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第十三話:初めての対話、世界の解像度

十一話のレベルアップの描写が抜けていたので、

加筆修正しました。9/30

 

 夜明け前。森の川辺は、墨のような冷たい空気に沈黙していた。全身の毛皮が夜露で湿り、寒さが骨まで突き刺す。だが、緊張でそれどころではない。


 約束の場所に、若狼サイズで待つ。人間と獣の狭間で、体が落ち着かない。


 待つこと数刻。微かな足音。少女だ。約束を守り、一人で来てくれた。粗末な竹籠を抱え、薄汚れた布を強く握りしめている。その顔には、昨日の空腹よりも強い不安が刻まれている。

 彼女の瞳は、警戒心を剥き出しにした一匹の獣を見るように、こちらを見つめていた。


 逃げられる可能性を考え、すぐに念話で呼びかける。


『——よく来てくれた。時間を守ってくれて感謝する』


 少女の体が一瞬硬直する。彼女の頭の中に、昨日より大きな獣の姿から放たれる人間の声が直接響くという、常識の崩壊が起きている。


 少女が口を開く。震える声で、名を呼んだ。


「あの……狼さん……」


『——俺は狼じゃない。太一だ。そして、話は頭の中で聞け。声を出すな』


 厳しい言葉をあえて選ぶ。この状況の異常性と、太一の主導権を理解させる必要がある。


『——昨日の肉は、すぐそこで捌いてある。約束通り、お前と妹の当面分は分ける。その代わりに、質問に答えろ』


 少女は、獲物の肉と、目の前の仔狼を交互に見つめる。その瞳の奥で、肉という現実的な報酬が、奇妙な現象への恐怖を押しとどめる。彼女は、静かに頷いた。


 対話。それは、太一がこの森で最も渇望していたものだ。言葉が通じるだけで、世界の解像度が一気に上がる。


『——まず、お前の名前と、お前の暮らす場所を教えろ』


『——私の名前は、ミィナ。年は十歳。……村は、ここから森を抜けて数刻のところ。川のほとりにある、小さな集落よ』


 ミィナ。十歳。川のほとりの小さな集落。


 集落。人間社会への具体的な手がかりだ。集落が存在するという事実は、この世界がまだ文明を保っていることを示唆している。


『——村に、俺みたいな「喋る獣」がいることを、誰にも言うな。いいな』


『——う、うん……わかってる。誰にも、話さない』


 警戒と、畏怖。その感情が、念話を通してダイレクトに伝わってくる。


『——その集落の名前は?そして、この森の名前は?』


『——集落は……「水草のミズクサノサト」。この森は、みんな「嘆きの森」って呼んでる』


 嘆きの森。その名が示す通り、死と危険に満ちた場所だ。この森で、ミィナのような子供が狩りに出るのは、よほど切羽詰まった状況なのだろう。


『——この世界に、俺のような……』


 太一は、言葉を選ぶ。


『——「不思議な力」を持っている者は、他にもいるのか?』


 ミィナは、少し考えて、答える。


『——不思議な力……魔法のこと?魔法使いは、街にはたくさんいるって聞くわ。でも、ミズクサノサトにはいない。……ミィナの妹は、病気で、魔法使いのお医者さんを探してるの』


 魔法。それは、集落の人間にとっても、特別な力であり、希望なのだ。そして、妹の病気。ミィナの行動原理が、より明確になった。


『——お前は、この森で何を採っている?』


『——竹籠の中の、薬草。病気に効くっていう薬草を探してる。あと、食べられる木の実……。』


 ミィナは、竹籠の中身をちらりと見た。獣を騙してでも肉を手に入れなければならない状況。その切実さが、太一に人間としての痛みを呼び起こさせた。


『——わかった。今から、肉を持って帰れ』


 太一は、すぐさま岩陰に隠してあったタスクボアの肉の塊を、口にくわえて運び出す。その巨大な肉の塊に、ミィナは目を輝かせた。


『——待って!その肉、本当に全部くれるの?』


『——全部じゃない。お前と妹が生き延びるためだ。持てるだけ持っていけ』


 太一は、肉を岩の上に乗せ、仔狼の爪で適度な大きさに切り分けた。この肉体になって得た獣としての鋭い道具だ。


 ミィナは、震える手で肉を竹籠に詰めていく。その手が、命そのものを掴んでいるように見えた。


『——その妹の病気のこと、詳しく教えてもらえないか?』


 ミィナは、肉を詰め終えると、その目を太一に向けた。


『——……お腹が、腫れているの。痛くて、熱もあって、もう何日も起きられない。薬草は効かないみたい』


 腹部の腫れ、発熱、衰弱。


 太一の頭の中で、「鑑定」の文字が浮かび上がる。この力は、魔獣の特性だけでなく、人間の病状にも使えるかもしれない。


『——明日の夜明け前も、ここに来い。妹も連れてきたら、もしかしたら原因が何か分かるかもしれない…。』


『——…!?…わかった。絶対に、来る…!』


 ミィナの瞳に、些細なことでも縋りたい感情と期待が宿る。彼女は、肉の詰まった竹籠を抱きしめ、森の奥へと走り去った。


 川辺には、太一と、タスクボアの残骸だけが残された。


 嘆きの森、水草の里、魔法、そして妹の病気。


 得られた情報は、この世界という巨大なパズルの、わずかなピースでしかない。だが、これで目的ができた。


 この少女を通して、人間社会へ繋がる。そして、力をつけ、元の世界に戻る方法を探す。


 太一は、残った肉を食らい始めた。早く次のレベルへ上がり、「鑑定」をさらに進化させなければならない。この力こそが、この世界で生きるための、唯一の武器なのだから。

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