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闇しぃ太郎

【※要BADEND耐性】愚かな王太子〜その裏で赤く染まるフリージア〜

作者: 闇しぃ太郎
掲載日:2026/08/29

※救いはありません。

※ただ、人間を書きたくなりました。


 王太子が、突然、長年の婚約者を捨てた。

 新しい女性を連れ、パーティに現れたという。


「すまない、エリーゼ。君とは結婚できない」

「……殿下!?なぜ!」

「……真実の愛のためだ」


 こうして婚約は破棄され、王太子は反感を買った。

 貴族からも、市民からも。

 しかし、彼の耳には届かなかった。

 頑なに、隣の女性だけを慈しんだという。


 両陛下が沈黙していたのも大きい。

 理由があって、私からは語れないけどね。


 そんなこともあり、王族は公爵家の怒りを一身に受けた。

 そしてそれを境に、この国はじわじわと追い詰められていった。



「――王太子の突然の裏切り。果たして新しい恋人の出生は?」

「国境の兵が消息を絶つ」

「王族が国を売ったのか?愚かな王族に任せていてもいいものか――」



 世間では令嬢の献身と、愚かな王子、そして新しい恋人のことが連日のように新聞に書かれた。


 曰く王妃教育で、幼少期から努力していた。

 六年?十年?

 周りでは、貴族令嬢がまだ甘やかされている時期だ。

 ああ!哀れな公爵令嬢!

 なんて愚かな王子!


 でもね、私は少し疑問なの。


 ――本当に?尽くしてきたのはあなただけだと思う?

 そして、想いを捧げたから返せ?

 女の子だもの、ね?

 恋は大切ね。


 そうね。

 それが通る世界なら、私はどうなっていたかしら――。


 また新聞に目を通す。

 相変わらず文字は変わらない。

 見出しはいつも同じだ。


 【哀れな公爵令嬢。厳しい王妃教育を受けた末に捨てられ、塞ぎ込む】


 幼少期の遊び盛りで、王宮で厳しいマナーを叩き込まれ、王太子の補佐として仕事をする毎日、庭で泣く。

 え、それ。

 私のこと?

 ふふふ。皮肉だったかしら。

 いえ、公爵令嬢のエリーゼのことよね?


『……殿下に想いを寄せていた時間は何だったのでしょうか』

 ――公爵令嬢(談)


 まず聞きたいの。

 なぜ、殿下を失った悲しみを、“無駄になった年月”へすり替えるの?

 学んだことまで無駄だったと、世間に叫ぶつもり?

 でも、ごらんなさい。貴女は優秀になれたわ。

 ――学ぶ機会すら与えられない者の前で、それを言えばいい。


『殿下とこの国を支えたかった』


 ――この国を支えるのは誰にでもできるわ。

 まあ、もう風前の灯火だけれど。


 報酬が殿下だったから欲しかったのかしら?

 それが手にはいらなかったから、傷ついた顔をしているの?


 まず学ぶべき、高位貴族の心得すら身につけていない。

 王族は、自分の兄弟の首を刎ねた皇女さえ正妃に迎え、子をなさなければいけない。

 ――殿下のように。

 道化を演じ、首を晒され、その死を人々に祝われる必要もないわ。


 殿下。

 エリーゼに、何を期待していたの?


 婚約者はまだ王族じゃないわね……?

 ええ、国と共にする必要はない。

 彼女は自由で、愛らしく、実家の権力を振るい、すぐに前へ進んでいった。


 最期まで心配していたようだけれど――。

 でも、心配いらないわ。


 “元婚約者”のエリーゼは新しい恋人を、すぐに選びなおしたようだしね?

 貴方の“真実の愛”は、どれも実を結ばなかった。


 エリーゼ。

 貴女が欲しかった報酬は、“王太子妃”の座ではなく、殿下の“心”だったのね。

 それが手にはいらなかったから、国を滅ぼすほどの恨みを抱いたというの?


 もう災害ね。


 いえ。

 これも私が知り得る、一方的な情報だわ。

 公爵家がもともと……彼らと繋がっていたのなら――。

 ふふ。

 全知全能を持つ神にしかわからない愚問ね。


 ――ああ、殿下。お兄様。

 国は滅びました。


 “和平のため”に、そう説明なさればよかったのに。

 すべての偏見と罪を“皇女”に向けないためですか?

