)で、俺の右肩(これまた利き腕)を殴ってくる。



「右肩に衝撃?あんた取り憑かれてるんじゃない?きゃははっ」


「そんな棒読みできゃははっとか笑うなよ!こえぇよ!いてぇええええ!?」


「うーん…この霊は、かなりの悪霊みたいね。もう手遅れよ。ご愁傷様です」


「確かにこの幼なじみは、かなりのあくりょ…って、ごめん!ごめん咲!!

とりあえず、その右手下げて!左手も下げる!両腕とか反則!そげぶっ!!!」



容赦のない幼なじみはこれだから困る。

そして、これが俺と咲のコミュニケーションの一環となっているのがまた恐ろしい。


本人曰く、暴力で俺への気持ちを表しているらしい。

正直、恨まれているとしか思えない。

まったく恐ろしいったらありゃしないよ!




「おっ…今日もまた朝から夫婦漫才か?」


ふと聞きなれた独特の大人びた声が聞こえてきた。

その声のおけげで、咲の一方的なコミュニケーションが中断される。


そこには、いつも通り何もかも見透かしているような目をした悪友がいた。

紫色の肩下まで伸ばされた髪。吸い込まれそうな深い瑠璃色の瞳。

堂々とした姿勢で、何も知らない人間が見たら、かなり大人っぽい女性に見えるんだろう。


ただ、その中身は完全な親父なわけなんだけども…。

非常に残念だと思う。

まぁ、そういう性格のせいか、見た目に判して親しみやすくはあるんだけど。



「瀬野崎。夏川と聖の漫才が始まったぞ」


そう言って、自分の宇城を振り返り後輩の名前を口にする。



「ということは、地球の寿命がまた一年縮んだということですか!?」


湊の後ろからひょっこり現れる見た目は小学生の後輩。

真っ白な大きな帽子が特徴の少女。

肩までの淡い水色髪と、まんまるの大きなレモン色の瞳。

こっちはこっちで、また普通の人より目立つ容姿をしている。


宇城と同じく、性格には難あり。



「っていうか…俺たちの毎日の一環で、いちいち地球の寿命が縮んでたら、この地球は既に滅びてるだろ!?」



「ふむ。それもそうだな。じゃあ瀬野崎。

夏川と聖の漫才が行われるたびに、夏川の脳に設置されている時限爆弾のカウントが、1進むという設定に変更しよう。地球が滅ぶのにはまだ早い」


「先輩の頭がぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんですか!?」


「なんかそれ黒髭危機一髪みたいで面白いわね!」


「聖もそう思うか?我ながら名案だと思ったんだ!」



「って、こらそこ!黙って聞いてれば、俺の命はどうでもいいのかよ!?」



「「「……………………」」」」


「そこで無言になるのやめて!!!」



「いやはや…夏川をいじるのは本当に楽しい。僕の生きがいだ」


「お前にいじられる度に、俺は生きるのが辛くなってくるんだが、どうしてくれるんだ」


「はははっ。それもまた運命…」


「そんな運命願い下げだよ!!」



…疲れる。こいつらの相手は本当に疲れる。

いや、楽しくはあるんだけど、無駄に体力を使うから困る。


今日は宇城だけじゃなくて、尋ちゃんも+されてるから疲れも倍増…。


「って、尋ちゃん?」


「はいっ瀬野崎尋はここにいます!」


ビシッと敬礼を決めてくれるちびっこ後輩。



「先輩に言われた通り早起きして頑張ってきましたよ!

桜坂の前で湊先輩とばったり会ったので、ひっつき虫がごとく、ひっついてきた所存であります!」



この娘はどこかの軍隊にでも行ってきたのか?

というツッコミは置いといて…。



「まさかこんなに早く約束を守ってくれとは思ってなかったよ」


「先輩との約束ですので、絶対に守らなきゃじゃないですか!ゆうげんじっこーです!」


「さっきから約束と言っているが、何か約束していたのか?」



話についていけてない宇城が首を軽く傾げ、質問してくる。

その隣では咲がうんうんと頷いていた。


いや…これはアレじゃないですか?

死亡フラグがびんびんじゃないですか?


このまま咲に聞かれる→昨日のことがばれて、死刑宣告。公開処刑。



「あ、はい。昨日の…むぐぅっ!?」


「ちぇ、ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」


尋ちゃんが言い終わらないうちに、彼女の口を片手で押さえる。

そして、もう片方の手で暴れている手を抑えつける。


ごめんね尋ちゃん。

これも死亡フラグ回避のためなんだッ!

いや、でももう「昨日」っていう死亡フラグの鍵がこの娘の口から出た気がするんだけども…。


おそるおそる咲の顔を見てみる。



「ちょ、ちょっと陸っ!いきなりどうしたの!?

っていうか、尋ちゃん苦しそうじゃない!早く解放してあげなさいよ!」


何も気づいた様子はなく、普通に尋ちゃんの心配をしていた。

ついでに宇城の方を見てみる。



「ひぎぃ!?」


「?なんて声出してんのよ?そんなことより、尋ちゃんの口を…」



宇城さんの表情はアレだ。

よく俺をいじって遊んでる時に、まれに見せる楽しそうな真っ黒な笑顔だった。

ちなみに、その表情は宇城の中で、何かが閃いた時や、とても楽しい時の笑顔らしい。


それってアレじゃないですか!?

非常にまずい状況なんじゃないですか!?

宇城のことだから、どうせろくでもないことを言ったり、してきたりするに違いない…!


っていうか、間違いなくそうだ!

宇城がこの笑顔を見せた時、俺にとって良かったということは、何一つなかった!



あ…腕の中で抵抗する力がなくなった…気がした。


「ぶるぁぁぁあああああああああああぁああぁっぁぁあああぁあ!?」


その瞬間に走る衝撃。

腕の中の重みが消え去って、次に感じるのは浮遊感。



そして遅れて感じる顎の痛み。

あ、俺…咲に殴られたんだ。顎先に感じたのは、いつも通りの咲の容赦ない拳の感触。


そして、今俺は空を飛んでいる。死んだな。


最後に言うことがあるとすれば、そうだな…。



「浮遊感…素晴らしいじゃない」


これで未練はない。



「って、んなわけあるかボケェェェェェェェ!!!!!」


吹っ飛ばされた態勢のまま、体操選手のようにくるくると回転。

そしてそのまま着地!

