第二話:初めての狩り、そして知恵の勝利
(待って!俺、狼の姿になってるけど、狩りなんてやったことないよ!鹿なんて、デカすぎるだろ!無理無理、絶対逃げられる!)
理性は、眼前の獲物――若く、屈強な角の生えた雄鹿を前に、即座に「勝ち目なし」と判断した。飢餓の本能は突進を命じるが、自身の意識はそれをなんとか制御する。
「グルルル……(一旦ストップ!ストップ!)」
低いうなり声を上げながら森の茂みに身を潜めた。幸い、仔狼ほどの大きさのため、茂みに隠れるのは容易だった。雄鹿は、唸り声に一瞬警戒したが、その小さな姿を確認し、すぐに警戒を解いた。
(よし、セーフ。さすがにこのサイズで突っ込んでも、不器用なまま蹴り飛ばされて終わりだ。ここは、頭を使わないと)
太一は前世の動物ドキュメンタリーや、サバイバル番組で得た知識を必死に引っ張り出した。
(狼が群れで狩りをするのは、獲物を追い詰めるため。今は群れじゃない。なら、地の利を使え。鹿は警戒心が強いけど、水を飲む時は無防備になる!)
鋭い嗅覚が近くに流れる清流の水の匂いを捉えた。雄鹿から見えないように大きく迂回し、清流へと続く、鹿が通りそうな細い獣道を探した。
獣道は、湿った土でできている。その道の途中に、鹿の足が必ず引っかかるような、鋭い岩や木の根っこが隠れていないかを、念入りにチェックした。
(よし、ここだ。この木の根っこ、絶妙に土で隠れてて見えない。鹿の重さなら、絶対にバランスを崩す!)
木の根元の窪みに、自分の鋭い爪で土を掻き出し、罠を巧妙に強化した。彼の意識の中では、「キャンプで火を効率よく燃やすための穴掘り」と同じ感覚だった。
罠の準備が完了すると、風上からわざと大きな音を立てた。木の枝を尻尾で叩き、唸り声を上げる。
「ウオォオオオ!(こっちだぞ!)」
雄鹿はパニックに陥り、太一の唸り声が聞こえた方向とは逆の方向、すなわち清流へ続く獣道を、無我夢中で走り出した。
(来た!)
計画通り。雄鹿は、太一が仕掛けた木の根っこに大きく足を引っ掛け、鈍い音を立ててバランスを崩し、地面に転倒した。その瞬間、迷わず雄鹿の首筋に向けて、小さな体躯が持つ最大限の速度で飛びかかった。
「ガァアアアアアアアア!」
唸り声は、もはや恐怖ではなかった。それは、「生きる」という純粋な歓喜と、「俺でも頭を使えば勝てる!」という、人間的な達成感に満ちた叫びだった。
肉と骨を噛み砕く、残酷な音。そして、鉄錆と獣の熱が混ざり合った、生臭い血の味。
(やった!勝った!俺の知恵の勝利だ!)
達成感は一瞬で、すぐに激しい罪悪感が太一を襲った。彼は、自分が一匹の動物の命を奪ったという事実に、大きく狼の体を震わせた。
(俺は……本当に人間じゃなくなっちゃったんだ……)
その時、彼の体内に再び熱い奔流が駆け巡った。
【レベルアップ!】
体の疲労が回復し、毛並みが一層、密度の高い銀色に輝きを増した。
「力」を得た。しかし、その力は「人間性を失った」ことの証明のように感じられた。
勝利の証である獲物から顔を上げ、琥珀色の瞳を森の奥深くに向けた。
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