Ep1 うーん、20センチ砲はついていないわな
ルーシは、ベンチの上で目を覚ました。
「……ッたく、ここはどこだい?」
酒に飲まれてワープするのは割と良くあるので、なんら慌てる様子もない。頭痛に頭を抑えながら、ルーシはスマホを確認した。
「あ?」
スマホの画面は鏡のように自分を反射する。だからルーシは見てしまった。銀髪碧眼でセミロングヘアくらいの銀髪で性別不明の存在を。
「飲みすぎて寝すぎたか? ……んん? 声が変だぞ」
声もまた甲高かった。これでは女性と変わりない。ルーシは(もうほとんど分かり始めているが)最終確認として、股間に手を突っ込んだ。
「うーん、20センチ砲はついていないわな」
なにがなんだか分からないが、ひとまずルーシはベンチから起き上がる。
そしてあたりを見渡す。無法者のサガだ。いつも監視されていると思ってしまう。
「この姿を見た者は誰もいねぇと」
確認し終えたので、ルーシはスマホの電源をつけた。そうすると、さも当然のように5Gが圏外になっていた。海外用に設定し直しても、やっぱり圏外病が治らない。
「こりゃあ、困った。人間なんて文明に乗っかっているだけなのがバレちまう」
Wi-Fiを探すしかないと、ルーシは砂場しかない公園から良く分からない街に出ていく。
(アンゲルス、ねぇ。天使って意味か?)
どこか大昔の共産主義国家のような雰囲気だった。プロパガンダを記したポスターだったり、やたらと広い歩道だったりと。されど国家名はアンゲルス、意味合いとしては天使。共産主義国家は天使やら神を否定しているので、この国名はなにか変だ。
(にしても、全体主義的な雰囲気が漂っているな。閉塞感で息が詰まりそうだぜ)
ルーシは仕事柄、全体主義と呼ばれる国に行ったこともあるが、あのときの相互監視されているような感覚が今まさに蘇っていた。
(ま、これはこれで悪くないけどな)
といっても、こういった国は皆治安がそこまで悪くない。秘密警察がそこらにいるからだ。国民たちは監視されていることを知っているから、ひったくりはもちろん、殺人なんて公然の前では起きるわけもない。
そんな街並みを歩き、タバコを吸いたくなったが、スマホが圏外だから決済ができない。小銭も両替しなければ意味がない。なので、ルーシは近くにいた喫煙者に声をかけてみる。
「すみません、一本くれませんか?」
「あぁ、良いよ」
喫煙者の男はぶっきらぼうに、ルーシへタバコを渡してきた。
「ありがとうございます」
ルーシが借りたライターでタバコに火をつけた途端、
「姉ちゃん、聖女だろ?」
黒人の男性喫煙者は、またもや素っ気ない態度で尋ねてきた。
「聖女?」
「知らんってことは、余所者か」タバコの煙を吐き出す。「聖女っていうのは、いわば天使の力を使える人間。余所者がなんで聖女になれたか知らんが、その力を理解しておかないと政府の管理下に置かれるぞ。アンゲルスは改革途中だからな」
ここは世間話をしている振りをしたほうが良い。ルーシは意図的に男と目を合わせず、会話を進めていく。
「聖女の具体的な力は?」
「どんな重症な者でも治療してしまう術式と、邪悪なる者に鉄砕を下す力だな」
「なるほど。アンゲルスはどのような改革を?」
「聖女制度の見直しだ」と男は周囲を警戒しながら言う。「政府は聖女たちの力を完全に管理下に置こうとしてる。これまでは各教会に所属してた聖女たちを、国家直轄にしようとしているんだ」
「軍事利用というわけですか。私みたいな聖女がたくさんいたら、アンゲルスは無敵の不死身軍を作れるから」
そういうこった、と言い残し男は去っていった。
「聖女の力か……」
だいたい、無法者だったルーシがもっとも程遠い聖なる力を手にするなんて、おかしな話だ。なにかがありそうな雰囲気である。
そう思ってタバコを吸い終えると、
「よう」
明らかに反社会的勢力の男たちが、ルーシの元へ近づいてきた。