周りからの歓声の声が聞こえてくる。ふふん。



「キマッタ…ッ!!!」


「何がキマッタ…ッよ!バカ」



そしてもう一度衝撃が走る。

今度は後頭部。


「い…っつぅ」

あまりの痛さに思わずその場に蹲る。



「まったく…もう少しで尋ちゃん死んじゃうとこだったじゃない!」


「え…?」


尋ちゃんの方を見ると、地べたに横たえられ宇城から頬をぺチぺチ叩かれている。

とりあえず咲さん。宇城に尋ちゃんの看病を任せたのは、人選ミスだと俺は思う。



「って、そんなこと考えてる場合じゃない!

だ、大丈夫尋ちゃん!?ごめんね。俺おもいっきり、息止めちゃって…!」



慌てて駆け寄る。

表情はというと、なんかめちゃくちゃヘラヘラしてるんだけど…。



「ふむ。余程嬉しかったみたいだな」


湊がぺちぺち叩きながら、半ば呆れたように呟いた。



「夏川。瀬野崎にむちゅーっと一発やってみてくれ」


いきなり話を振られる。



「む、むちゅー?それっていったい…」


「むちゅーといったら、むちゅーだろ。この童貞鈍感野郎が。

これだから、主人公補正のかかったベタな性格の男は、扱いがめんどくさいんだ…まったく」


「お前は一言どころか、言葉そのものが全てめんどくさいよ!」


「そんなこといちいちつっこんでたら、僕は一言も喋れなくなってしまうじゃないか。

そんなことより、お兄さん!この眠り姫に一発むちゅーっといっちゃいなYO」


「お前のやる気のない顔+の棒読みで、そんなこと言われてもやる気にならないよ」


「はぁ…。じゃあ、はっきり言えば納得するのか?

キスしろキス。それとも、ちゅー?接吻?夏川のお好みの言い方はどれだ?」


「キスの言い方に好みなんてねーよ!」


「じゃあ、ほれ。やれ」



宇城が尋ちゃんの顎を軽く傾ける。



「う…っ」


「あんたたち…さっきから黙って聞いてたら、何変なこと言ってんのよ。

ここおもいっきり学校の敷地内なんだけど…。しかも、ギャラリーもたくさん集まってきてるのに気づいてる?」



咲のため息混じりの呆れ声が、後ろから響く。


「…やっぱり幼なじみは手強いな」


宇城がそんなことを、呟いていたが気にしない。



「ほらっ!あんたたち、これは見せもんじゃないのよ?

早く散りなさい。こらそこ!尋ちゃんのスカートの中覗こうとしない!この変態!」



咲が野次馬たちを邪魔だ邪魔だと、おっぱらってくれている。

さて、この間に尋ちゃんが目を覚ましてくれると…。



「ほら、瀬野崎。いらん期待をしてないで、早く起きろ」


「ん…作戦失敗ですか?」


あれー?

尋ちゃんは何事もなかったように、身を起こしグッと背伸びをした。



「ちょっ…尋ちゃん大丈夫なの!?」


俺がそう言うと、ハッとしたように尋ちゃんは、胸を押さえて



「ぐ、苦しいですッ!胸が…胸が苦しいですッ!!!」


「いや。瀬野崎、もう演技をしたところで、手遅れだと思うんだが」


「えへへー。尋演技派ですから☆」



マジで何なんだこの爆弾娘と変態親父のコンビは。



「んーっ…さて、一通り夏川で遊んだし、そろそろ行くとするか」


「あ、はい。湊先輩!」


尋ちゃんの背中についた汚れを、払ってやりながら宇城はそう提案する。



「あ、じゃあ俺たちも行くか咲」


「まったく。あんたたちは朝っぱらから、人さまに迷惑かけるんだから」


そう言いながらも着いてくる咲。

うん、何だかんだで素直な幼なじみだ。





とんとん。


1時間目の授業中、隣から肩を軽く叩かれた。

隣の席は宇城だ。こんなことは日常茶飯事だから、慣れてしまっている。


そして、何故か教師からは無視されている。

それもこれも宇城が関係してるとかしてないとか。


こいつには表と裏の噂がありすぎて、何が本当なのかわからない。

しかも、その噂が信じられないようなものばかりなのだ。

本人に聞いてみても、「ミステリアスな方が僕らしいだろう?」と軽く流されてしまう。


本当にミステリアスな奴だ。



宇城を無視して、そんなことを考えていると、もう一度肩を叩かれる。


「?」


宇城の方を見ると、下を指差して「見ろ」と、小声で言われた。


そこには、机の上に一枚の紙切れが置かれていて、宇城の字でこう書かれていた。



『昨日の瀬野崎とのデートは楽しかったか?この不良(-ω-)』


慌てて宇城の顔を見る。

その表情は、あのある意味レアな笑顔。もうにんまりだ。


そして、もう一枚新しく紙が置かれる。



『どこまでいった?ちゃんと避妊具は付けたか?2828』



こいつ…絶対楽しんでるな!


だから、こっちもノートの端っこを破り、返事を書く。



『んなわけないだろ!この痴女が!』


俺の返事を見た宇城の表情が、これまた一段と楽しそうに歪む。

歪んでる!この娘の笑顔ってば歪んでる!!



『痴女ではない。淑女だ(キリッ』


それを見て、すぐに返事を書く。



『何だよその変態という名の紳士だよ的なノリはww』


『いや、夏川はこういうネタの方が、好みなんじゃないかと思ってな。違うか?』


『こんな話のネタに好みとか、そんなの気にしてないんだけど…』


『はぁ。これだから、夏川は夏川のままなんだ』


『今のままで俺は充分だよ!何一つ苦労してないよ!』


『何を言うか。この童貞がッ!♀の一人や二人いない男が、苦労してないだと!?

笑わせるなこの童貞!(大事なことだから、2回言ってみた)』


『おまっ…そんなに俺が童貞じゃ悪いのかよ!?』


『いや、別に僕はそんなの気にしない。心が広いからな。うん』


『じゃあ、何で朝からそんなに童貞童貞言ってくるんだよ!?』


『それは…夏川の反応が面白いから//』



こいつ…ッ!



『…さすがに怒ったか?』


『宇城って人間はこういう人間だって知ってるから、最初から怒る気はないよ』


『…優男が』


『そこで素直に謝ればいいだろ!?』


『やだ。夏川に謝るのは、もっと親密になってからと決めている』


『親密?例えば?』


『まず、ホテルに行ってお互いの裸体を見るんだ』


『お前が俺に謝ることは一生ないってことか』


『夏川は普段は優男のくせに、いざとなるとバッサリだよな』


『それが夏川陸っていう人間だから』


『まぁ確かにそうだな。夏川のそういうとこ』



「?」



新しく出された紙は、文が途中で途切れていた。



『宇城?』


紙を出しても、宇城は無言のまま俯いて何故かプルプル震えていた。


何かあったんだろうか?

もしかして、先生に見つかった?


