【※要BADEND耐性】愚かな王太子〜その裏で赤く染まるフリージア〜
※救いはありません。
※ただ、人間を書きたくなりました。
王太子が、突然、長年の婚約者を捨てた。
新しい女性を連れ、パーティに現れたという。
「すまない、エリーゼ。君とは結婚できない」
「……殿下!?なぜ!」
「……真実の愛のためだ」
こうして婚約は破棄され、王太子は反感を買った。
貴族からも、市民からも。
しかし、彼の耳には届かなかった。
頑なに、隣の女性だけを慈しんだという。
両陛下が沈黙していたのも大きい。
理由があって、私からは語れないけどね。
そんなこともあり、王族は公爵家の怒りを一身に受けた。
そしてそれを境に、この国はじわじわと追い詰められていった。
「――王太子の突然の裏切り。果たして新しい恋人の出生は?」
「国境の兵が消息を絶つ」
「王族が国を売ったのか?愚かな王族に任せていてもいいものか――」
世間では令嬢の献身と、愚かな王子、そして新しい恋人のことが連日のように新聞に書かれた。
曰く王妃教育で、幼少期から努力していた。
六年?十年?
周りでは、貴族令嬢がまだ甘やかされている時期だ。
ああ!哀れな公爵令嬢!
なんて愚かな王子!
でもね、私は少し疑問なの。
――本当に?尽くしてきたのはあなただけだと思う?
そして、想いを捧げたから返せ?
女の子だもの、ね?
恋は大切ね。
そうね。
それが通る世界なら、私はどうなっていたかしら――。
また新聞に目を通す。
相変わらず文字は変わらない。
見出しはいつも同じだ。
【哀れな公爵令嬢。厳しい王妃教育を受けた末に捨てられ、塞ぎ込む】
幼少期の遊び盛りで、王宮で厳しいマナーを叩き込まれ、王太子の補佐として仕事をする毎日、庭で泣く。
え、それ。
私のこと?
ふふふ。皮肉だったかしら。
いえ、公爵令嬢のエリーゼのことよね?
『……殿下に想いを寄せていた時間は何だったのでしょうか』
――公爵令嬢(談)
まず聞きたいの。
なぜ、殿下を失った悲しみを、“無駄になった年月”へすり替えるの?
学んだことまで無駄だったと、世間に叫ぶつもり?
でも、ごらんなさい。貴女は優秀になれたわ。
――学ぶ機会すら与えられない者の前で、それを言えばいい。
『殿下とこの国を支えたかった』
――この国を支えるのは誰にでもできるわ。
まあ、もう風前の灯火だけれど。
報酬が殿下だったから欲しかったのかしら?
それが手にはいらなかったから、傷ついた顔をしているの?
まず学ぶべき、高位貴族の心得すら身につけていない。
王族は、自分の兄弟の首を刎ねた皇女さえ正妃に迎え、子をなさなければいけない。
――殿下のように。
道化を演じ、首を晒され、その死を人々に祝われる必要もないわ。
殿下。
エリーゼに、何を期待していたの?
婚約者はまだ王族じゃないわね……?
ええ、国と共にする必要はない。
彼女は自由で、愛らしく、実家の権力を振るい、すぐに前へ進んでいった。
最期まで心配していたようだけれど――。
でも、心配いらないわ。
“元婚約者”のエリーゼは新しい恋人を、すぐに選びなおしたようだしね?
貴方の“真実の愛”は、どれも実を結ばなかった。
エリーゼ。
貴女が欲しかった報酬は、“王太子妃”の座ではなく、殿下の“心”だったのね。
それが手にはいらなかったから、国を滅ぼすほどの恨みを抱いたというの?
もう災害ね。
いえ。
これも私が知り得る、一方的な情報だわ。
公爵家がもともと……彼らと繋がっていたのなら――。
ふふ。
全知全能を持つ神にしかわからない愚問ね。
――ああ、殿下。お兄様。
国は滅びました。
“和平のため”に、そう説明なさればよかったのに。
すべての偏見と罪を“皇女”に向けないためですか?
