4-1 ツボツボ詐欺
――人口一万人の円卓帝国
とはいえ、それはあくまで帝国に定住している人達の数であって、
「ゴブリキングの討伐か、任せとけ!」
「いや~、やはりドワモフ族の武器は質が違いますな」
「ええ、森王エルフリダ様は、名君にして暴君であらせられますよ本当にもう」
こんな風に、その何倍もの冒険者や商人、そして観光客などが、帝国にやってくる訳だから、活気はいつも凄まじい。単純、空飛ぶ帝国を、飛行機みたいに使う人もいるみたい。
――ボルケノンドのフィールドワークから5日後
俺とメディも今は、そんな人達の声が飛び交うカフェテラスにいて、そして、
「ご、ご主人様、あとはここを回せば」
「よし、こうやってここをこうで――や、やった、とけたっ」
ルービックキューブの六面を、揃える事に成功していた。
【ルービックキューブ】スキル Eランク
スキル解説[六面揃えるまで次のスキルは使えないよ]
つ、疲れた……。
まさか異世界に来て、元の世界のおもちゃに、一週間も悩まされるなんて――ルービックキューブは役目を果たしたように、俺の手からふっと消えた。俺は、歓喜よりも疲労感の方がどっと来て、丸いテーブルにその体を突っ伏す。
「ご主人様、時間の方は」
「あ、そうだった」
メディに言われて、俺は慌てて身を起こし、ステータス画面からスキル欄を表示する。
メディが言った時間は、ルービックキューブの攻略タイムの事じゃなくて、それは、
【××】スキル -ランク
スキル解説[インターバル中、使用再開まで約60分お待ちください]
「――一時間だ」
Eランクスキルを引き当てて、それを使ってからの再使用までの時間だった。
「一時間、前に、宝石で頭を打たれた時とほぼ同じだと思います」
「そっか、……この一週間、本当にしんどかったけど、この事を知れただけよかったかも」
「それにしても不思議なパズルでしたね」
「あ、うん」
正直ここまで時間がかかるとは思わなかった。多分、攻略法とかを参考にしたらもっと早く解けるんだろうけど、”何も無し”からだと文字通りの手探り。
メディが法則性を見つけてくれなかったら、どうなった事か。
……それに、
「メディ、改めてありがとう」
「え?」
「その、授業でも凄く助けてもらって」
「あ、そ、それは、ご主人様のメイドとして当然の事です」
少し顔を赤くして照れるメディ。いや、本当に迷惑をかけてる。
だってこの1週間、俺はただルービックキューブを解く男だったものだから、授業中もメディをおんぶしての、【紫電】スキル〈オールレンジテレグラフ〉に頼りっぱなしだった。
(その所為で、周りから茶化されちゃったし)
ラブラブじゃん☆ とか、付き合ってますの? とか、俺とメディは主人とメイドで、そして友達。けしてそれ以上の関係じゃないのに。
……うん、本当にその事は忘れないようにしよう、俺みたいな男が、メディとどうこうなるかなんて烏滸がましい。
そう俺がしっかり思い直してると、
「ご主人様、この後ですが、買い物に付き合っていただけますか?」
「あ、もちろん、荷物持ちならいくらでもするから――」
そう、俺が笑顔を浮かべたその時、
「先程の取引の、どこがおかしいのでござるか!」
――近くのテーブルから、突然に大きな声が聞こえた
俺とメディがその席へ目を向けると、そこには、
(え、忍者?)
ファンタジーな異世界の中でも、一際浮立つような、忍者服姿の女性がいた。とはいってもすっぽり身を包むいでたちで無く、口にマスクで鎖帷子、露出が少し強めのアニメのようなくノ一スタイル。
それに何より目立つのは、
額からニョッキリと生えてる、鹿のような角だ。
(スメルフと同じ、獣人?)