でも、いつも先生に見つかっても宇城は、それを無視して話続けてるはず。

念のために前を向いて確認…。


見つかったかんじはなかった。


が、宇城は未だにプルプルしている。

もしかして腹でも痛いのか?



「宇城、大丈夫か?腹痛いのか?」


授業中のため、小声で聞く。

俺が聞いた瞬間、また新しい紙が宇城から渡される。



『いや、大丈夫だ。問題ない。ただ、ちょっと口を滑らしそうになっただけだ。

夏川は気にするな。ってか、絶対に気にするな。気にした瞬間、瀬野崎とのデートのことを、聖にちくる!ちくってやる!わかったな!?』



珍しく宇城さんが取り乱していた。


でも、咲に昨日のことを言われるのは困る。

非常に困る。


『わかったから、咲には絶対言わないでほしい』


こう書くしかなかった。

その俺の返事を見て安心したらしい。


宇城は軽く息を吐き、新しい紙を差し出してきた。



『ありがとう。素直に礼を言っておくことにするよ』


それ以降、宇城から新しい紙が来ることはなかった。





「夏川」


午前中の授業が全て終わり、昼飯の準備をしていると、名前を呼ばれた。



「宿題なら写させないけど?」


「何だと!?って、そうじゃないに決まってるだろバカ者が。

次の午後の授業での体育なんだが、ちょっと先生に頼まれて準備をしなくちゃいけないんだ」


「あぁ、うん。で?」


「手伝え」


「えー。何だその命令口調」


「夏川の分際で、何だその反応は。一夜を共にした仲じゃないか」


「そんなありもしない嘘を、教室のど真ん中で言わないでくれ」


「じゃあ手伝え」


「はいはい。まぁ、そんな言わなくても手伝うつもりだったんだけど…。

ってか、それって宇城だけじゃなくて、俺も頼まれてた気がする。隣の席だからって理由だったかな?」


「む…本当か?それならそうと、早く言ってくれればいいのに…まったく」



恥ずかしそうに視線をそらされる。

こんな表情もできるんだ。新しい発見だった。



「まぁ、その前に午後からのエネルギーを蓄えなきゃな!」


そう言って、宇城の前に弁当箱を突き出す。


「ほら、咲んとこ行くぞ」



宇城が自分の弁当箱を鞄から出すのを見て、自分の席で待ってる咲のとこへと行く。


咲の周りには、ちゃんと机が3人分くっつけられていた。


これが咲の仕事だ。場所確保。

で、俺と宇城がその確保してもらった席に座って、3人でのランチタイム。

これが毎日の日課。



「ほらっ、早く食べましょうよ!体操服にも着替えなきゃだし」


咲はもう準備満タンみたいで、弁当が机の上に広げられている。


俺と宇城もそれぞれ席について、自分の弁当箱を広げた。



「あっ!湊のお弁当今日も凝ってるわね!」


「いや、ただあり合わせで作っただけの、残り物の弁当さ。

聖の愛情たっぷりの元祖妻の弁当には、到底叶わない」


「元祖妻って…咲が元祖妻?」


「ちょっと陸!あんたはもうちょっと、幼なじみに優しくするべきなのよ!」


「それ言ったら、お前だってもうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないか!?」


「はははっ!昼食時まで夫婦漫才か?ラブラブで羨ましいかぎりだ」


「なっ…や、やめなさいよ湊!あたしとこいつがラブラブ?

そんな冗談は全然嬉しくも何ともないんだから!」


「ふむ。今日も聖は素直じゃないなぁ…そこがからかいやすくて、楽しいんだが。

夏川もそう思うだろう?」


「咲の素直じゃないっぷりは、筋金入りだと思うんだ」


「ちょっと、二人して何よ!あたしは典型的な素直でいい子の見本じゃない!」


「「え!?」」


「何でこんな時だけ綺麗にはもるのよ!?」



昼食の時は…というか、宇城がいる時は、たいていが俺か咲がいじられる。

今年に入ってから毎日の見なれた光景だ。


クラスメートたちも、俺たちの話を聞いて一緒に笑っている。

なかなかいい関係を築けていると思う。

うん、咲とも宇城ともいい友人だ。この場合は、悪友というのが正しいのか?



「さて、ごちそうさま」


宇城が手を合わせて、弁当箱を片づけ始める。


宇城の場合、普段は何をやらせてもめんどくさそうなのに、食べるのだけは早い。

咲はというと、普段は行動力に優れているくせに、食べるのだけは遅い。



「ごちそうさま」


俺も食べ終わり、手を合わせる。



「ちょ、あんたたちいっつも早すぎよ!よく噛んで食べないと、体に悪いんだからね!」


「俺は食べる速度普通くらいだと思うんだけど?」


「うむ。僕も普通だ」


「宇城はどう考えても早すぎだろ」


「でも、聖は遅すぎだ。そんなに噛んでたら食物の味がなくなって、美味しくないだろう?」


「ちゃんと味わって食べてるから…だから、ちょっと遅くなるのよ!」


「まぁどっちもどっちだろ。咲も宇城も」


「それで、この話が片付くんなら、そういうことにしてくれて構わない」


「なっ…あたしだって、別にそれで構わないわ!」



どう見ても納得いっていない顔で、咲がそう宣言する。

あまり深くつっこむと、俺の命がないのでつっこまない。


深く咲をいじるのは、宇城の担当だ。



「もう少し聖をいじっていたいが、もう時間がないな。

着替えて…早めに準備しておかないと、あの体育教師は少々五月蠅い…」


「あ、じゃあ俺も行くよ」


「いや、夏川は後から来てくれ。聖がまだ優雅なランチタイムだ。

女一人置いていくというのは、さすがに可哀想な話だろう?

僕は先に行って、やれることをやっておくよ」


「?湊どっかに行くの?」


咲がキョトンと首を傾げる。



「あぁ。ちょっと頼まれごとでな。

まぁ、そういうことだ。夏川、聖が食べ終わってからでいいから、来てくれると助かる」


「いやいや、それ俺も頼まれたんだし、宇城一人に任せるのはダメだろ?」



その前に女の子一人に押し付けるのはよくない。



「あー…よくわかんないけど、なんか急いでるみたいだし、別に行っていいわよ?」


咲が遠慮してそう言う。



「ほら、なんかあたしのせいで、その…頼まれごと?が遅れちゃったら悪いし…。

って、あ!そうだった!あたし、新聞部の仕事でちょっと駆り出されてんのよね!

