第十五話:岩場の攻防、初めての共闘
若狼に変形した太一は、一瞬も無駄にせず、ミィナを伴い森の奥深くへと駆け込んでいく。ミィナの小さな体には、太一の駆ける速度は速すぎる。太一は、彼女のペースに合わせて速度を調整した。
『——火照り草は、鉄の匂いがする岩場だ。気を抜くな。このエリアは危険だからな…。』
念話がミィナの脳裏に響く。ミィナは竹籠を背負い、震えながらも必死に太一の隣を走る。その瞳には、恐怖ではなく、妹を救うという強い目的が宿っていた。
嗅覚と解析鑑定で、周囲の魔獣の気配を常に警戒する。森の奥へ進むほど、空気は重く、魔獣の縄張りの匂いが濃くなっていく。
二十分後、太一の鼻が、目的の「鉄の匂い」を捉えた。
『——止まれ。ここだ』
太一が立ち止まった先には、赤茶けた土が露出し、巨大な岩石が積み重なった一帯があった。風に乗って流れてくる、微かな血と鉄が混じったような匂い。この場所で、何らかの金属質の魔獣が血を流したか、あるいは岩石そのものが鉄分を多く含んでいるのだろう。
鑑定を発動させる。岩の裂け目、湿った窪み。その情報が、太一の意識の中で光る。
『——ミィナ、岩の割れ目を探せ。赤い実のついた、小さな植物だ』
ミィナは言われた通り、血の匂いに怯えながらも、勇敢に岩場に近づいていく。太一は、岩場の周囲を警戒し、「解析鑑定」で周囲に潜む魔獣がいないか目を光らせる。
(この匂いは……血を好む魔獣のもの。時間はかけられない)
ミィナが、岩の陰で小さな歓声を上げた。
「あった!これよ、太一!赤い実がついてる!」
太一は、ミィナが差し出す植物を見た。解析鑑定が、瞬時に火照り草であることを確認する。その実は、灼熱のような鮮やかな赤色をしていた。
『——それを、その赤い実だけを、慎重に採れ。その植物全体が毒を含んでいるからな』
ミィナが慎重に実を摘む。その時だった。
ガサッ!
茂みから、鋭い殺意がほとばしる。太一の獣の反射が警報を鳴らした。
太一の前に飛び出してきたのは、体長一メートルほどの魔獣。全身が鋼鉄のような長い針に覆われ、四肢は鋭い爪を持つ。
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種族:アイアン・ニードル(鋼針鼠)
レベル:Lv.7
スキル:全身硬化、毒針発射
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Lv. 7。 今の太一と同レベル帯だ。
『——ミィナ、動くな!背を向けずに、ゆっくりと後退しろ!』
アイアン・ニードルは、太一を一瞬で侵入者と認識した。体表の針が逆立ち、風切り音を立てながら、こちらに向かって一斉に発射される!
魔力制御【体表強化】。太一は、反射的に魔力を全身の毛皮に集中させ、銀色の膜を硬化させた。
バチッ、バチチチッ!
鋼針鼠の放った針が、太一の体表の魔力膜に激突し、火花を散らす。体には激痛が走ったが、致命傷は避けた。
「クッ……!」
太一は、ミィナを背後に庇い、すぐに体勢を立て直す。ニードルの再装填には、わずかな時間がある。
『——ミィナ!火照り草の入った竹籠を、岩場の奥に投げ入れろ!』
太一の目的は、ミィナと素材を守ること。ニードルを刺激しないよう、仔狼サイズに戻り、岩場を駆け上がる。
若狼サイズに変形。ニードルの目元を狙い、魔力を集中させた爪で、岩石の塊を蹴り砕く。
ドン!
岩の破片がニードルに降り注ぎ、一瞬、その動きを止めさせた。
『——ここがチャンスだ!ミィナ、岩の影に隠れろ!』
太一は、ニードルの脇腹の柔らかい箇所を、解析鑑定で瞬時に見抜く。魔力を集中させた牙で、ニードルの防御の隙間を縫うように、一気に噛みついた。
キィン! 牙は硬い皮を破り、肉を捉えた。
『——ギャアアアア!』
ニードルは断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。
太一は、荒い息を整える。戦闘時間は、わずか十数秒。ミィナの存在とリゼの命が、この緊張と集中力を生み出していた。
直後、太一は倒れた魔獣から魔力が漏れているのを感じ、解析鑑定を発動させた。
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対象:アイアン・ニードル(死体)
有用素材:魔力の結晶(微)
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(これか……魔獣の力の源。鑑定の進化で、こういった「素材」の価値まで確認できるようになった。)
太一は、ニードルの亡骸の首元付近に、かすかに魔力の光を放つ小さな石があるのを視覚で確認した。これは、今後何らかに役立つに違いない。
太一は素早く魔力の結晶を口にくわえて回収し、ミィナの元へ戻った。
『——無事か、ミィナ』
岩の陰から、ミィナが顔を出す。彼女の顔は蒼白だったが、竹籠に目を向け、小さく頷いた。
「——大丈夫……太一、ありがとう……!」
『——次は、湿地帯の青い苔だ。急ぐぞ。時間は味方してくれないからな』
初の共闘で得た勝利は、小さな希望の光を灯した。しかし、残された道は、まだ遠い。
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