第三十話:王宮内の変化と夜の書庫
模擬戦でのティオの勝利は、王宮内に激震をもたらした。
第二王子レオンは、公の場で第三王子の護衛獣の立場を王家として正式に認めることを余儀なくされた。ティオはこれにより、王宮内のいかなる騎士の干渉も受けない特別な地位を得た。
(権力って、面倒だけどわかりやすいな。力を見せれば、黙らせられるんだ)
俺を抱きかかえたスノウの周りの空気は、明らかに変わっていた。以前は「政治的な弱者」として見られていたスノウに対し、騎士たちの視線は警戒と僅かな畏怖に変わった。
「ティオ。お前の力の示し方は、私が予想していた以上に完璧だったよ」
スノウは自室に戻るなり、静かにそう言った。彼の冷徹な仮面の奥に、心からの安堵と温かい感情が見えた。
『——やったね、スノウ!俺、強くなったでしょ?これで、誰もスノウをバカにできない!』
俺は、仔狼の小さな体でスノウの頬を擦った。勝利を共有したことで、俺たちの間の『孤独な同志』としての絆が、さらに深まった。
しかし、緊張が解けたわけではなかった。
「レオン兄上は、今やお前を、私以上に厄介な存在と見なしているはずだ。特に閉鎖書庫へのお前の出入りは、最も警戒するだろう」
スノウは、執務室の窓を閉ざし、俺に念話で語りかけた。
「昼間の書庫での情報収集は、今日で終わりだ。監視の目が厳しくなりすぎた」
『——ええーっ、困るよ!俺、まだ「人間の姿に戻る術」の最後のピースを見つけてないのに!』
最後のピースとは、高位魔獣の核を、生命力の触媒として体内に取り込む方法だ。
「心配するな、ティオ。だからこそ、今夜だ」
スノウは、古びた真鍮の鍵を指先で弄んだ。
「夜の王宮は、最も警戒されているが、最も自由になる時間でもある。今夜、二人きりで閉鎖書庫に潜入する。そして、お前が残りの情報を手に入れるんだ」
深夜。俺とスノウは、月の光だけを頼りに、王宮の長い廊下を音もなく進んだ。スノウは、魔力的な気配を完全に消しており、その冷静さは夜の王宮では最強の武器だった。
『——スノウ、緊張するね……!まるで、秘密の冒険みたい!』
『——ああ、秘密の冒険だな。だが、足音を立てるなよ。この王宮の壁には、レオン兄上の耳がついている』
閉鎖書庫に入ると、スノウは扉に簡単な魔術的防音の処置を施し、俺を解放した。
俺は、再び書架の間を駆け巡り、解析鑑定を発動させる。目的は、『高位魔獣の核』を無害に統合し、【細胞活性】の力を恒久的に強化する方法だ。
そして、俺の鑑定が、一冊の分厚い書物に集中した。
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鑑定対象:『古の秘法:融合と変化の儀』
概要:魂の根源に生命力を統合し、種の壁を越える術。成功すれば変化を遂げるが、失敗すれば魔物と化す。
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(これだ……!命懸けだけど、これしかない!)
『——スノウ!見つけたよ!これ、「魂の根源」に関わる、すっごく危ない秘法みたい!』
スノウは、俺の念話を聞き、静かに振り返った。その銀灰色の瞳は、夜の闇の中でも優しさを帯びていた。
「魂の根源か……。お前の目指す『完全な変化』には、そこまで深く踏み込む必要があったんだな」
スノウは、躊躇を見せることなく、俺が鑑定した秘法のページを開いた。
「ティオ。この儀式には、術者の命を預かる者が必要なんだ。術の成功には、お前の『人間になりたいという強い願い』を魔力的に固定し、魂の揺らぎを支える役目が必要になる」
彼は、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「もし心に迷いがあれば、お前は理性を失った魔物になる。お前の魂と命の重みを、私に託せるかい?」
『——スノウ……!』
俺は、迷うことなく頷いた。この孤独な青年の知性と信頼こそが、俺が人間になるための最後の光だと確信していたからだ。
『——託すよ、スノウ。俺の命、全部スノウに預ける!だから、絶対、俺が人間になるのを助けてね!』
スノウは、柔らかく微笑んだ。それは、王族の仮面を脱ぎ捨てた、親愛の情に満ちた笑みだった。
「わかった。ティオ。私も、お前が人間としてこの世界を起点にする姿を見たいよ。次の満月の夜、この書庫でお前の『変化の儀』を行う」
俺たちの秘密の協力体制は、ついに最大の賭けへと進むことになった。
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