第二十三話:再鍛錬の決意
風邪でダウンしていた分、長めの投稿です!
俺は、魔道具店の店主から得た絶望的な真実と、「姿を変える術」への決意を胸に、ある決断を下した。街の外れ、人目を避けた川沿いの茂みの中。朝の冷たい空気が、俺の若狼の毛皮を湿らせていた。
『——ミィナ、ここからは一人で行動する。君は、里に帰ってほしい』
俺は、仔狼の姿でミィナの足元に座り込み、目を合わせた。ミィナは、金貨の入った小さな革袋を両手で強く握りしめている。
「太一……。どうして?せっかく金貨も手に入ったのに、これから一緒に情報集めをするんじゃなかったの?」
ミィナの声には、わずかな裏切りと、それ以上の不安が滲んでいた。俺は、彼女の目をまっすぐに見つめ、念話に感情を込めた。
『——俺が目指す「人間の姿に戻ること」は、簡単な道のりじゃない。あの渡り人ができなかったことを、俺はやらなきゃいけないんだ。そのためには、この街で本や情報を探すよりも、嘆きの森で実戦を通じて、魔力制御を極限まで鍛え直す方がいいと思ったんだ』
俺は、ミィナを巻き込むわけにはいかなかった。彼女は、まだ十歳の少女だ。この街で俺の正体が露見すれば、彼女は魔獣の手先として見られ、その命すら危うくなる。
『——君の優しさは、俺の足枷になってしまう。君は、里に戻ってリゼちゃんのそばにいるべきだ。俺は、もう一人で大丈夫だから』
ミィナは、何も言い返せずに、ただ涙を浮かべていた。彼女は、静かに俺の仔狼の頭を撫でた。その小さな手の温もりが、俺の獣の体に深く染み込む。
「……足枷なんかじゃないわ。私は、あなたが魔獣なんかじゃないって知ってる。命の恩人だもの。あなたの人としての目的を知っている、たった一人の人間なのに……」
ミィナの言葉は、俺の最も弱い部分を突いた。俺がこの世界で、「人間」として扱われた、最初で唯一の存在がミィナだった。
(俺は、この子の存在に甘えていたのかもしれない。しかし、彼女を守るには、一度距離を置くしかない)
『——ミィナ、俺たちは必ず再会する。俺が人間の姿を取り戻したとき、まず最初に君に会いに行く。そのために、君は里で安全にリゼちゃんと暮らしてほしいんだ』
俺は金貨の入った革袋を指差した。
『——金貨は君が持って里に帰り、リゼちゃんのために使ってくれ。栄養のある食べ物を探すんだ。それは、君と俺の「再会のための投資」だ』
ミィナは革袋をぎゅっと胸に抱きしめた。そして、決心したように俺を見つめ直した。
「わかったわ……。あなたがそこまで言うなら、私は里に帰る。でも、約束よ。必ず人間の姿に戻って私に会いに来てね?万が一…なれなかったとしても、私があなたが人間であることの証人になるわ!」
その言葉は、まるで誓約の魔術のように、俺の心に強く刻まれた。
『——ああ。必ずだ』
俺は、仔狼の小さな体を立ち上がらせた。
俺は、ミィナに背を向け、嘆きの森へと続く街道を目指して歩き始める。数歩進んだところで、振り返る衝動を必死に抑えた。ミィナのすすり泣く声が、まだ聞こえている。
(この孤独が、俺を強くする。誰にも頼らず、ただひたすらに習得するしかない)
俺は、仔狼の姿のまま、街道の端を淡々と歩き続けた。魔力を制御し、若狼サイズに変形できるとはいえ、この姿では誰にも心を開くことはできない。元の世界の知識も、この異世界では通用しないことが証明された。頼れるのは解析鑑定とこの獣の体だけだ。
街道を数刻進んだ頃、森の奥から轟音と悲鳴が聞こえてきた。
(戦闘だ。それも、ただの魔獣の狩りではない…)
俺はすぐに街道から外れ、木々の影に身を潜めたまま、音のする方向へ向かった。俺の生存本能が、この戦闘に大きな意味があると告げていた。
道の奥、豪華な装飾が施された巨大な馬車が横転し、周囲には武装した護衛の騎士たちが倒れ伏している。
馬車を襲っているのは、全身が硬質な鱗で覆われたLv. 9のロック・トロールだ。
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対象:ロック・トロール(魔獣)
レベル:Lv.9
保有スキル:硬質化、岩砕き
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馬車の傍には、銀灰色の髪を持つ一人の青年が立たされていた。その顔は、生命の危機に晒されながらも、表情の冷静さを崩していない。
俺は彼を鑑定する。
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対象:スノウ・(エルンスト王国)第三王子(男性)
レベル:Lv.3
保有スキル:貴族の教養
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(Lv. 3。戦闘能力は皆無だが、この極限状態で表情を崩さない。すごい冷静さだな…)
ロック・トロールは、倒れた騎士の剣を蹴散らし、爪を剥き出しにしてスノウ王子に迫った。王子は逃げ惑うのではなく、その場に立ち尽くし、魔獣の動きを分析しようとしているかのように見えた。
「無駄だ。私の護衛騎士団は倒せても、この馬車そのものを破壊することはできない」
王子は一歩も動かず、冷静に魔獣を牽制する言動をとった。
しかし、魔獣は王子の言葉など理解しない。ロック・トロールは、巨大な前足を振り上げ、王子に襲いかかった。
(…くっ…。見捨てるわけにはいかないかっ!)