だから、食べたらすぐ行かなきゃだし、一人で問題ないわよ。うん、大丈夫!」


「…聖、君は本当にお人よしで、演技が下手な可愛い奴だな」


「一言多いわよ一言!と、とにかく時間ないんでしょ?早く行っちゃいなさいよ!」



咲が箸でビシッと教室の入り口を指す。



「ん。そうさせてもらうよ。ありがとう。

ほら、夏川早く行くぞ。あの体育教師の説教は、無駄に長くて無駄にくどい。

不快度指数が高いだけの説教なぞ、聞きたくないからな」


「あ、あぁ!じゃあ咲、仕事頑張れよ!」


「はいはい。わかったから、早く行きなさいバカ陸」



咲に見送られて、宇城と共に教室を後にした。



「じゃあ、僕は着替えてくるから…いや、一緒に着替えるか?」


「お断りします」


「ふふ…流石夏川。簡単に釣れないところがそそられる」


背中に何かゾクリとした悪寒が走る。



「って、あ。時間がないな。もう体育倉庫で着替えよう」


「はぁ!?ちょ…おまっ、何言い出してんだよ!?」


「そちの方が手間も省けると思わないか?」


「そんなこと言ったってな…。さすがにダメだろ」



おもにダメなのは俺だけど。



「いや、時間を見てみろ。確かにまだ余裕はあるように思えるが、準備するのは僕と夏川の二人だぞ?

あの体育教師…絶対に何かの恨みでやったとしか思えないな」



そう言う宇城の言葉で、先週の体育の時間にあった出来事を思い出した。



…あれは、正直思い出したくもないような記憶だ。

簡潔に説明をすると、宇城が体育教師の顔面…いや、詳しくは顎か?

まぁ、とにかく頭へと一発蹴りを入れたのだ。

もちろん本人はわざとやったわけではない。


今の体育の授業は器械体操で鉄棒をやっている。

それで、普段からやる気のない宇城は、もちろん体育の授業なんてかったるいものに、やる気を出すはずもなく適当にやっていたため、その俺達に頼みごとをしてきた体育教師から目をつけられた。



この体育教師がまためんどくさい性格をしていて、一度目を付けた生徒をなかなか解放してくれない。

でも、真面目な姿勢を見せれば、すぐに解放してくれるから宇城も珍しく本気を出した。


そこで事件は起こった。


さかあがりをやった瞬間、宇城の伸ばした足が、体育教師の顔面にクリティカルヒットをきめた。

どうやら、宇城が鉄棒が苦手と思ったらしく、手を貸そうとしてたらしかった。

しかし、そんな考えに至ってしまったが故の悲劇。いや、喜劇。


周りからすれば、体育教師のただでさえしゃくれている顎が、さらにしゃくれしまったので、笑いをこらえるのに必死だったのだ。



しかも、蹴ったのは宇城。蹴られたのは短気で、めんどくさい性格の体育教師(変態)。



「あ、すまん。貴様の顎があまりにも、前へ前へと自己主張しているせいで、僕のこの美しい曲線美を描く美脚が、クリティカルヒットしてしまったようだ。でもまぁ、これもまた運命。

貴様のチャームポイントである顎に、さらに磨きがかかったようで良かったじゃないか。

それに、この予期せぬイベントのおかげで、何か新しい道が開けたんじゃないか?」



体育教師の手助けという名のセクハラ(足を触られそうになった)が、余程気に入らなかったのか、いつにもまして饒舌だったのを覚えている。



その後も宇城VS体育教師の言い合いは続き、結局宇城は雑用係を任されてしまった。

そして、何故かついでに俺も巻き込まれたというわけだ。


別に嫌じゃないからいいんだけどね。



「で、宇城さん?貴女は本当に更衣室で着替えないおつもりですか?」


「そんな確認するにしてももう遅い。ほら、さっさと行くぞ。

これ以上あんな体育教師…別名、セクハラしゃくれむさくる三十路に目をつけられたくないからな」


ずいぶんと大層で嫌なあだ名をつけていた。



「だいたいなんだあの産毛は…成長期か!?三十路後半のおっさんが成長期か!?」


宇城のスイッチが入ったらしい。

しかも、決していい意味でのスイッチではない。



先生への悪態をつきながら、宇城は体育館専用の靴に履き替えていた。

その腕にはしっかりと二人分の体操服が抱えられている。


もちろんその体操服は、自分と俺の物だ。

本気で体育倉庫で着替えるらしい。



いや、でも考えてみろ自分。

確かに宇城は体育倉庫で着替えると言ったが、一緒にとは一言も言っていない!

うん、そうだ!何を早とちりしてるんだろうなまったくー!



俺は自分の年頃特有の妄想を振り払い、宇城の後を追った。





「で、何で夏川は着替えないんだ?

背中を向けていないで、さっさと着替えろ。時間がなくなるぞ?」


宇城でゴソゴソと布と布が擦れ合う音がする。

生々しいったらありゃしないよ!


準備は全部終わった。

着替えよりも、準備を最優先させた結果だ。

無事に授業時間にも間に合った。



っていうか、何でだ。何で俺の妄想が、今こうしてリアルになって起こっているんだ!?


「そうか。わかったぞ。」


わかったって何がわかったんだ。

また、くだならいことでも考え付いたのか?



「夏川ー。君も恥ずかしがらずに、素直に言ってくれればいいじゃないか」



そしてクビに手を回され、宇城の声が耳元で聞こえた。

同時に鼻孔をくすぐる優しい匂い。


背中に感じるは、二つの柔らかな感触…って二つ!?



「ちょ!宇城、お前もしかして…!?」


「こぉら。振り返るなバカ者が。それともアレか?

女の子の下着姿が間近にあるなら、すぐに見たいぜコンチクショ―!か?」



甘ったるい猫撫で声で、こらと言われた。

宇城独特の色っぽさのせいか、頭がグラグラしてきた。



「って、下着姿!?」


あれ?

昨日も似たようなことがなかったか!?


何これデジャブ!?デジャヴっていう発音が正しいのか?

っていうか、今はそんな発音とかどうでもいい!!



「ぅ、宇城さん?何か柔らかいものがあたってるんですけど…」


「当たってるんじゃなくて、当てているんだ。ん…っ」



そう切なげな声を漏らし、もっと密着してくる宇城さん。

ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


クールになれ!クールになるんだ夏川陸!

先人である某前原Kさんも言っていたじゃないか!

こういう時にこそ、クールになれ!



ゆよん。ゆやよん。

宇城が軽く動くたびに、二つの膨らみが形を変える。


ちょ…これでクールになれるかバカ野郎!!



「宇城!いい加減にそのへんでやめ」


「やだ」


言い終わらないうちに否定された。

しかしここで負けるわけにはいかない!


もし、こんなの誰かに見られたら、ただじゃ済まないからな…。

でも、いっつも俺がこう思うたびに、誰かに見つかっている気が…。




「ん、ん?んー!?あいつら準備してないじゃないか!

