第四話 小さな恋の物語withKYモンスター
「なんで、クルーガーは、聖女のお世話係を断ったの?」
特に興味はなかったが、突然トワレの自宅兼店舗に来たクルーガーに、世間話の一環としてリベルタは声を掛けた。
まだ、商品の並んでいない店は、ガランとしており、来客用のテーブルと椅子だけが、ポツンと置かれている。
そこに、クルーガーが持ってきた手土産を広げ、三人はお茶を飲んでいた。
「あ?あぁ、俺、研究忙しいし、他人の面倒とか見るの、苦手だろ?」
「確かに、自分の面倒もまともに見れない方に、他人の面倒は見れませんね」
口調は丁寧だが、トワレの言葉は、的を射すぎて反論の余地がない。
実は、クルーガーは、リベルタと同じタイプの人間だ。
研究など興味のあることには熱心だが、一般常識がない。
この前は、一般教養科目を落としかけて、留年の危機に陥っていた。
テスト前に、トワレの丁寧に書かれたまとめノートを借りられていなければ、今頃、卒業を危ぶまれていたことだろう。
「なんで、お前は、一々言葉に棘があるかな」
新入生の時に告白してくれた女子達の顔も覚えていないクルーガー。
その中の一人であったトワレが、軽くあしらわれたことを根に持っているとは思いもしない。
「別に………そこまで強く言っているつもりはありません。私が、可愛げがないだけなので、お気になさらず」
正直、傷付いた乙女心は、そう簡単に治るものではない。
身近に接するようになり、彼が、告白した自分の事を覚えていないことも理解できたが、気持ちの整理は、まだつきそうにない。
しかも、
「可愛げがないなんて、誰かに言われたのか?名前を言え。俺が、成敗してやる」
なんて言葉を、ホイホイ掛けてくるものだから、再び恋に落ちそうで怖いのだ。
「んー、このマカロン美味しいねー」
こんな時、空気を読まないリベルタの存在が、どれだけありがたいことか。
「コレも、美味しいわよ」
手元にあったクッキーをリベルタの方に押し、トワレは、クルーガーとの会話に終止符を打った。
「んー、本当、ほっぺ落ちるー。クルーガー、ありがとう!で、なんで来たの?」
リベルタの単刀直入な物言いに、
「き、来ちゃ悪いのかよ。いきなりお前らが寮から出たって聞いたから心配してやったのに……」
とクルーガーは、不貞腐れた顔をする。
相談が無かったことを、多少なりともショックに思っているのだ。
「そうなんだ。そんなに、トワレが心配だったなら、心配したよって言えばいいのに」
ズバッと核心をついたリベルタの言葉に、クルーガーだけでなくトワレまでが顔を真っ赤にする。
「このお菓子だって、全部、トワレの好きなやつばっかりだし。お相伴にあずかれて、私はラッキーだけど、このマカロン、多分2時間は並んだでしょ?」
『空気を読まない』リベルタに助けられたと思っていたトワレは、分かっていなかった。
転生喪女の空気を読まない加減が、『人外並み』だということを。
「トワレだって、嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに。前に貰ったクッキーに付いてたリボン、大事に保管してるくせに」
「あっ、あれは、別にクルーガー様が下さったから取っておいたんじゃないから!可愛いから残しておいたの!」
必死に言い訳しながら、トワレは、泣きそうになった。
抑えていた恋心を、この『空気を読まないモンスター』は、お手玉のようにクルクルと両手で空中に放り上げる。
「じゃあ、前貰ったジュースを分けてくれなかったのは、なんで?」
「リベルタの分は、リベルタが飲んだでしょ!私の分まで、取らないで!」
「他の人がくれたやつは、そんなことを言わないじゃん」
「もーーーーー!リベルタ、黙って!」
リベルタの口を押さえたトワレは、涙目でクルーガーを見た。
「クルーガー様、リベルタのいった事は、気にしないで下さい」
折角3人で楽しく研究をしているのに、自分の感情で、この心地よい関係を滅茶苦茶にしたくない。
一代限りの男爵家の一人娘と侯爵家の三男が結ばれる未来などないのだ。
恋に恋していた十二歳とは違う。
十八にもなれば、周りには、結婚して学校を辞めた者もいる。
現実を知ったトワレは、恋をすることを諦めようとしていた。
「ごめん……」
クルーガーの発した一言が、トワレの心を凍らせていく。
「いえ……こちらこそ、(好きになって)ごめんなさい」
言葉には出来ない思いが、涙となってこぼれる。
その雫を、クルーガーのハンカチが拭った。
「こういう事は、男から言うべきだった。トワレ・シュクセ嬢、将来を前提としてお付き合い頂けないだろうか?」
思いもよらないクルーガーの言葉に、トワレは、息と涙を止めた。
見開かれた瞳が捉えたのは、恥ずかしげに微笑むクルーガーの優しい顔だった。
ハァ
トワレの口から小さな吐息が漏れた。
安堵と嬉しさと困惑が混ざり合い、言葉が何も出てこない。
それを拒否と取ったのか、クルーガーは、慌てて、
「俺には、継ぐ爵位がない。だが、己の実力で稼いで、決して苦労はさせないと誓う」
と早口でまくし立てた。
前世から数えて百年以上生きる彼にとって、女性に愛を乞うのは初めてのことなのだ。
これでは、お付き合いではなく、婚姻の申し込みではないか。
そんな真摯な申し出に、トワレも弾かれたように、
「そ、そんな!私こそ、バンバン稼いで、クルーガー様に苦労などさせません」
と叫んだ。
「それは、オッケーを貰えたということでいいんだよな?」
「あ………は、はぃ……」
恥ずかしげに俯くトワレを抱きしめるクルーガー。
窓から射す陽の光に照らされ、スポットライトを浴びたような煌めきがそこにあった。
その横で、
「ねー、チョコの箱も開けていい?」
『空気を読まないモンスター』は、ゴーイングマイウェーを貫いていた。