あと数秒で、魔物の爪が王子に届く。
俺は姿を現すことの危険性を瞬時に天秤にかけたが、先に体が動いてしまった。
俺は、若狼サイズへと一気に変形し、その咆哮をロック・トロールに叩きつけた。
「グアアアアア!」
ロック・トロールが、突然現れた俺に気を取られた一瞬の隙。
俺はやつの硬質な鱗の隙間を正確に見抜き、牙を突き立てていた。
俺は若狼の体全体に魔力制御【体表強化】を施し、ロック・トロールの硬質な鱗の「結合が最も弱い部分」へ向けて牙を叩き込んだ。
「グゥオァアアアア!」
魔獣の悲鳴が森に響き渡る。だが、トロールは俺を「小さき存在」と侮っている。振り向くと同時に、その巨大な腕を振り下ろしてきた。
(重い!硬い!)
俺は即座に解析鑑定を働かせ、魔獣の次の攻撃パターンを読む。魔獣は、硬質化を全身に巡らせているが、魔力供給が攻撃と防御の間で揺らいでいる瞬間がある。
「グルルルル!」
俺は地面を蹴り、トロールの脇腹の鱗がわずかに緩んだ瞬間に、再び牙を差し込んだ。鮮血が飛び散る。
その間、スノウ王子は一歩も動いていなかった。彼は、俺と魔獣の戦いを、まるで戦術書を読むかのように冷静に観察している。その目は、恐怖ではなく、分析の色を帯びていた。
(この男は本当にLv. 3なのか?この状況で、彼の思考は…)
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対象:スノウ王子
思考:この狼は、極めて効率的だ。何故、私を助ける?彼の魔獣としての「意図」を解析するんだ。
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「意図の解析」。俺の鑑定でも難しい領域に、彼は純粋な知力で迫ろうとしている。
俺は、全身の魔力を込めた一撃をトロールの眼窩に叩き込み、止めを刺した。巨大なトロールの体が轟音を立てて地面に崩れ落ちる。
俺は、若狼の姿のまま、倒れたトロールからゆっくりと離れた。油断はできない。俺の体は魔力の消耗と負傷で、限界に近い。
スノウ王子は、ゆっくりと俺に近づいてきた。彼の服には、かすり傷一つない。
「……見事だ。ロック・トロールを、その体格で仕留めるとは。お前は、ただの魔獣ではないな」
王子は、俺の若狼の目を見据え、その銀灰色の瞳には一切の感情の揺れがない。
「その動き、その効率性。そして、魔石を狙うでもなく、私の命だけを救ったという事。お前には『意図』がある。違うか?」
俺は彼の鋭い洞察力に戦慄した。この男は、俺の行動原理の奥底を見抜いている。
『——ご名答…。スノウ王子。あなたに取引がある。』
俺は彼に全てを賭けることを決意していた。
王子は、俺の念話を聞いても驚きを示さなかった。ただ、静かに頷いた。
「念話か。そして、私の地位を知っている。……興味深い。話を聞こう。その取引とは、私の命の対価か?」
『——対価というより、お互いのためです。俺があなたの護衛になるから、強くなる機会を与えてほしい!』
俺は、**「人間の姿に戻る」という最終目標のため、「強くなる機会」**という最も本質的な要求を突きつけた。
『——俺は、魔獣の「急所」や「魔力構造」を誰よりも正確に見抜くことができる。そして、あなたの『王族としての立場』は、非常に不安定に見えます。私を『護衛』として使えば、あなたは「命の安全」という強力な武器を手に入れることができる』
スノウ王子の瞳が、一瞬だけ鋭く光った。
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思考:強くなる機会を要求。報酬ではなく成長か。この狼は、私の不安定な立場を見抜いた上で、その能力を最大限に活かす場を求めている。
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彼の頭の中には、「孤独な理知」に裏打ちされた合理的判断が働いていた。
王子は、辺りを見回し、倒れた騎士たちを冷静に見やった後、俺に視線を戻した。
「わかった。私はお前を『護衛獣』として雇おう。報酬は『強くなるための機会』。具体的には、魔獣との実戦の機会と、私ができる範囲内での情報提供を約束しよう。名は?……いや、その琥珀色の瞳…『ティオ』と呼ばせてくれ。お前の最初の任務は、私を安全に王都へ送り届けることだ」
俺は、スノウ王子という巨大な権力を、「人間の姿を取り戻す」という目標のための足がかりとして手に入れた。王都への道が、俺の新たな戦場となる。
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