まったく…これだから、問題児に授業の準備を任せるのは困るんだ。

これ全部片付けなきゃじゃないか…まったく、まったく!!」



体育倉庫の外から、体育教師の怒った声が聞こえてきた。

なんか好き勝手言ってるけど…。



「あの変態は何を言っているんだ?僕たちはちゃんと準備したというのに…。

あ、年頃の雌の生足ばっかり見てるせいで、頭がついにばぐれたのか。なるほど、理解した」



宇城の中で何かが解決したっぽいが、確かに何言ってるんだあの先生は。

ちゃんと、準備したじゃないか。


あの量の鉄棒っていうのは、体育の時間にみんなで準備するものじゃないか普通。


なのに、準備してないってのはさすがに俺もカチンときた。



「なぁ、宇城」


「しっ…どうやら入ってくるようだ。見つかりたくなかったら、大人しくいい子にしてるんだ」


俺に密着した態勢のまま、宇城が声のボリュームを落として、忠告してくる。

態勢が態勢だし、女の子特有の甘い香りと、耳にあたる吐息がくすぐったい。


そしてガラッと音を立てて、体育倉庫の扉が開かれた。

昼間でも薄暗い倉庫に、明るい光が入ってくる。



ツカツカと冷たい床を歩く音だけが響く。

先生が中に入ってきたんだ。



流石の宇城も緊張してるんだろうか?

少し息が荒いように感じる。


まぁ確かに何回も言うけど、こんな状況見つかったら大変だ。

しかも発見者がこの体育教師となると、話がもっとややこしくなるだろう。


見つからないことを祈りつつ、グッと息を押し殺す。



「まったく。結局、あいつらが出した鉄棒を片づけるのも、授業の準備をするのも俺の仕事じゃないか」


ぶつくさぶつくさ言いながら、ごそごそと何かの準備をしているらしい。

そして、出て行った。



「ふぅ…」


どうやら見つからなかったみたいだ。

体育倉庫が暗いところで良かった。

それに、俺たちがいるところも壁側の跳び箱の影という隠れるには適した場所だ。



「よかった…見つからなかったみたいだな」


「いや、まだ気を抜いちゃダメだ。すぐにあいつは戻ってくる」


その言葉通り、すぐに体育教師は俺らが組み立てた鉄棒を解体して、そのパーツを運んできた。

跳び箱の隙間からその様子を見てみる。


ぬぉ!?

凄い。流石体育教師だ。

あの鍛え抜かれた筋肉を存分に生かしている!ちょっと感動!


俺と宇城が何往復もして、運んだ鉄棒のパーツを先生は、たったの一回で運んできたのだ。

なるほど。確かにこれは、宇城の言うとおりある意味、変態なのかもしれない。


腕の筋肉が盛り上がり、なんか言葉じゃ表しづらい凄いことになっていた。



「フンッ!」


そう鼻をおもいっきり鳴らし、ガラガラと音を立てて、パーツを床に下ろす。

そして一つ一つ丁寧に片づけている姿が見えた。

…意外と几帳面なんだな。


人は見かけによらない。その言葉は本当だったんだな。



「さて、準備を始めるとするか…授業に間に合うかな?

まったく…。あいつらは本当に問題児だな。先生の頼みもろくに聞けんとは…」



先生の言った物を準備したはずなのに、何故か俺たちが悪者扱いされていた。


あ、宇城さん痛い!

怒りたい気持ちはわかるけど、首!首絞めてるよ君!

お前の自称美しく伸びるすべすべの腕で、俺の首絞めちゃってるよ!

美しい腕で人殺ししようとしてるよ!ね、ちょっと…うぉえええぇ!!!


ギブ…マジ、ちょ…ギブだって!


ギリギリと自分の首が締まる音が聞こえる。

嫌な音だな本当。って、通常時なら他人事のように思えるのに!



「さて、これと…これ。うん、これでいいな」


体育教師がまたたくさんの器械運動の器具を、いっぺんに持ち体育倉庫から出て行った。



「ふんっ…本当に息が詰まるかと思った」


「俺も息が詰まって死ぬかと思ったよ」



先生が出て行ったと同時に、解放された。

せき込みそうになるのを必死に我慢する。



ガチャリ。



そんな音が響いた。



「?」


何の音だ?何か鍵を閉めるような音が…。


「って、鍵!?」


慌てて扉に駆け寄る。

開かないか確かめたが、その鉄の扉は固く閉ざされていて、簡単に開きそうにない。



「してやられたな。閉じ込められたか?」


冷静な口調で宇城も扉に近づき、開かないか確かめる。

でも、開かない。



「ふぅ…まぁ、授業が終わりさえすれば、勝手にあの筋肉バカが開けてくれるさ。

その隙にさっさと帰ればいい。見つかったら終わりだがな」


別に閉じ込められたのが、どうってことないというようなかんじで、宇城はやる気のない表情で、跳び箱の上にドカッと音を立てて座った。



「って、お前服着ろ服!何当たり前のように、そんな格好で男の前に出て来てんだ!」


慌てて目を隠す。

見てないぞ!俺は黒の下着姿の宇城なんて見てない!


「…ほぅ。(ウブ)な男を気取っているが、本当はブルマ姿が拝みたいというマニアックなムッツリめ。

どうなんだ、夏川?」



そう言って、座ったばかりの跳び箱から飛び降り、迫ってくる宇城。


あ、なんかこれもデジャヴ!

今度はちゃんと発音間違えてないよ!

本当にどうでもいいことだけどね!



「夏川」


「は、はい?」


八重歯を鋭く光らせながら、首に手を回される。



「食べてもいいか?」


「ダメに決まってるだろ!」


「だろうな。まぁ予想はしてたさ…あぁっ可愛い…」


「そのにやけ顔怖いよ!マジ怖いよ!」


「おっと、こんなところにマットがあるじゃないか。早速ベッドインだな」


「ちょっとは人の話を聞け!」


「夏川に拒否権はない。全ては僕の決めることだ」


「そんな無茶苦茶な…って、うわっ!?」



宇城が首に手を回したまま、背中から倒れる。

俺と宇城の体は重なったまま、重力に従い素直に真っすぐ落ちていく。



ドサッ!



何故かご丁寧に敷かれたマットの上に、宇城を押し倒す形になって落下。


こ、これは…ッ!!