そう要求があったのでしょうか。
皇女の手腕は見事ですね。
王太子が――連れ帰った女性は、軍事衝突の絶えない隣国で、存在すら伏せられていた“秘宝の皇女”。
うちが敗戦国だからでしょうか。
ええ、そうですね。
その秘宝は捨てることも、返すことも許されず――王城の中央、王太子の隣へ置かれることになった。
うーん。抽象的すぎますかね?
要望を飲まなければ、連れて行かれた兵士の安否がどうなるかわからない。
今まさに、あなたの“元”婚約者、エリーゼの生家の公爵家が同志を募り城を囲んでおります。
どうも、あの皇女と親友になったらしいです。
普通はありえませんよね?
お兄様が晒されて、お互いに隙ができたのかしら。
まあ……もう、私たちには敵しかおりません。
恋心か憎しみか、打算か共謀か。
この際、なんでもいいですね。
誰にも愛されなかったお兄様。
愛に狂った女と、野心に溢れる女が手を組んでいます。
いいえ?
私からは、これ以上のことを申せません。
ご想像にお任せします。
幾つもの炎が押し寄せてくる。
城門を激しく押し開こうと、何かをぶつける音がする。
ふふっ。
そういえば、面白い話がありました。
最近はエリーゼと、皇女の従兄弟とのラブロマンスを聞きますよ。
お兄様の首がようやく腐り始めた、このタイミングで。
屍肉を漁る鳥が集まり始める頃に、新しい恋ですって。
――ああ……。恋に溺れた女ほど恐ろしいものはない。
嫉妬よりも恐ろしい渇望。
そして憎しみ。
愛は憎しみに変わるようです。
人の感情に疎くて、甘いお兄様。
でも、その純粋さを敬愛しておりました。
首だけになったお兄様。
私たちも同じ姿になるでしょう。
……こんなものです。
貴方が守りたかったものは――私が勝手に想像をして、私と同じものだと思っておきますね。
貴方の首が晒されたお陰で、どうやらすべて丸く収まりそうですよ。
我が国は愚かな王族によって滅び、隣国が統治する。
最初から上手く作られた筋書きでした。
――お兄様。
優しくて大きな手が、私の頭に触れた気がした。
なぜ……。
なぜ、お兄様はいつも勝手なのでしょうか。
そして見積もりも甘すぎる。
残された私たちを“生き延びさせる”?
そんな言葉を鵜呑みにしてしまうなんて――。
いえ、それに縋るしかなかったのでしょう。
馬鹿ですねぇ。
ねえ、お兄様。
私も弟妹も愚かな王家の一員として名を刻みます。
それならば、私も愚かな王女として、さらに楔を打ち込みましょう。
貴方の日記も。
クローゼットの奥に隠していた書類も。
全部、もっと城の奥深くへ隠しておきました。
売国奴が歴史の勝者になるか。
お兄様はただの愚者のままなのか。
それは、後の人々に任せましょう。
ドアが叩かれる。
「ここが王女の部屋か!?開けろ!引きずり出せ……!」
「……お姉様」
妹と弟がしがみついてくる。
生きて、無残に貶められ引き裂かれるくらいなら。
「お姉様と一緒にいきましょうか。――お兄様も待ってるわ」
「死にたくないよ……」
六歳の弟が言った。
――ええ。私も貴方を死なせたくない。
でも、もっと酷いことをされても当然らしいの。
「ごめんね……。いいわ、自分で決めてみる……?その覚悟があるのなら、今すぐに立ち去りなさい。脱出路が全部発見されているとも限らないから」
弟は私の言葉に頷き、短剣を懐に入れ、そのまま部屋から出ていった。
ドアが軋む。
もう時間がない。
「……お姉様……私は……?」
不安げに擦り寄ってくる、幼い妹を抱きしめた。
この子は、どうあっても私が連れて行く。
私のエゴでもいい。
きっと、想像以上に過酷な目に遭うはずだから――。
「ごめんね。女の子同士、花冠でも作りましょうか」
「……うん」
きっと兄は、花畑にいるはずだ。
妹の私がそう確信しているのだから……。
「お兄様に似合うお花はなにかしら?」
妹の言葉に、少しだけ考えて答える。
「フリージア以外なら、なんでもいいんじゃない?……喜ぶわよ、きっと」
『親愛の情』『感謝』?
