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第十六話:湿地の死闘と、命の調合


 「青い苔」の自生地である森の西側、水が澱んだ湿地帯は、鉄の岩場とは異なる種類の、陰鬱な魔力に満ちていた。足を踏み入れるたびに、ぬかるんだ地面が不快な音を立てる。


『——ここからは、慎重に動け。この湿地の魔獣は、泥の中に潜んでいる』


 太一の解析鑑定は、周囲の魔獣を視覚的な情報として捉えるだけでなく、地盤の緩さや魔力の密度といった環境情報まで読み取っていた。


 ミィナは竹籠をしっかり握りしめ、リゼを落とさないように太一の後をついていく。彼女の足元は泥まみれになり、時折、体が沈みそうになるが、妹の命を想い、歯を食いしばる。


『——青い苔は、この辺りのはずだ。木々の根元、水が最も澱んだ場所を重点的に探せ』


 湿地帯の特有の悪臭が漂う中、ミィナは木の根元の苔を探す。太一は、若狼の体全体に魔力制御を施し、泥の中に潜む気配に注意を払う。


『——見つけたわ、太一!これよ!』


 ミィナが指差した先。木の根元、真っ黒な泥の上に、鮮やかな青緑色の苔が張り付いていた。太一が鑑定する。間違いなく「湿地帯の青い苔」だ。


『——素早く、少量だけ削り取れ。これは「麻痺毒」だ。皮膚に触れるな』


 ミィナが慎重に小刀で苔を削り始めた、その瞬間だった。


 ゴボボッ!


 太一のすぐ近くの泥水が、激しく泡立ち始めた。遅延のない鑑定が、泥の下に潜む脅威を瞬時に可視化する。


 =======

 種族:マッド・クロウラー(泥這者)

 レベル:Lv.9

 スキル:偽装、泥沼移動、絞めつけ

 =======


 Lv. 9。 アイアン・ニードルより格上だ。


『——ミィナ、離れろ!』


 叫ぶより早く、泥の中から体長五メートル以上もある巨大な触手が飛び出し、太一の体を絡め取ろうと襲いかかった!


 太一は、反射的に後方に跳躍したが、湿地の泥が跳躍力を奪う。触手は太一の左前脚をかすめ、ねばつく体液が魔力膜を溶かしにかかる。


「クソッ!泥のせいで動けない!」


 マッド・クロウラーの本体は、泥の中に潜んでいる。この場所では、スピードも体重も活かせない。


『——ミィナ!その青い苔を、触手に投げつけろ!』


 太一は、解析鑑定で得た「青い苔」の特性を思い出す。微量で蟲を殺すが、多量に摂取すれば強烈な麻痺毒だ。


 ミィナはためらうことなく、小刀で掬い上げた苔の塊を、直接触れないように、太一を絡め取ろうとする触手に向かって投げつけた。


 触手の体表に青い苔が付着した瞬間、魔獣の動きが鈍くなった。


『——効いた!上手く当てたな!』


 麻痺毒が触手の表層の魔力を一時的に抑え込んだ。太一は、その一瞬の隙を見逃さない。牙に全身の魔力を集中させ、左前脚に絡みつく触手を一刀両断にした。


 触手は泥に落ち、本体は痛みで泥水の中で激しく暴れ始める。


『——走れ、ミィナ!採集は十分だ!』


 太一は、ミィナを岩場のある乾燥した場所へ誘導し、後ろを振り向きもせず、全速力で湿地帯を離脱した。


 二人は、夜明け前のわずかな時間で、必要な二つの素材、火照り草と青い苔を手に入れた。


 川辺に戻ると、この移動で体力を消耗したのか、リゼは高熱でさらに衰弱していた。


「太一……これで、本当に治るの?」ミィナの瞳には、不安が色濃く滲む。


 太一は、ミィナに指示を出す。解析鑑定が導き出した正確な配合比率に基づき、作業を進める。


『——火照り草の赤い実を、「三粒」だけ、この石の上に砕け』


 ミィナは、言われた通り、実を石の上で慎重に潰した。実からは、焦げ付いたような刺激臭が立ち上る。


『——次に、青い苔を……』


太一は、自身の爪先を使って、苔から微量な粉末だけを削り取った。


『——これだけだ。ほんの、この一筋分だけ、混ぜろ』


 ミィナは、太一が示した、命運を分ける一筋の粉末と、高熱の毒を混ぜ合わせる。二つの毒が混ざり合った調合薬は、鈍い青緑色の液体となった。


『——リゼに飲ませろ。一口で全てだ。匂いで嫌がるだろうが、全てだ』


 ミィナは、ためらいを断ち切るように、泥まみれの服の袖で妹の小さな顎を支え、調合薬を無理やり流し込んだ。


 リゼは咳き込み、その刺激的な匂いにわずかに身をよじった。


 太一は、すぐさま解析鑑定を再発動させる。


 =======

 名前:リゼ(3歳)

 状態:薬物浸透中

 病因:タスクワーム(活性低下中)

 残存生命力:10%(低下傾向)

 =======


 まだ、ダメだ。 薬が効き始めたことで、リゼの体が激しく拒絶反応を起こし、生命力がさらに低下し始めている。


 その時、リゼの青白かった顔が、熱で真っ赤に染まり始めた。そして、激しい嘔吐を催す。


 ミィナは動揺する。


「吐いてるわ!太一、どうしたら!?」


 太一の解析鑑定が、その嘔吐物の中に、白い、細長い、蟲の断片が混ざっていることを確認する。


(成功だ!薬が蟲を殺し、リゼの体がそれを排出している!)


『——心配するな!これは、薬が効いている証拠だ!』


 嘔吐が終わると、リゼの呼吸は浅くなり、高熱で体を痙攣させた。ミィナは、涙を流しながら、妹の小さな体を抱きしめる。


 太一の鑑定画面が、再び更新された。


 =======

 名前:リゼ(3歳)

 病因:タスクワーム(駆除完了!)

 状態:極度の疲労と熱

 残存生命力:12%(安定)

 =======


 駆除完了!


 太一は、心の中で咆哮した。獣の力と人間の知恵が、この異世界で、初めて一つの命を救った瞬間だった。


『——ミィナ、もう大丈夫だ。峠は越えた。後は、静かに休ませてやれ』


 ミィナは、太一の念話を聞き、静かに涙を流した。夜明けが近づき、森全体が、新しい命の息吹に満たされ始めていた。

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