「ぅ、宇城さん。やめようか。これは危険だ。」


俺の身が。


「大丈夫。今日は安全日だから…ただ、あまり激しくすると、外の連中に聞こえてしまうから、気をつけなければいけないな。それに、僕も初めてだから、優しくしてくれると好感が持てる」


「いやいやいやいや。勝手に話を進めないでください宇城さん」


「まぁあれだな。夏川が望むんなら、少しくらい痛くても我慢してやらんこともない。

でも、挿入時は充分に濡らしてから」


「ストップ!ストップだ宇城!お前がこれ以上話し続けると、この小説のBADエンドが成立する!」


「もっと話したいところだが、夏川がそんな裏のネタを引っ張ってくるのは、珍しいな」


「それぐらい危ないってことに気付いてくれると助かるんだが…」


「そういう時にこそ、文章力を発揮しなくてはいけないだろう?

大丈夫。最後までいっても、交尾だの受精だの、それっぽいことで片付けてくれるさ」


「それ完全アウトだよ!」


「?僕にとってはセーフラインの言葉なんだがな」


宇城を基準にしたら、この世に自主規制なんて言葉は、必要無くなる気がするんだ。



「で、そろそろ俺を解放する気にはならないのか?」



宇城は俺の首に手を回したまま、離そうとしてくれない。


傍から見た光景は、下着姿の押し倒されている宇城。押し倒している俺。

でも実際はというと、宇城から誘惑を受け、解放してもらえない俺。抱きしめた状態で離す気のない宇城。


さて、俺が無実だと気づいてくれる人は、この世の中にいるのだろうか?

ははん。いないだろうな。



「夏川…。今の僕の気持ちを当ててみないか?」


「ん?宇城の気持ちを当ててからのメリットは?」


「宇城湊からの夏川陸への高感度が、MAXになるという、僕√直行の素敵なメリット付きだ」


「なんかそれある意味BADエンドまっしぐらな√じゃないか?」


「…夏川は僕の気持ちを、一生わかってくれそうにないな」



少し怒気を含んだ声で、宇城は軽く俺の背中を叩いてきた。



「怒ってもこの腕を離す気はないと?」


「当たり前だ。二人きりの時間は、もう来ることはないだろうからな。

それに…聖が気を遣ってくれたんだ。その気持ちを無駄にはしたくない」



咲が?どういうことだ?



「幼なじみが何をしたんだ?という顔をしているが、僕の気持ちをわかってくれない夏川には、到底理解できないだろうよ。そんな夏川にお仕置きだ」



そして、引き寄せられる。

宇城の顔が眼前に迫り、胸の膨らみが感じられた。


「どうだ?ドキドキしてるか?」


俺は答えない。というか、答えられない。

この状況に緊張しているのか、喉が張り付いて上手く声が出せない。



「ふむ…。まぁ、人並みには緊張してくれているようだな。ヤりやすい」


「や!?ヤりやすい!?」


「犯りやすいと言った方が正しいか?でも、僕はあまり無理やりという言葉は好ましくないな」


「宇城の好みなんてどうでもいいよ!ってか…胸、胸がもろに当たってる!」


「さっきも言っただろう?当たっているんじゃなくて、当てているんだ。

人の言ったことは、ちゃんと聞かなくては関心できないぞ。夏川」


「そんなことお前にだけは言われたくねーよ」


「僕みたいな自由人は、別に人の話を聞かなくても困らないからいいんだ。

そんなことより、もうそろそろ僕も我慢の限界なんだが…夏川のその逞しい一物を、いい加減僕にくれないか?それともアレか?焦らしプレイというやつか?」



そう言いながら、膝で俺の…アレ。息子を弄ってくる。


「ちょッ…やめっ、宇城、さすがにそれはやめろ!」


「体は素直と言うじゃないか。ほら、絹ごしに君の感情の高ぶりが伝わってきたぞ」


ぎこちない膝の動きが、またそれに刺激を与えてくる。


いいのか!?こんな流される形のまま、女に好き勝手やられたままでいいのか!?


否!断じてよくない!


俺的には、凄く美味しい状況だし、俺の中の悪魔が囁きかけてくる。



『もっと気持ちよくしてもらおうぜぇ』


『ダメに決まっているじゃないですか!付き合ってもいない女の子と、そんな関係を持ってもいいのですか!?』


おおっ!天使が悪魔に対抗してくれたぞ!



『うっせぇ!てめぇはひっこんでろこの偽善者が!この読者だって、多少の濡れ場を期待してんだよバカ野郎めが!』


『読者の希望と、この小説の存続を考えれば、この小説の存続の方が、大事に決まっているでしょうこのすかぽんたん!』



正直、悪魔の言っていることも、天使の言っていることも正しい。

少しくらいハメをはずした方が、もっと多くの読者さんに読んでもらえるだろう。



「だがしかぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあぁし!!!!!!」


「!?」


俺の突然の叫びに、宇城は怯み足の動きを止める。



「宇城、お前の欲求が溜まっているのは充分に理解した。

だけどな、好きでもない男とこんなことしても、お前が満たされることはない!」


「好きでもない男?君のことが?夏川のことが好きじゃなかったら、僕はこんなことしないんだがな。

まぁ、夏川がそう言うんなら、もうこの茶番もやめにするよ。あー、やめだやめ!」


宇城はスルンと俺の下から抜け出し、グッと背伸びをする。



「だいたい何なんだ君は。僕がここまでしてあげてるってのに、理性を崩す素振りの一つも見せないじゃないか」


いや、理性が持ちそうになかったから、引き離したんですけどね。

これは黙っておこう。うん。



「でもまぁ、夏川分をたっぷり補充でいたことだし、文句はないな」


「夏川分?」


「たくさん集めると、その日が凄く幸せな気持ちになれる媚薬だ」


「俺媚薬扱い!?」


「はははっ、まぁそういうことになるな」



宇城はそう自重気味に笑って、跳び箱の上に腰かける。


どうやら、服は着ないらしい。

こう言うのもどうかと思うんだけど、だいぶ宇城の格好にも目が慣れてきた。

慣れって怖いねほんと。



「…夏川は今度からヘタレと呼ぶことにしよう。うん」


「何嫌な呼び方をしようとしてるの!?」


「いや、鍵山先輩とか聖のこととか…うん、今のことだってそうだ。

夏川はヘタレだと思っただけさ。それとも、それは優しさのつもりか?

偽善者ぶって何が楽しいんだ。まったく。人の気も知らないで…」


「別に偽善者ぶってるとかじゃない。ただ、俺は誰も傷つけたくないんだ」


「ほぅ…。少し興味があるな。どういうことだ?」



宇城の目の色がスッと変わった。



「いや。別に深い意味はないんだけど…何ていうのかな…大切にしたいっていうか」


「でも、最終的には…どうなるかわからんぞ?」



宇城はいつもこうだ。

まるで、未来のことがわかっているような言い方をする。


まるで、この先の未来に幸せなことはない。

そう言っているように聞こえる。



「最終的にどうなったとしても、俺は大切にしたいんだよ。みんなを」



別に俺もそこまでバカじゃない。


仲良くなった女の子から、少し誘惑されたぐらいで、ホイホイやるような男にはなりたくない。

それに、まだそういう関係になるには、時間が必要だ。


…あれ。これがヘタレって言われる原因なのか?