私たちには甘すぎるわ。
『真実の愛』を抱いて、私たちは同時に小瓶を取り出した。
お兄様がくれた薬だ。
女の身の方が、時に踏みにじられる。
これは、王族が常に身につけているものだった。
「じゃあ、上手に飲めたら飴をあげるわ」
「……お姉様。わたし、そこまで馬鹿じゃないわ。……でも、貴重な蜂蜜の飴をちょうだいね?」
強がる妹の、赤くなった目元に唇を落とした。
「ええ。……ごめんね」
「でもねお姉様。なんだか、怖くないんです。お兄様が……くれたからかな?」
妹の言葉に、思わず笑ってしまう。
――ええ。
あの人なら……。
私たちが苦しまない薬を用意してくれているでしょう。
それを同時に、二人で口をつける。
とろり、とした液体が喉に流れ込んだ。
ああ、なんて甘くて苦い。
痺れるような、胸の奥を抉るようなこの味を、私はこの子にも与えてしまった。
せめて……すべて私一人だけで済めばよかったのに。
隣で、妹が咳き込んだ。
ああ、赤い。
赤い。
赤い。
私の視界も赤く染まる。
――私たちが、花よりも鮮烈にこの時代を飾りましょう。
その“真実の愛”を生々しく、真っ赤に染めて。
稚拙な愛よりも、もっとこの国に刻みつけてみせる。
ねぇ、お兄様。
私にはどんな“愛”が待っていたのかしら?
ふふふ。
……なんてね。
王女の私なんて、一度も期待もしなかったのに。
あら、それは言いすぎね。
幼い頃は騎士様と結ばれたいと思っていたわ。
――女の子は素敵ね。
轟音と共に、扉が破られた。
もう視界がぼやけ、耳鳴りが鳴り止まない。
私の目の前で、幼い妹に近づく人影が見えた。
やめて。
お願い。
まだ、十歳にも満たないの――。
綺麗なまま……。
このまま綺麗なままでいさせてあげて、お願いよ。
「フリージア王女……!ああぁ!」
どこからか、護衛騎士の声が聞こえた。
……ああ、思い出しちゃった。
私の初恋を。
できるなら、私も悍ましい姿で晒されたくないの……。
でも無理かしら――。
遠い日に胸へしまった彼の名前を、赤黒い塊とともに吐き出してしまった。
「エル……リ……」
遠くから、足音が近づいてくる。
彼に、一瞬でも綺麗なままの姿を覚えてもらいたかった。
そう、女の子だもの。
いつだって綺麗な姿で――。
そうして、先に逝った妹を踏みつけた足を払いのけようとして――息絶えた。
◇◇◇
フリージア王女。
そして、彼女の亡骸を片腕に抱き、最期まで剣を振るった護衛騎士エルリック。
二人の叶わなかった恋は、数百年を経た今なお語り継がれる、悲恋の代表作である。
◇◇◇
――数百年後――
「ねえ、赤いフリージアの花言葉を知ってる?」
「うーん……情熱とか?」
「純潔だって……。やっぱり君にぴったりだ。結婚してくれる?」
浅黒い、タコだらけの手から花を渡される。
そんな予感はしていたけれど。
差し出された赤い花束を受け取り、彼女は笑った。
フリージアは、繊細な花ではない。
こういう時は薔薇が合うのに――。
だが、だからこそ“王女フリージア”は古典として残ったのかもしれない。
「古臭いプロポーズだけど、気に入ったわ!明日、うちの開店前に……パパに挨拶してくれる?」
「ああ、もちろん……!」
フリージア。
花言葉を調べました。一つも自由がありませんでした。




