第一話:獣の瞳は、人の夢を見る。
「う、ぅーん……なんでこんなに体が冷たいんだ?それに、なんかカビ臭い?」
如月太一の意識は、猛烈な寒さと共に浮上した。全身が石のように冷たい。そして、やけに湿っていて、土と、生臭い血の匂いが、鼻腔の奥を容赦なく刺激した。
目を開くと、視界が低い。地面は濡れた土と落ち葉だ。見上げた空は、巨大な木々の葉に覆われ、薄暗い。
(ここはどこ?病院じゃない?俺、確か、信号待ちでトラックに……ああ、そうか。陽介を助けようとして、俺も巻き込まれたんだっけ……)
混乱する太一は、体を動かそうとした。だが、彼の意思とは裏腹に、体が動かない。もがき、必死に「手」を動かそうとして、彼は異変に気づいた。
彼の視界に入ったのは、銀色の毛皮に覆われた、四本の脚だった。
「え?」
慌てて自分の身体を見下ろす。手、ではない。足だ。短い銀色の毛皮に覆われた、丸い狼の肉球。首を振ると、地面に置いたはずの自分の身体が、一匹の仔狼の姿であることを認識した。
(嘘だろ……。ドッキリ?いや、冷たい。地面のカビ臭い湿気が、毛皮を通して肌に伝わってくる。リアルすぎる。っていうか、俺、毛皮フワフワじゃん!)
一瞬だけ自分の新しい毛皮の触感に気を取られだが、すぐにパニックに陥った。自分の声を出そうとした。笑って、これは夢だと誰かに訴えたかった。
「あ、あ、あああああ――」
喉の奥から絞り出されたのは、人間の言葉ではなかった。
「ガァ……ウゥオォオ…」
低く、荒々しく、意味のない唸り声。単なる獣の吠え声。
「(なんだよこれっ!喋れない!どうなってるんだよ…!)」
心の中で叫んだ。だが、その叫びは、この肉体には届かない。前世の記憶と、20歳の人間としての意識が、仔狼の本能という檻に閉じ込められている。
恐怖が、極度の飢餓感を呼び起こした。内臓が張り裂けそうなほどの渇望。それは、太一が人生で経験したことのない、「生きる」ための純粋な暴力だった。
「グルルルル……」
意識とは裏腹に、狼の口から涎が垂れる。その涎は、目の前を通り過ぎた一匹の鹿の残した、温かい残り香に反応していた。
(何あれ、鹿? オイシソウ…いやいやっ、さすがにこの小さい体じゃ…!それに生肉なんて…コンビニのサンドイッチが食べたいよ!)
心は叫ぶ。だが、銀色の四肢は、既に地面を蹴っていた。
お読み頂きありがとうございます!
初めての作品になるので、拙いところもありますがお楽しみください!
この作品を「おもしろかった!」と思ってくださった方は、
ブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さるとうれしいです◎