第十一話:制御された力と、試行錯誤の狩り
【魔力制御(体表強化)】能力を獲得したことで、新たな希望を見出していた。言葉は通じないままだが、この力があれば、彼は森でより効率的に生き残り、そして次の成長へと繋げることができる。
(この力は俺にとっての保険だ。失敗しても、一瞬だけ防御できる。これで、グレイウルフよりも少し上の魔物を狙えるはず!)
若狼サイズへの変形と、魔力制御を同時に行う訓練を続けた。彼の訓練の目標は、若狼サイズの全身に、魔力の硬い膜を完璧に纏うこと。これは、まだ慣れていない若狼の体に、魔力制御を重ねる、非常に困難な作業だった。
ドスッ!バキッ!
相変わらず、彼はよく転び、制御に失敗すると、魔力が足の裏に集中しすぎて体が浮き上がり、そのまま横転することもあった。
しかし、数日間の訓練の結果、太一は、攻撃や防御の瞬間だけ、狙った部位に魔力を集中させる「点での制御」が可能になっていた。
そして、太一は狩りに出た。獲物は、体長二メートルほどの牙持ちの猪型の魔獣。その肉は硬く、グレイウルフよりも遥かに手強い相手だ。
すぐさま頭の中で鑑定の能力を発動させた。
「グルゥ……!(鑑定!)」
彼の琥珀色の瞳が淡く光り、猪の頭上に情報が浮かび上がる。
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種族:タスクボア(牙猪)
レベル:Lv.8
スキル:突進、硬化毛
状態:空腹
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(Lv. 8か!グレイウルフ(Lv. 2)よりは強いが、クリスタルタイガー(Lv. 48)のような絶望的な差はない。これなら魔力制御で勝機はある!)
鑑定で得た情報をもとに、即座に戦略を練った。突進が強力だが、硬化毛による防御が厄介だ。
(よし、真正面からじゃない。魔獣の突進力を利用する!)
仔狼サイズに体を縮め、猪を誘い込む。魔獣は、小さな太一を獲物と見なし、興奮した唸り声を上げながら、森の岩場へと猛然と突進してきた。
岩場を軽快に駆け上り、猪の突進の速度と軌道を冷静に分析した。
(来る!狙いはこの岩だ!)
魔獣が岩に頭をぶつける直前、すかさず若狼サイズに体を膨張させ、岩の陰から飛び出した。突然の巨大化と、岩の衝撃で猪は一瞬怯む。その隙を逃さず、魔獣の側頭部へと飛びかかった。
「ガァアアアア!」
全身の魔力を牙に集中させた。牙の先端が、琥珀色の光を帯びて輝く。それは、鋭利な超硬質の刃となった。
ガキィン!
猪の硬い毛皮と骨を噛み砕く、甲高い音。しかし、魔獣は耐えた。牙は肉に届かず、浅い傷しかつけられなかった。
怒り狂った猪は、体勢を崩した太一めがけて、巨大な牙を振り上げて突進してきた。
(やばい!)
反射的に体全体に魔力を広げた。全身の毛皮が銀色の魔力の膜で覆われる。
ドスン!
猪の牙が、太一の左肩を直撃した。しかし、魔力の膜が衝撃を吸収し、激痛を感じたものの、致命傷は避けることができた。そのまま、彼は弾き飛ばされ、地面を数回転がる。
(効いた!でも、防御ができた!これが魔力制御の力!)
すぐに体勢を立て直すと、再び魔獣へと向かっていく。今度は、スピード勝負。仔狼サイズに戻り、岩場を縦横無尽に走り回る。魔獣は、小さな太一を追いかけるうちに、疲労で徐々に動きが鈍くなっていく。
「魔力を使いすぎると、体が動かなくなる」というリスクを計算しつつ最後の賭けに出た。
魔獣が次の突進の予備動作に入った一瞬、太一は魔力の集中を四肢の爪へと切り替えた。爪が琥珀色に輝き、地面を深く抉り、跳躍力を得る!
魔獣の頭上、岩場の上へと飛び上がった。そして、若狼サイズへ変形。体重と魔力強化された爪の勢いを利用して、魔獣の最も防御の薄い、首筋の付け根に、渾身の一撃を叩き込んだ。
グシャリ!
今度こそ、魔獣は絶命した。
血まみれの獲物から顔を上げ、琥珀色の瞳を森の奥深くに向けた。
(勝った!俺でも知恵と努力で得た力を使えば勝てる!)
勝利の達成感に浸る。その直後、体内の魔力回路が、一気に熱を帯びた奔流となった。激しい疲労の中に、力が溢れる感覚が湧き上がる。
【レベルが3から6に上昇しました】
【スキルポイントを獲得しました】
頭の中に、システムからの通知ウィンドウが浮かび上がる。Lv. 8の魔獣を倒した経験値は、Lv. 3だった太一の体を、一気に三段階も押し上げた。初めて見るスキルポイントの表示も気になったが、表示に意識を向けようとした瞬間に、聴覚が、木々を掻き分ける小さな足音を捉えた。
「誰だ!?」
警戒心を最大限に高める。レベルアップの余韻どころではない。すぐに仔狼サイズに体を縮め、獲物の残骸の陰に、身を潜める。
木々の茂みから姿を現したのは、一人の少女だった。彼女は、太一と同じくらいの背丈で、粗末な布を纏い、小さな竹籠を抱えている。髪は茶色く、瞳は深く澄んだ緑色。その顔は、極度の空腹と恐怖で青ざめていた。
少女は地面に横たわる巨大な猪の魔獣の姿を見て、一瞬、恐怖に固まった。
(グルゥ……!(逃げろ!早く逃げろ!))
本能的に警告を発したが、彼の唸り声は少女には届かない。
しかし、少女は逃げなかった。彼女は、空腹が恐怖に打ち勝ったかのように、震える手で竹籠を地面に置いた。そして、太一が食らい残した獲物の肉の塊を、小さな手で掴もうとした。
(待て!危ない!この辺りにはまだクリスタルタイガーの匂いが残ってる!いや…。彼女は、生きるために必死なんだ……)
自身の人間としての理性が、行動を命令した。彼は、言葉で伝えることはできないが、人間と意思疎通したいという渇望を、再び試すしかなかった。
太一は、獲物の残骸から一歩踏み出し、少女の前に姿を現した。仔狼の姿だが、その琥珀色の瞳は、「敵意がない」ことを必死に訴えかけていた。
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