そう思ってると、
「あれはもしかして、大和の方?」
と、メディは言った。
「え、大和って、あの大和?」
「は、はい――私もお目にかかるのは初めてですが」
アレフロンティア大陸より、海を隔てた場所にある国で、その特徴が、日本そっくりなのは知っている。俺がメディからもって、今も腰に下げているヤマトブレードも、その国のものだ。
「確か大和の国の高貴な身分の方々は、額から角が生えていると」
「という事はあの人は、鹿の獣人?」
「いえ、それが」
そこでメディは少し言い淀んで、
「――ドラゴンの獣人らしいです」
「ドラゴン」
「ただ、ドラゴンの角はあのようなものではないと思うのですが」
ドラゴン、
この世界だと、一番最底辺のモンスター。
……そんなドラゴンの獣人である、大和の人の向かいの席には、
「――その壷は、店主さんを騙して、半分の値段で手に入れたものですよね」
そう、くノ一姿の女性相手に、物怖じする様子も見せず、ハッキリと喋る男の子がいた。
白いシャツに蝶ネクタイ、その上にサスペンダー付きの半ズボンを履くという、……なんというか、あざといまでに少年っぽいファッションの男の子だった。
(壷って、あれの事か)
そして男の子が指摘した通り、忍者女性のまん前には、洋風の壷が置かれている。
「料金の半分を、早く返しにいってください」
「な、何を言うでござる! こちらはちゃんと、勘定を払ったものでござる!」
「ちゃんと、ですか」
はぁ、っと溜息を付いた少年は、こう言った。
「まず、1リットルの3500エンの壷を、値切って3000エンで買って暫くしてから店に戻って来て、やっぱり2リットルのが欲しいと言って、6000エンで買う」
「そ、それの何が問題でござるか!」
「そこで1リットルの壷を、3000エンで引き取ってもらうって話になりましたね? そして、6000エン-3000エンで、料金は3000エンだから、3000エンだけ払って店を出た」
「だから、それの何が問題があるでござると言っておろう!」
……ええと、3000エンで買った1リットルの壷を3000エンで売って、そのあと2リットルの壷を6000エンから3000エン引いた金額で買う。
いや、これって、
「――壷算?」
俺は、思わず呟いていた。
「えっ!?」
「おやっ?」
あ、くノ一と男の子が、こっち見て来た、なんか気まずい。
「……あの、ご主人様」
メディが話しかけてくる。
「傍から聞いても、計算がおかしいです。そもそも3000エンで買った物を返品して、3000円を既にお客様側が返金してもらってるのですから、2リットルの壷の6000エンから、3000エン値引きするなんて有り得ないです」
「あ、うん、冷静に考えるとそうなんだけど、こういうのって頭がこんがらがると、言いくるめられちゃうものだから」
というかこれって、”落語”なんだよね。
どう考えても計算がおかしいけど、話術で巧みに店主を騙す、ってのが面白い所、……って、WeTubeでの解説動画でやってた。
そんなやりとりをメディとしてると、
「な、何を根拠に、そうような言いがかりをニンニン!」
ござる以外の語尾を付けて、くノ一の人が俺を睨み付けてきた、だけど、
「――大和の国の方が、詐欺をしてるという噂があって調べてましたが」
すぐに男の子が、落ち着いた声でくノ一に話しかけて、
「あまりこういう事をされると、サクラさんが悲しみますよ」
と、言った。
……サクラ? あれ、どっかで誰かから聞いた名前のような。
「――ひっ」
……くノ一の人はそんなちょっと悲鳴みたいな声をあげる。
「お、御身は、まさか」
「……お互いの素性は、ここでは明かさない方がいいでしょう、……壷の代金を払ってきてください」
「く、この、覚えてやがれでござる~!」
そう言って、忍者は両方の壷を抱えて走り去って行った。
……思わぬ一幕に、いつのまにかカフェの客達の視線が、俺とメディとこの少年に集まる。そして、少年がこっちへとてとてとやってきて――さっきの暗い様子とは違う、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「壷算を知ってるなんて、驚きました!」
「え、あ、いや」
なんか凄く無邪気、あれ、でもこの笑顔、どこかで、
「流石、〔何も無しのアルテナッシ〕さんですね」
「……へ?」
「ご主人様の二つ名を?」
あれ、この子って、もしかして学園生徒?
そう思っていると少年は、
「――【皇帝】スキル」
と、小声で言った。
……皇帝? ……皇帝!?
驚き目を丸くする俺とメディの前で、
「〈エンペラーホリディ〉、限定解除」
そう言った途端、さっきまで、ただの少年にしか見えなかった姿が、
「お久しぶりです、ボルケノンドでの活躍、聞いています!」
「「え、ええええ!?」」
一気にあの、入学式に会った時の皇帝陛下だと”解って”しまったのだった。
・更新情報
6月いっぱいまで毎朝7:00に投稿させていただきます!
ネオページ様の方で最新話を先行公開中! よろしくお願い致します!
https://www.neopage.com/book/32218968911106300