 そう要求があったのでしょうか。

 皇女の手腕は見事ですね。


 王太子が――連れ帰った女性は、軍事衝突の絶えない隣国で、存在すら伏せられていた“秘宝の皇女”。

 うちが敗戦国だからでしょうか。

 ええ、そうですね。

 その秘宝は捨てることも、返すことも許されず――王城の中央、王太子の隣へ置かれることになった。


 うーん。抽象的すぎますかね?


 要望を飲まなければ、連れて行かれた兵士の安否がどうなるかわからない。


 今まさに、あなたの“元”婚約者、エリーゼの生家の公爵家が同志を募り城を囲んでおります。

 どうも、あの皇女と親友になったらしいです。


 普通はありえませんよね?

 お兄様が晒されて、お互いに隙ができたのかしら。

 まあ……もう、私たちには敵しかおりません。

 恋心か憎しみか、打算か共謀か。

 この際、なんでもいいですね。


 誰にも愛されなかったお兄様。


 愛に狂った女と、野心に溢れる女が手を組んでいます。

 いいえ?

 私からは、これ以上のことを申せません。

 ご想像にお任せします。


 幾つもの炎が押し寄せてくる。

 城門を激しく押し開こうと、何かをぶつける音がする。


 ふふっ。

 そういえば、面白い話がありました。

 最近はエリーゼと、皇女の従兄弟とのラブロマンスを聞きますよ。

 お兄様の首がようやく腐り始めた、このタイミングで。

 屍肉を漁る鳥が集まり始める頃に、新しい恋ですって。

 

 ――ああ……。恋に溺れた女ほど恐ろしいものはない。

 嫉妬よりも恐ろしい渇望。

 そして憎しみ。

 愛は憎しみに変わるようです。

 人の感情に疎くて、甘いお兄様。


 でも、その純粋さを敬愛しておりました。

 首だけになったお兄様。

 私たちも同じ姿になるでしょう。

 

 ……こんなものです。

 貴方が守りたかったものは――私が勝手に想像をして、私と同じものだと思っておきますね。


 貴方の首が晒されたお陰で、どうやらすべて丸く収まりそうですよ。

 我が国は愚かな王族によって滅び、隣国が統治する。

 最初から上手く作られた筋書きでした。


 ――お兄様。


 優しくて大きな手が、私の頭に触れた気がした。

 なぜ……。

 なぜ、お兄様はいつも勝手なのでしょうか。

 そして見積もりも甘すぎる。

 残された私たちを“生き延びさせる”?

 そんな言葉を鵜呑みにしてしまうなんて――。

 いえ、それに縋るしかなかったのでしょう。

 馬鹿ですねぇ。


 

 ねえ、お兄様。

 私も弟妹も愚かな王家の一員として名を刻みます。


 それならば、私も愚かな王女として、さらに楔を打ち込みましょう。


 貴方の日記も。

 クローゼットの奥に隠していた書類も。

 全部、もっと城の奥深くへ隠しておきました。


 売国奴が歴史の勝者になるか。

 お兄様はただの愚者のままなのか。

 それは、後の人々に任せましょう。


 ドアが叩かれる。


「ここが王女の部屋か!?開けろ!引きずり出せ……!」

「……お姉様」


 妹と弟がしがみついてくる。

 生きて、無残に貶められ引き裂かれるくらいなら。


「お姉様と一緒にいきましょうか。――お兄様も待ってるわ」

「死にたくないよ……」


 六歳の弟が言った。


 ――ええ。私も貴方を死なせたくない。

 でも、もっと酷いことをされても当然らしいの。


「ごめんね……。いいわ、自分で決めてみる……?その覚悟があるのなら、今すぐに立ち去りなさい。脱出路が全部発見されているとも限らないから」


 弟は私の言葉に頷き、短剣を懐に入れ、そのまま部屋から出ていった。


 ドアが軋む。

 もう時間がない。


「……お姉様……私は……?」


 不安げに擦り寄ってくる、幼い妹を抱きしめた。

 この子は、どうあっても私が連れて行く。

 私のエゴでもいい。

 きっと、想像以上に過酷な目に遭うはずだから――。


「ごめんね。女の子同士、花冠でも作りましょうか」

「……うん」


 きっと兄は、花畑にいるはずだ。

 妹の私がそう確信しているのだから……。


「お兄様に似合うお花はなにかしら?」


 妹の言葉に、少しだけ考えて答える。


「フリージア以外なら、なんでもいいんじゃない?……喜ぶわよ、きっと」


『親愛の情』『感謝』?

