第二十八話:魔力制御の極致と、王宮の日常
王宮に落ち着いてから、俺は閉鎖書庫での情報収集と、魔力制御訓練の二つの生活を始めた。
書庫でスノウが政務に集中する間、俺はひたすら『魔力の糸』を紡ぐ練習を続けた。コップを一ミリ浮かせる訓練は、既に完璧にこなせるようになっていた。
『——スノウ、今度はコップの中の水を浮かせる練習をしていい?』
俺は、念話で新たな訓練の提案をした。
スノウは書類から目を離さずに答える。
「いいだろう。ただし、一滴も外に零すな。水は魔力との親和性が高いが、液体の操作は、お前の魔力制御が次のステージに移行できるかの試金石だ」
俺は集中した。仔狼の小さな体に似合わないほどの高度な精密操作が要求される。コップの水を、内部の魔力だけで球状に持ち上げ、水滴一つこぼさず再びコップに戻す。
この訓練は困難を極めたが、【細胞活性】の習得で高まった集中力と生命力が、俺を支えた。
(この感覚だ。細胞を再構築するには、この水の粒を扱うように、魔力を繊細に扱わなきゃいけない)
訓練のおかげで、俺の魔力制御は限界を打ち破りつつあった。
スノウの執務室での日常は、静かで、しかし温かいものだった。彼は、政務に追われながらも、必ず俺の食事(新鮮な肉と水)を用意させ、時折、俺の頭を撫でた。
『——スノウ、ねぇ、今日の騎士たちの書類に、「嘆きの森」って書いてあったけど、また誰か森で襲われたの?』
俺は、解析鑑定で彼の机上の書類の単語を読み取り、無邪気な質問を装って情報を引き出す。
スノウは、一瞬ペンを止め、ため息をついた。
「あれは、第二王子の騎士団が、トロールの件で調査団を派遣した記録だ。彼らは、『魔獣の残骸』と『騎士の遺体』が不自然に少ないことを不審がっている。お前がトロールの魔獣核を持ち去ったことが、彼らの計算を狂わせた」
スノウは、俺の能力を情報戦に使っていることを理解していた。
「お前は魔獣でありながら、私にとって最も頼りになる情報源だ、ティオ…。まるで、神話の英雄ティオルドそのものだな…。」
彼はそう言って、孤独な微笑みを浮かべた。俺たちの間の信頼関係は、王宮の冷たい空気の中で、着実に深まっていた。
しかし、そんな日常も長くは続かなかった。
数日後、俺とスノウが執務室にいる時、部屋の扉が乱暴に開かれた。入ってきたのは、騎士団長ではなく、第二王子レオン本人だった。
「やあ、スノウ。無事だったか。心配したぞ」
レオン王子の顔には偽善的な笑顔が張り付いているが、俺の解析鑑定は、その裏にある冷たい敵意を正確に読み取っていた。
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対象:第二王子レオン(男性)
思考:なぜスノウは生きている?この汚い狼を始末しなければ
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レオンは俺を一瞥し、侮蔑的な口調で言った。
「その汚い狼が、お前の『護衛獣』というやつか。まさか、そんな獣に命を救われてよく分からん役職もつけるとはな。第三王子の権威も地に落ちたものだ!」
スノウは立ち上がり、冷徹な視線を向けた。
「レオン兄上。彼が私の命の恩人であることは、変わりません。王宮内の治安維持は、兄上の騎士団の責務ではなかったのですか?」
「責務」という言葉に、レオンの表情がわずかに硬直した。
レオンはすぐに笑顔を取り戻し、巧妙な罠を仕掛けた。
「そうだな。では、その『護衛獣』が王宮の安全に本当に貢献できるのか、試させてもらおう。明朝、王宮の訓練場で、騎士団の精鋭と模擬戦を行ってもらう。勝てれば、ティオの立場を私が王家として正式に認める」
(模擬戦?騎士団の精鋭と、Lv. 6の俺が?これは、明らかに俺を「事故」に見せかけて始末するつもりだ!)
Lv. 9の騎士団長と同じLv. 9の騎士もいるだろう。しかし、拒否すれば俺の立場は崩壊し、スノウの権威も失墜する。
スノウは、一瞬躊躇したようだが、すぐにレオンに向かって頷いた。
「わかりました、兄上。ティオは、あなたの提示した『実戦の機会』を、喜んで受けます」
レオンは、満足そうに笑い、部屋を後にした。
俺は、即座にスノウに念話を送った。
『——スノウ!何考えてるの!?あれ、俺を始末する罠だよ!』
スノウは、俺を抱き上げ、琥珀色の瞳を静かに見つめた。
「罠だとわかっている。だが、拒否すれば、彼らは別の方法で必ずお前を始末する。王宮で生き残るには、圧倒的な力を示すしかない」
彼の瞳には、「俺への絶対的な信頼」が宿っていた。
「ティオ。お前の魔力制御と【細胞活性】の訓練の成果を、見せるときだ。お前ならできる。英雄ティオルドの力を皆に示すときだ」
俺の目の前に、騎士団精鋭という、絶望的な壁が立ちはだかった。
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