「氷」
迷走引き続き。
大学に来てくださっているプロの先生に、プロとして食っていきたいなら三人称主人公視点の方が良いよ。とアドバイスをもらったから三人称で頑張ってみた。迷走していたのもその先生の講義で人生初の三人称主人公視点を書いたのがおそらく原因。成長痛ですね。
耳は雪の重みで押し潰されたような無音に包まれ、雪が重なり、軋む鈍い音が布で何重にも巻かれたようにこもって聞こえた。指先に触れる風は刃物の縁ほど薄く鋭く、頬に触れれば皮膚が紙片のように削がれそうだった。
広田は深々と積もった雪を踏みしめ、固まりきった雪の地面から足を引き抜きながら、一歩また一歩と進んでいた。雪は積もり続け、地表はいまやデパートの四階とほぼ同じ高さになっていた。それでも季節は夏であった。
「やっぱり外はいいね」
広田は薄く黒ずんだ曇天を見上げながら、小さく呟いた。曇り空の向こうには陽の光がかすかに滲み、灰色の中に残されたわずかな明るさが、広田には奇妙に美しく見えていた。
「何がいいものか。寒く冷え込んで太陽だっていつまで経っても出てこない。安全な分、地下の方がまだマシだ」
新田は吐く息を白く散らしながら、投げ捨てるように言った。
「そう言うなよ。こんなにも綺麗なんだ」
広田は努めて明るくそのように返す。そのように返すが、新田は全く以って興味なさげに不機嫌そうな声色で、そうかい、とだけ返して厚手のジャンパーのポケットに手を突っ込んで、広田を置いて先へ先へと歩いていった。背をすぼめて進む後ろ姿は、寒さに耐える獣のように細く、どこか頑なだった。
広田は新田のそんな真面目で堅苦しい性格を気に入ってはいたがこちらがこれほど気分を上げようとしているのだから、少しくらい歩調を合わせてくれてもよいのに、という思いが胸の奥で小さく燻っていた。
早足で追いかけようとするが、この世界がこのような姿になってから広田にとって初めての地上だった。雪下の固い雪は滑りやすく、踏み込めばすぐに足裏が横へ流れる。広田は何度も姿勢を立て直しながら新田を追ったが、二人の距離はじわじわと開いていくばかりだった。
これほどまでに寒いというのに、今が一日の中で最も暖かい時間帯だと言う。広田も新田も未だ手袋すら持っていなかった。外に出る機会がなかったこともあるが、買えるだけの金がなかった。今だってこうして地上に残る物資を地下に持ち帰って金に換えるなんて泥棒まがいの事をしている。地下に逃げ込むときにたくさんあったはずの衣服はすべて富裕層に管理された。世界の姿は変わっても、支配者層の為すことだけは決まって変わらない。供給を絞って価格を吊り上げて、困っている奴から順に金を巻き上げる。助け合おうだの支え合おうだのという言葉が、雪を掌で握ったときの様にすぐに崩れて消える薄っぺらなものだと思うと、笑えてくる。
風が変わり、粉雪がちらつき始めた。新田との距離は相変わらず開いたままだった。広田はその雪を見た瞬間、胸の奥がきゅっと縮まるのを感じた。雪が落ちてくる軌跡が目に入るだけで、鼓動がひどく跳ね、肺が自分のものではないように狭まっていく。以前、怪獣に遭遇したときと全く同じ息の止まり方が体の内側に戻ってきた。膝から力が抜け、支えを失った人形のようにへたりと座りこむと、そこから先はもう、体がまったく言うことを聞いてくれなかった。
展開
・雪が激しくなる前に建物内に入ろうと、腰が抜けてしまった広田の手を取って新田はデパートの方へと向かう。
・新田の手がひどく冷たいことに気が付いた広田は低体温になっているのではないかと新田を問い詰めた。どうして自分に言わなかったのか。すぐに帰還すればよかったのに、と憤るが新田の考えも分かるため、広田は何も言えなかった。
・物を燃やして寒さをしのぎ、地下に帰還する。
設定
・地表には突如として現れた怪物がいて、その怪獣の近くでは雪が降る。
・その怪獣が世界に現れて間もない頃に、広田は怪獣と遭遇している。
・新田は低体温になりやすい病にかかっており、現在も体が冷えてしまっていた。明日生きる金もままならないため、すぐに帰還することも出来ず、最低限金になるものを取ったら早々に地下に帰還しようとしていた。体温が下がってきているということを広田に気が付かれたくないという思いと自身の体調の悪化から焦りが生じ、広田を置いて行ってしまうほどに早々と歩いていた。




