第十七話:恩義と誓い、そして水草の里へ
リゼの命の危機が去ってから、丸一日が過ぎた。
太一は、若狼サイズで川辺の茂みに身を潜めている。ミィナは、病み上がりのリゼを連れ、再び約束の場所にやってきた。
リゼの頬には血色が戻り、腹部の不自然な膨らみは消えていた。太一の解析鑑定が、その回復状態を確認する。
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名前:リゼ(3歳)
状態:回復期(極度の疲労と飢餓)
残存生命力:45%(緩やかな上昇傾向)
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ミィナは、太一の姿を見つけると駆け寄り、深く頭を下げた。
「太一……本当にありがとう。リゼは助かったわ」
太一は、静かに念話で答えた。
『——顔を上げてくれ。リゼちゃんが無事でよかった。君の勇気のおかげだ』
そして、昨日までの自分の態度を思い、続けた。
『——ごめん。昨日まで、君に強く言い過ぎた。君を信用していなかったわけじゃないんだ。時間がなかった。どうか許してほしい』
ミィナは、太一の謝罪に驚き、首を横に振った。
「そんな……。あなたがいてくれなかったら、リゼは死んでいたわ。私の命が続く限り、私はあなたの『味方』になる」
太一は、この世界で初めて得た人間からの心からの信頼を、静かに受け止めた。
太一は、岩陰に隠していたアイアン・ニードルから回収した素材を口にくわえ、ミィナに見せる。
『——ミィナ、これを鑑定するよ。これは魔力の高い貴重な「素材」だ。だが、この森で狩りをするだけでは、俺は効率よく成長できない』
太一は、次の行動を打ち明ける。
『——そこで、俺を君たちの「水草の里」に連れて行ってほしい。仔狼の姿でだ。』
太一は、即座に仔狼サイズに変形し、ミィナの足元に座り込んだ。
『——君の「仔犬」とでも言えば、誰も気にしないだろう。里で「情報」と「資金」を整えることが、この森の外へ出るための、最初の布石になる』
ミィナは、太一の提案に少し戸惑いを見せた。
「……わかったわ。交易街は人が多い分、危ない人もいるって話だけど、太一のためなら街まで連れていくわ!お金がないから工面する必要があるけど……」
ミィナが「お金がない」と口にしたことで、太一の計画は具体的になった。
『——すぐに里へ行こう。リゼちゃんは大丈夫かい?』
「ええ。もう熱は引いたわ。家に帰って寝かせてあげる。太一は?」
『——俺は仔狼の姿で君の足元を歩く。夜明けが完全に開ける前に、里に着きたい。そうすれば、不審に思われることも少ないはずだ』
仔狼の姿を最大限に利用する。
リゼを抱きかかえたミィナは、足元にいる太一を一瞥し、意を決したように歩き出した。
「いくわよ、太一。里までは少し距離があるわ」
太一は、ミィナの足元を、まるで彼女に懐いた本物の仔犬のように振る舞いながら歩き始めた。森の木々の間から、夜明け前の冷たい光が差し込み始める。
水草の里。それは、太一がこの異世界で、初めて踏み入れる人間社会の入り口となる。
人間へと戻るため。
己の知恵と力を最大限に活かすため。