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職場恋愛  作者: HRK
第一章
2/2

2.

side 結


 「あなた新人?説明の仕方が支離滅裂で何を言っているのか全く分からないんだけど!?」


 とある日の仕事中。近くにいたというだけで担当でも何でもない私に電子レンジの使い方を聞いてきたおばさんがヒステリックな声を上げた。

 首に下げた名札を見ていただければ担当外であることは一目瞭然。怒られる筋合いはない。


 「申し訳ございません。普段はエアコンを担当しているので、」

 「言い訳なんて聞きたくないわよ!分からないなら分かる人を連れて来たら良いだけのことでしょう!?頭を使って考えなさいよ!」


 私が言い終わるよりも先に、どうしても自分の意見を主張したいらしい。担当外なのに考えてくれてありがとうの気持ちはないんですか?こちとら、入社二か月で絶賛頑張っているというのに。

 入社してからというもの、褒められるどころか毎日のように怒られ続けている。今日もなんてことない、つまらない一日だ。

 人を呼べと言うので、仕方なく店舗の事務所へ走った。この場合、怒られるべきは、担当フロアから離れているレンジ担当者であるはず。むしろ私には感謝してほしいのだけど。

 事務所めがけて走っている最中に誰かとぶつかった。とっさに謝ったけれど、相手が悪かった。

 「荒木!前にも言ったよね?店舗内では走るなって。お客様がたくさんいる場所なの。ぶつかって怪我でもさせたらどうするつもり?あんた責任取れんの?」

 「あ、あの、ごめんなさい。わざとじゃないんです。急いでて」

 「あんたの事情なんかどうでもいい!ここではお客様第一で動かないといけないの。お客様のための場所であんたが走って良い理由なんて一つもないんだよ」

 ベテランと言われる岩木さんには特に毎日必ず怒られている。正直面倒くさい。正論かもしれないけど、少しくらい寄り添ってくれても良くない?私が急いでるのはお客様に急かされてるからなんですけど。

 「本当にすいません。でも、急いでるので」

 強引に切り抜けて事務所まで早足で歩いた。


 大急ぎで従業員階段を駆け上がり、グレー調の重たいドアをノックした。

 「失礼します。お客さんが困ってて、対応してほしいんですけど」

 エブリデイ不機嫌な上司となるべく目を合わせないように、姿勢を低くして依頼する。早く来てもらわないと、お客さんがもっと怒るんじゃないかとつい早口になってしまった。

 「は?お前、どこから来た?」

 家電フロアのマネージャー、國分さんがこちらに近付く足音で寿命が縮まりそう。

 「えっと…七階…」

 「お前の腰に付けてるもんは飾りか!?」

 私の言葉を遮って大きな声を出す。これだから嫌なんだ。大きな声じゃなくても聞こえる。もっと優しく言ってくれても伝わる。どうして毎回、そんなに怒鳴るの。

 腰から耳にかけて装着しているインカムで呼んでくれたらいいのにって、それだけ言えばいいのに、人は誰しもミスやど忘れすることくらいあるでしょ。

 「インカム付けて走り回ったのか。アホか。ちょっとは考えろよクソが」

 大きな声で罵倒されて本当に不快。怒鳴る暇があるなら早くお客さんのところに行ってよ。

 「で、時間を無駄にしてまで伝えたかったことはなんだ」

 嘲笑しながら煽る。

 「電子レンジの使い方が分からないって説明求められて、代わりの人を呼んで来いって」

 「あのさ、お前。どこまでアホなわけ」

 溜息交じりに笑われ不快だ。

 「レンジの説明ができる社員は俺しかいないとでも?七階にはレンジ担当の社員もいるし、お前の同期にだってレンジが得意な奴がいるだろうよ。脳みそ詰まってないのか?本当に大学卒業してんのかよ。頭悪すぎて話にならねぇ」

 「えっと、じゃあ、戻ります」

 なんでそんな言い方しかできないんだろう。頭が良いか悪いかなんてまだ分からないでしょ。二か月しか働いてないんだから。

 「お前はもう帰れ。邪魔」

 手で払われてイラっとする。

 「國分だ。レンジ担当取れるか」

 國分さん専用の放送用インカムマイクでレンジ担当者に呼びかけ、ちゃんと私のイヤホンにも返答が聞こえた。

 『逢坂です。レンジ担当の安井さんがお客様対応で離れているので僕で良ければ』

 インカムに応答した逢坂さんは國分さんの大のお気に入りだ。

 「おう、ちょうどいい。レンジフロアに荒木を待っているお客様がいると思うから、対応を引き継いでほしい。荒木は帰らせるから二人分動いてくれ」

 『かしこまりました』

 え、まじで帰るの?まだ午前ですけど。

 「邪魔だ。消えろ」

 強引にドアを閉められ、仕方なくロッカールームへ向かった。


 休憩室と一体化しているロッカールームでは、休憩中の会話が丸聞こえだ。

 私の後で入ってきた飯島さんと島田さんが、私がいると知らずに普通のテンションで陰口を言っている。

 「荒木さん無理かもねー。いつも逢坂くんが代わってあげてるけどさすがに限度超えてない?」

 「逢坂なんで別に良いっしょ。俺に振られたら嫌だけど」

 「誰だって嫌じゃない?二倍働いても給料変わらないんだよ」

 「逢坂は、イエスマンなんで」

 「かわいそー」

 毎日怒られてる私の方こそ可哀相なんですけど。

 それに比べて、逢坂さんは國分さんを含むみんなから好かれていて働きやすいことこの上ないでしょ。ちょっと顔がいいからってアイドルみたいにキャーキャー騒がれてさ。公私混同しないでほしいんだけど。


 翌日、通常通り出勤すると、周りの視線がいやに刺さった。

 普段、休憩室にいるはずのない國分さんに睨まれたかと思ったら、喫煙室に来いとお呼び出し。私を待っていたのね、悪趣味。出勤時間に間に合わなかったら國分さんのせいだって言うからね。

 ビルの地下にある喫煙所のドアが閉まるや否や、煙草に火をつけ一息吐いた。

 「辞めたら?」

 今更驚きはしないけれどさすがにイラっとする。毎日どんな思いで出勤してるか分かってんのか、このクソジジイ。

 「昨日、逢坂は二時間残業してんだよな。誰かさんのせいで」

 帰れって言ったのそっちじゃん。

 「過労死が問題になってるこのご時世にさ、逢坂一人に負担かけたくないんだわ」

 お気に入りの逢坂さんが倒れちゃったら悲しいですもんね。でも私は残業してくださいなんて頼んでないですし、そもそも帰りたいとも言ってませんから。残業してるのは逢坂さんだけじゃないし、逢坂さんを特別扱いしているようにしか見えないですよ。

 「成長する気のないポンコツのために逢坂を使うのはすげー嫌なんだわ」

 たった二か月で何が変わるっていうの?そちらの教育力の問題もあるんじゃないんですか?

 「さっさと転職してくれ。その方がみんなのためにも、自分のためにもなる」

 一本吸い終えて満足したのか、私を置いて喫煙所から出て行ってしまった。

 なんでもっとこう、優しく、手取り足取り教えてくれないの。新人なんだよ。

 毎日堪えていた悔しさが込み上げてきて、涙が溢れた。

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