4-4 俺達という皆
帝国学園の生徒数は約1200名、ただ、その人数に対しての、学園の敷地は随分と広い。高校というより大学レベル、建物も沢山あるし、昼食に選べる場所も、食堂どころか飲食店、購買部どころか宿泊施設があるレベルだ。
そうなると、人気の場所もあれば、不人気な場所もある訳で、
「ごちそうさま」
この日の俺は、昼休みでも滅多に人が来ないような中庭で、メディが作ってくれたお弁当をたいらげてから、手を合わせていた。
「美味しかったですか?」
その問いかけに俺は――感謝する。
「うん、美味しかった」
そう言える事が、とても嬉しい。
俺があまり、味が良く解らない事は、早くにメディに伝えた。最初こそメディは驚いた顔を見せたが、その後の、”だけどメディの料理は多分美味しいと感じる”という言葉に、メディは笑ってくれた。
本音を言うと、食べて解るのは、味の濃い薄いくらい、でも、
一生懸命、作ってくれた事は解る。
「おそらくご主人様の場合、味覚障害という訳ではないと思いますので、色々なものをゆっくり食べていきましょう」
「助かるよ、ありがとう」
「いえ、メイドとして当然の事です」
そしてまた、笑ってくれるメディだけど、
不意に、暗い顔になる。
「どうしたの?」
「――ご主人様、私は」
メディは、言った。
「醜い女でしょうか」
「へ?」
と、唐突に何を言い出すんだ?
「今朝の事です」
「今朝って、あぁ、Sクラスとの対決?」
「……私はその、ご主人様に出会った時にも言いました、何故やっつけないのか解らないと」
「あ、あぁ」
確かに、酒場で言ってた。
俺が施設の人達に対して、復讐心をもたないのはおかしいって。
後、メディ自身も、メイドの里から追い出されたから、見返してやりたい、っていう思いがあるって。
「ですが、スメルフ様達の言葉を聞いている内に、怒りや復讐を覚える事そのものが、間違ってるのではないかと」
「そ、そんなことないよ、嫌な事をされたら怒るのは、当然じゃないか」
「でも、ご主人様はそうでなかった」
「――それは」
それは、俺が役立たずだったから。
無能だから、必要とされなかったから。
怒るとか、そんな話じゃない。
……でもメディは、
「ましてや私は、誰かに自分の怒りを託すような真似をした」
それを、気にしている。
「私は、ご主人様に酷い事をしたのじゃないかと」
「違う――それは――」
全然違う、メディがメイドの里を見返したいのは、もっと前向きな気持ちだ。追放されても、立派なメイドになってやるって。そこに少しくらい、ざまぁみろって気持ちが入ってもおかしくないし、醜くない。その為に俺を”利用”するのも当たり前だ。
……だけど、
(それを俺が、今までくやしいとか思えた事がない俺が、言う資格があるのか?)
……ダメだ、すぐにそんな風に考えてしまう。
からっぽな心じゃ、そんな簡単に、誰かの心に寄り添えない。
何も言えなくなってしまった俺だったが、その時、
「困るのよねぇフィアルダちゃぁん?」
「――え」
建物にあるこの場所――中庭への入り口から、声が聞こえた。
多分、メディは、人目を避けて俺と話す為、この中庭に来たんだろうけど、まさか同じ目的で来てる奴がいる?
その入り口の方を見れば、
(フィ、フィアルダと、Sクラスの人!?)