「ふぅ…。物分かりの悪い夏川はもう知らん。君の好きにするといい。

それに、君のそういうとこ…嫌いではないからな」



胸が鳴る。

いや、待て早まるな自分!


さっき時間が必要とか言ってたじゃないか。

なのに、何ときめいちゃってんの?発情期!?発情期ですかコノヤロー!!



「話は変わるが…どうする?」


「ん…何が?」


「この状況に決まっているだろう。鍵を閉められ、暗い密室の中で二人きり。

若い男女がこういう状況に陥った場合、やることは一つだろう?」


「と、言いますと?」



何か嫌な予感がした。

いや、宇城と二人きりという状況から、嫌な予感はしまくりなんだけどさ!



「しっぽりと…二人きりの時間を楽しもうじゃないか。性的な意味で」



言いやがった!こいつ言い切りやがった!

傍から見れば、一目惚れもできそうな笑顔で、誘惑をし始めたよこの娘!



「いや。だから、お断りだって。俺はお前らを傷つけたくないぃぃいいいぃ!?」



押し倒された。

跳び箱の上でふんぞり返っていた宇城が、いきなりオレに飛びかかってきた。

そして押し倒された。


さっきとは明らかに違うこの状況。



「夏川の決意は本当に素晴らしいと思う。うん、最高だ。

だからこそ…壊したい!」



「やめれえええええええええええええええええ!!!!!??」



ネクタイを外され、Yシャツのボタンに手が掛けられる。


「夏川の童貞…ふふふ、これほどまでの御馳走はないぞ♪」


「ないぞ♪じゃないよ!やめっ…あかん!あかんねん!」


「あまりの興奮に、ついに出身地まで変わってしまったか。この似非関西人」



そう言いながらも、俺の制服を脱がせる手は休めない。



「ぅ、宇城さん!危ない!これ以上は危ない!健全な小説として、かなり危ない!」


「大丈夫。ちょっとした保健の実技試験ってやつだ。読者もたくさんのことが学べるぞ」



だ、ダメだ。こいつには何を言っても無駄だ!


…かくなるうえは!

あんまりやりたくなかったけど、しょうがない!



「宇城ぉぉぉおぉ!」


力いっぱい宇城を抱きしめる。



「ひにゃぁぁあ!?な、夏川!?何をして…あ、ちょっこら!」


宇城の弱点は『耳』だということは、もう咲から聞いている!

だからその弱点を



「徹底的に攻める!!!!」



「ぁ…ちょ、こらぁ!耳、耳そんなしちゃ…ぃや、ふぁあ」



ちょ、ちょっと効きすぎじゃないかしら?

これ大丈夫?大丈夫なの?



「んぁっ…同じとこばっかり触らないで…っぁ、やだ、夏川…んんっ」



アウトじゃない!?

ねぇ、これ完全にアウトじゃない!?



「んっ…もうダメ。限界…っ、そこ、敏感になりすぎて…ぁ、いやっ」



「ぁ、アウトオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」



慌てて耳から手を離す。



「はぁ…はぁ、夏川…」



宇城が熱っぽい視線を向けてくる。

またもや嫌な予感がするのですが…今日の運勢は大凶ですか?



「夏川…もっと、もっとして…ほしい。夏川にしてほしい」


「あの…宇城さん?キャラが変わってませんか?」


「そんなのどうでもいい」



あ、どうでもいいんだ。



「ねぇ、して?」


女の子らしくなった宇城が、上目づかいでお願いしてくる。



その時の俺は


→迷うことはねぇ!体育倉庫で、しっぽりヤろうZE★

→何を血迷っているんだ。ここは、紳士的に断るべきだろう。



何この究極の選択肢。




「夏川がしないんなら、僕からする」



あぁ、この宇城めちゃくちゃ可愛い。

これが素のキャラか?



「って、宇城!早いよ!お前手出すの早い!!!!」


もぞもぞと宇城が俺の股の辺りで、手を動かしている。



「あっ…あったぁ」


宇城が何かを見つけたらしく、嬉しそうな声をあげる。



「って、それ俺の大事なもの!!」


「待ってて。今気持ちよくしてあげるから」


指先でなぞりあげられた感じがした。

遅れてくるビリビリとした感覚。


何これめっさ気持ちいい。



「じゃない!」



必死に自分の理性えお保とうとする。



「宇城!お前、いい加減に…っ」



ガララララ!!



暗かった体育倉庫に光が差す。



俺と宇城、何者かによって開かれた扉を見る。

扉を開いた咲、その場で固まる。


そして、みるみる顔が朱に染まり、大きく開かれた口から



「り、陸のへんたああああああああああああああああああああい!!!!!!!」



俺と宇城の状況。

下着姿の宇城と、Yシャツの乱れた俺。

そして、宇城の華奢な体を抱きしめている俺。妙に色っぽい宇城。


なるほど。勘違いされてもおかしくない状況じゃないか。



「咲!これには深いわけが…うぼぁぁあ!!!」


宇城を解放し、顔面にクリティカルヒットした咲の上履き。

痛い。



「…あ!聖、今取り込み中なんだ」


思い出したように宇城が咲に告げる。


って、それじゃ逆効果だバカ野郎ぉぉぉぉおおぉぉおぉぉ!!!



プチン。ギリッ。

何かが切れる音と、何かが握りしめられる音がした。



「さ、咲さん!?ちょっと落ち着け!これは誤解だ!」


「ふーん。この状況で、どう誤解が生まれるわけ?説明してもらいたいわね」



あー!怖い!幼なじみの笑顔が怖いよおっかさん!



「夏川、僕からも説明願いたい。やっと、その気になってくれたと思ったのに…」


あれ?なんか悪友の顔も怖いよおっかさん!?



「陸」


「夏川」



「「反省しろこのヘタレがぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁあぁ!!!!」」



飛んだ。本日二回目の空中の旅。

この埃っぽい狭い空間で、人間を吹っ飛ばすとか、どんな神経してんだよこいつらは!


まぁ、今回は俺も反省するべきか。



そう思った瞬間、俺は頭からマットの上にダイブした。





なんとか、宇城と咲からの集団暴行を耐え抜き、今日の部活が終了した。

そして今は、その宇城と咲と仲良く三人並んで坂を下降りている。



「それで、何で咲は俺たちが体育倉庫にいるってわかったんだ?」


顎をさすりながら、右隣にいる咲へと質問する。



「当たり前でしょ。湊が体育教師がどうたら言ってたからね」


「あー、なるほど」


意外と記憶力いいんだなこいつ。



「っていうか、湊…あんたこうなることわかってたでしょ?」


ジト目で俺の左隣にいる悪友へと、質問する意外と記憶力のいい幼なじみ。



「ん…。さて、どうかな?