 私たちには甘すぎるわ。


『真実の愛』を抱いて、私たちは同時に小瓶を取り出した。

 お兄様がくれた薬だ。

 女の身の方が、時に踏みにじられる。

 これは、王族が常に身につけているものだった。


「じゃあ、上手に飲めたら飴をあげるわ」

「……お姉様。わたし、そこまで馬鹿じゃないわ。……でも、貴重な蜂蜜の飴をちょうだいね?」


 強がる妹の、赤くなった目元に唇を落とした。


「ええ。……ごめんね」

「でもねお姉様。なんだか、怖くないんです。お兄様が……くれたからかな?」


 妹の言葉に、思わず笑ってしまう。

 ――ええ。

 あの人なら……。

 私たちが苦しまない薬を用意してくれているでしょう。


 それを同時に、二人で口をつける。

 とろり、とした液体が喉に流れ込んだ。


 ああ、なんて甘くて苦い。

 痺れるような、胸の奥を抉るようなこの味を、私はこの子にも与えてしまった。


 せめて……すべて私一人だけで済めばよかったのに。

 隣で、妹が咳き込んだ。

 ああ、赤い。

 赤い。

 赤い。

 私の視界も赤く染まる。


 ――私たちが、花よりも鮮烈にこの時代を飾りましょう。

 その“真実の愛”を生々しく、真っ赤に染めて。

 稚拙な愛よりも、もっとこの国に刻みつけてみせる。


 ねぇ、お兄様。

 私にはどんな“愛”が待っていたのかしら?

 ふふふ。

 ……なんてね。

 王女の私なんて、一度も期待もしなかったのに。


 あら、それは言いすぎね。

 幼い頃は騎士様と結ばれたいと思っていたわ。


 ――女の子は素敵ね。


 轟音と共に、扉が破られた。

 もう視界がぼやけ、耳鳴りが鳴り止まない。

 私の目の前で、幼い妹に近づく人影が見えた。


 やめて。

 お願い。


 まだ、十歳にも満たないの――。

 綺麗なまま……。

 このまま綺麗なままでいさせてあげて、お願いよ。


「フリージア王女……!ああぁ!」


 どこからか、護衛騎士の声が聞こえた。

 ……ああ、思い出しちゃった。

 私の初恋を。


 できるなら、私も悍ましい姿で晒されたくないの……。

 でも無理かしら――。

 遠い日に胸へしまった彼の名前を、赤黒い塊とともに吐き出してしまった。


「エル……リ……」


 遠くから、足音が近づいてくる。

 彼に、一瞬でも綺麗なままの姿を覚えてもらいたかった。

 そう、女の子だもの。

 いつだって綺麗な姿で――。


 そうして、先に逝った妹を踏みつけた足を払いのけようとして――息絶えた。


 ◇◇◇


 フリージア王女。

 そして、彼女の亡骸を片腕に抱き、最期まで剣を振るった護衛騎士エルリック。


 二人の叶わなかった恋は、数百年を経た今なお語り継がれる、悲恋の代表作である。


 ◇◇◇


 ――数百年後――


「ねえ、赤いフリージアの花言葉を知ってる?」

「うーん……情熱とか?」

「純潔だって……。やっぱり君にぴったりだ。結婚してくれる?」


 浅黒い、タコだらけの手から花を渡される。

 そんな予感はしていたけれど。


 差し出された赤い花束を受け取り、彼女は笑った。

 フリージアは、繊細な花ではない。


 こういう時は薔薇が合うのに――。

 だが、だからこそ“王女フリージア”は古典として残ったのかもしれない。


「古臭いプロポーズだけど、気に入ったわ!明日、うちの開店前に……パパに挨拶してくれる?」


「ああ、もちろん……!」



 

フリージア。

花言葉を調べました。一つも自由がありませんでした。

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