なんで俺がSクラスの人だって解ったかと言うと、ブレザーの制服の胸に、これ見よがしにSってイニシャルを刺繍してるからだ。本当、目立つ。
なんか目付きが蛇みたいで体も蛇みたいにくねくねしててというか指も関節があるのか? ってくらいくねくねしてる、……物凄く蛇っぽい女性だ。
「ご、ご主人様、隠れましょう」
メディに言われて、俺達は慌てて茂みに隠れた。そして、中庭の真ん中まで来た後、蛇のような舌を口から出して、ちらりちらりと揺らす女性は、
「あのアルテナッシって男ぉ、勝負を断ってきたらしいじゃなぁい?」
「は、はい」
「ダメでしょぉ? 公式の場でこてんぱんにしてやらなくちゃいけないのにぃ」
「だ、だけど」
「だけどぉ?」
そう言って蛇女は、ちろちろと舌を出しながら、フィアに詰め寄った。
「あんたなにぃ? 庶民の癖にぃ、貴族の私にご意見する気ぃ?」
「そ、そういう訳じゃ」
「いいぃ? 私のパパの機嫌次第でぇ、あんただけじゃなくあんたの育った施設なんて潰す事ができるんだぞぉ?」
――そのやりとりを見て
俺は、血の気が引いた。
「はぁ~、なんかさぁ、FクラスとSクラスが仲良しこよしなりそうってぇ評判がたつのが、最悪なのよねぇ」
「は、はい」
「だからぁ戦わなきゃいけないのぉ、わかってるぅ? ……聖騎士団に入ってるからって、調子にのんないでよぉ?」
「……わかり、ました」
……あのフィアが、
借りてきた猫みたいに、うつむいてる。
頭の上のチビドラゴンも、なんだかしゅんとしてる。
「OKぇ、それじゃあちゃぁんとぉ、決闘に誘いなさいよぉ」
「は、はい」
「はぁ、何も無しのアルテナッシ、だっけぇ? 皇帝陛下に褒められてたけどさぁ」
蛇の人は、
「Fクラスみたいなクズの集まりのリーダーなんてぇ、たいしたことないでしょぉ」
「――ッ!」
そんな陰口を、息を吐くように言ってしまって。
……結局、二人はそのまま、中庭から出て行った。
「……ご主人様」
二人がいなくなった後に、メディが話しかけてくるけど、俺はそれに答えない。
……バカにされるのは、初めてじゃない。前世だって、そして今世だって。
だけど、今の言葉は、
クズの"集まり"って言葉は、
「――クズじゃない」
「え?」
「皆は、クズなんかじゃない」
許せないのはただ一点、そう、
Fクラスが、クズだってバカにされた事への感情、
つまり、憤りだった。
「まだ出会ってそんな経ってないのに、今日、俺にあれだけ優しくしてくれた皆は、クズじゃない」
「ご主人様……」
茂みから立ち上がると、俺は決心をする。
「戦うよ、俺」
「……それは皆の為ですか?」
「皆だけど――俺以外の皆じゃない、俺を含めての皆だ」
大人だったら、スルーしとけ、言わせておけばいいって笑い飛ばすようなものかもしれない、だけど、
胸を少し締め付け、そして焦がす、小さな熱さ、やるせなさ、そんなものが俺の心に生まれていた。
(……こんな気持ち、初めてだ)
今朝のやりとりがなかったら、今朝の皆の優しさがなかったら、多分生まれなかった思い。
もしかしたら、良く無い物だと思う。それでも、
「……くやしいのかもしれない、俺」
からっぽな心に芽生えた、この小さな感情を、捨てたくない。
醜い心かもしれないけれど、俺は、この怒りを覚える事に、
どこか愛しさすら感じていた。
……それに、
あの蛇女は、フィアを追い詰めてた。
それも、許せない。
――メディが立ち上がって
「かしこまりました」
この時のメディは、笑顔を見せず、
「今、ご主人様に芽生えた感情は、私と同じ醜いものかもしれません、それでも」
強い決意を込めて、
「誇りの為に戦う事、それはけして恥ずべき事では無いはずです」
そう言った。
……俺は不思議と、なんとなく、無言でメディに握り拳を付きだした。メディは少し時間をおいたあと、こつんと、拳に拳を合わせてくれた。
そして俺は、メディに真顔のままに尋ねる。
「だけど、【○。。】はどうしよう」
「ああ、その問題が!?」
やばい、なんかいい感じにしめようと思ったけど、この問題が全く解決されてない!
【シャッ】とか【シュッ】とか、適当な言葉で埋めても、ふざけてんのかって返される理不尽!
「だ、大丈夫ですご主人様、最悪、私のスキル〈オールレンジテレグラフ〉で!」
「うう、ごめんねメディ」
まぁでも、メディにばかり頼ってられない。
今度はもうパス出来ない――死ぬ気で考えないと。
例えどれだけ無理矢理でも。
「それよりダンジョンレースの参加メンバーは三人、私とご主人様で二人なら、残り一人は誰を?」
その言葉に、真っ先に思いついたのはスメルフだった、
レースだから、速度を出せるあいつは、最適任だと一瞬思う。
……だけど、
「いや、俺が選びたいのは――」
この時、俺が言ったクラスメイトの名前は、
「あの方を!?」
メディを少し驚かせた。
・更新情報
6月いっぱいまで毎朝7:00に投稿させていただきます!
ネオページ様の方で最新話を先行公開中! よろしくお願い致します!
https://www.neopage.com/book/32218968911106300