こういうのは、種明かしをすると面白くないだろう?だから、真実は聞かないお約束さ」


澄ました態度で、その質問を受け流す悪友。



…こいつわかっててやったな。



「まぁ、夏川も僕も貴重な時間が過ごせたことに違いはないな。

それは紛れもない真実だ。そして、聖もレアな光景が見れた。うん、ハッピーエンド」



「「どこがハッピーエンドだ!!!」」



「はっはっは!そんな二人仲良くお説教とかやめてほしいな。

…少し、ヤキモチをやいてしまう」



「なっ」


咲が反応した。



「今回の件で、少し僕も本気になってしまったよ。聖」


咲へと向けられた言葉。

咲はどう答えていいのかわからない表情で、拳を握っていた。



「では、また明日学校でな!聖…大丈夫、今日みたいなことは、もう起こらない。

だから、安心するといい。まだ当分は、その場所は君のものだ」



そう言い残して、宇城は「じゃあな」と言って、歩いて行ってしまった。



「咲。俺達も帰ろうか。咲?」


宇城の背中をジッと見て、反応のない咲を呼ぶ。


「どうした?」



「え…ぁ、別に何にもないわよ。あたしのこと心配してる暇あんなら、少しは自分磨きでもしたら?」


「それは俺に魅力がないと言いたいのですか咲さん」


それはショックだぞ咲さん!


「なっ…べ、別にそうは言ってないでしょ!

もっと…その、あたしの隣に相応しい男になりなさいって言ってるのよ」



ボソボソと言っているが、それ魅力がないって言ってるのと、同じじゃね?

というツッコミはしたら負けか。



「そっか。じゃあ頑張るよ。咲の幼なじみとして、恥ずかしくない程度にね」


「…それだけで充分よ」


「はははっ。まぁ、魅力をあげるってのは、かなり難しいんだけど」


「陸ならできるわよ。あたしの幼なじみなんだから」



そう言って、咲は走り出した。



「あっ…ちょっと待てよ!おい!」


「家まで競争よこの変態!痴漢!」


「こら!そんなこと大声で叫ぶな!俺という人間が誤解されるだろうが!」





「行ったか。これで、聖も少しは遠慮を無くすだろうな。

これで、正々堂々お互い気持ちを伝えられるというわけだ。…明日から、僕も本気を出すかな」



きっと、鍵山先輩や瀬野崎も、僕や聖と同じ気持ちを抱いているだろう。



「ふむ…。ライバルはたくさんいた方が、燃える恋ができるというわけか」



神がこの世界にいるとしたら、かなり性格の悪い奴だな。

もし、夏川が僕らのうち誰か一人を選んだら…。


幸せになれるのは一人だけか。犠牲者は多数。



これだから、神とか非科学的な存在は嫌いなんだ。



全ては僕自身が決めた未来。絶対に負けられないな。

僕の未来は神にも誰にも動かされたくない。


僕が決めて、僕が作り上げる未来だ。



…正直、自信はないけど、でも…。


「恋というのは…本当に厄介な気持ちだな」



今日の出来事が、僕の気持ちにセーブをかけられなくしてしまった。

これも僕が選んだ未来への第一歩。



「聖には悪いことをしてしまった」


罪悪感で胸が締め付けられる。

別に意地悪を言うつもりはなかった。


…人間とは、本当に醜い生き物だと思う。

特に宇城湊。僕は本当に汚い生き物だ。



さて、明日も今日みたいに楽しめるといいな。



僕は今の空間が大好きだ。

だから、壊したくない。でも、それは回避不可能な未来。


夏川は、絶対に僕らのうち一人を選ぶ。



それが僕であってほしいと思う。今を壊したくないはずなのに、そう思ってしまう。



「本当に…醜い生き物だな。僕という存在は」



夕暮れの人気のない道を、一人歩く。

僕に幸せになる権利はない。

でも、幸せを望む権利はあるんだ。


あけましておめでとうございます。藍靜です。


なんか年越しちゃってましたねw

ガキ使の笑ってはいけないスパイ?を見ながら、最後の方を書いて、

今日やっと仕上げることができました。


年内に更新できなかったのが悔しいww

でもまぁ、なんとか完成できたんでよかったです。はい。



じゃあ、早速ですが今回もふとごっていきます。


お題は…ちゃんと考えてなかったんで、成績の良さとかいっちゃいますか。

今回真面目だなおいww


響歌>>>(越えられない壁)>咲>>>>>尋ちゃん>>>>>>湊


です。


実際、湊は本気を出せば、響歌先輩を超えます(´・ω・`)どーん

ただ、めんどくさいからやらないだけです。

いますよね、こういう人。


響歌先輩は言わずもがなな結果ですねw


咲は勉強はそこそこ。生活態度が壊滅的です。

とりあえず、バンテージを外さないかぎりは、生活態度が良くなることはないと思いますww


尋ちゃんは…もう語りたくないくらいに残念です。

努力さえすれば、まだマシにはなると思うんですがねw

まぁそんなとこも藍靜は愛せますよ(^ω^)ふひひ



さて、次回は共通√第5話となるわけですが…。

とりあえず、ヒロイン一周したんで、全員がメインの話しにするつもりです。


はい。

久しぶりに、この小説の良心であるほのぼのな響歌先輩が登場しますw


これで、今回みたいな登場人物の暴走は抑えられるかな?

抑えられるといいな…。


これ書いてるのは藍靜なんですけど、登場人物が勝手に暴走するんですよね。

もう藍靜の手にはおえないくらいにw


いや、まぁそれぐらい強烈な方が、読者さんからも愛されるんだろうけどw


まぁ、みんな何だかんだで、良い子揃いなんで、まとめて愛してやってくださいね^^



ぁ、あと。

ふとごってみようコーナーで、リクエストのお題があったら

どんどんしておkです。っていうか、お願いしますww


いや、ちょっとネタ切れしてきましてw

考えればたくさん出るんですけどね。忘れちゃうんですよw


アルツハイマー?w

この年でそれは、非常に困りますwww



あー、あと、もうひとつお知らせ。


藍靜は受験生ですので、更新が今まで以上に亀になるかもしれません;

逆に現実逃避で、兎になる可能性もありますがw


いや、まぁ一応ご理解していただけると嬉しいです。



では、第5話の後書きでまたお会いしましょう^^

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