第二十五話:王都の門と、魔力制御の訓練
スノウとの契約から二日後。俺とスノウを乗せた馬車は、ついに王都アークライトの巨大な城門をくぐろうとしていた。王都の規模は、交易街とは比べ物にならない。石造りの城壁は天を突き、活気あふれる人々の波が押し寄せてくる。
俺は仔狼の姿のまま、馬車の中でスノウの足元にいた。
『——ねぇ、スノウ。なんで俺のこと、「ティオ」って呼ぶことにしたの?瞳の色だけじゃなくて、スノウにとってすごく大事な理由があるんでしょ?』
俺は彼の孤独な本質に触れることで、真意を引き出そうとした。
スノウは窓から差し込む光を浴びながら、銀灰色の瞳を細めた。
「ティオ。お前の瞳の色は、確かに美しい琥珀色だ。だが、それだけではない」
スノウは視線を俺に戻した。
「琥珀色は、我々が信仰する『光の神話』において、『遥か古の時代』に『世界を救った唯一の英雄』が持っていた色とされている」
「その英雄の名は『ティオルド』。困難な時代に、知識と異質な力をもって混沌を鎮めたとされる。その名前の響きを短くしたのが、『ティオ』だ」
スノウは、静かに続けた。
「そして、私はお前の琥珀色の瞳の中に、希望を見た。お前が持つ異質な才能、そして人間になるという途方もない目標が、私の孤独な運命と、この淀んだ王宮に、新たな光をもたらすのではないかと……。これは、私の個人的な願いだ」
『——「世界を救った英雄」の名前かぁ。なんだか、プレッシャーだな、スノウ!でも、スノウの大事な願いなんだね。ティオ、気に入ったよ』
「そうか。その『英雄』の力、存分に私に見せてもらおう」
「王都は、魔獣よりも人間の方が遥かに危険だ。特に王宮はな。お前はただの『護衛獣』として振る舞え。決して、騎士団の誰とも念話で会話するな」
『——了解!スノウだけの秘密の護衛獣ってことだね!』
門をくぐる際、衛兵たちは横転した馬車の修理跡を見て、わずかにざわついたが、スノウの冷徹な表情と、倒れた騎士たちの制服を見て、すぐに敬礼し門を開けた。
王都の喧騒の中を進む馬車の中で、俺は早速、報酬として要求した「強くなる機会」を求めた。
『——スノウ、俺が人間になるための「姿を変える術」を習得するには、魔力制御が鍵なんだって。何か、スノウの知恵で、俺が強くなるための訓練方法はないかな?』
スノウは、馬車の揺れに身を任せながら答えた。
「魔力制御か。トロールとの戦いを見た限り、お前の魔力放出は原始的すぎる。水を岩に変えるような、精密さが欠けている。その訓練には、王宮の書庫にある『古代の魔術書』や、『錬金術の記録』が役立つかもしれないが、今は物理的に無理だ」
『——ええー、そっかぁ』
「だが、この馬車の中でも、できることはある」
スノウは、馬車の片隅に置かれていた、水差しと小さなコップを指差した。
「お前の体から魔力を放出し、このコップの縁を少しでも浮かせてみろ。コップを揺らすな。水も溢れさせるな。それが、魔力制御の基礎だ」
俺は、スノウの指示に従い、挑戦を始めた。
俺の魔力は、絞り込んだはずなのに制御しきれず、コップ全体をガタンと大きく揺らしてしまった。中の水が馬車の床にこぼれる。
『——うわっ!ごめん、スノウ!』
「謝るな。魔獣の力は、『破壊』に特化している。お前の放出する魔力は、重い鉄槌だ。精密な針ではない。そのコップを浮かせるには、微細な魔力の糸が必要だ」
俺は集中力を極限まで高め、まるで透明な糸を紡ぐように魔力を放出した。額には汗が滲む。
数度の失敗の末、コップの縁がわずかに、振動もなく一ミリ浮いた。
『——できた!スノウ、見て!』
「悪くない。だが、持続しなければ意味がない。王宮に着くまで、そのコップを浮かせておけ。それがお前の最初の実戦訓練だ」
王都の中心部に近づくにつれて、馬車の周りの空気は冷たさと緊張感を増していった。王宮の門前では、鎧に身を包んだ騎士たちが厳重な警備を敷いている。
俺の解析鑑定が門番の騎士の一人に対し、不穏な情報を検出した。
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対象:王宮門番(男性)
思考:第二王子殿下から、第三王子の動向を監視するよう命じられている。
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(第二王子の手は、もうこんなところまで伸びている!)
俺は、コップを浮かせる訓練を中断し、仔狼の小さな体に魔力を集中させ、周囲の気配を警戒した。
馬車は、重々しい王宮の門をくぐり抜けた。
「ようこそ、王城へ、ティオ。ここからが、本当の『強くなるための実戦』だ」
スノウの言葉には、王宮の闇に立ち向かう覚悟が滲んでいた。俺の新たな戦場は、人間と権力が渦巻く、この王城で始まる。
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