3-5 からっぽな私達に出来る事
――ボーボー地方にある炎の国ボルケノンド
くすんだ赤色の空の下、ひび割れた大地を、スメルフの背中に乗って走る中、
「ちょ、ちょっと、何を言ってんのよ狼男!?」
と、フィアが文句を言った理由は、スメルフのアンナさんに対する指摘である。
「真実も偽りも匂わない、とかなんとか」
「言った通り、だ、その女の、言葉には、感情が、籠もってない、匂いで解る」
……犬って鼻が良すぎるから、人間の怒りとか悲しみとかも、脳内から溢れるホルモンの匂いで察せられるって言うけど、そういう奴?
だとしたら、スメルフの前では、嘘を吐けないって事になる。
「ちょ、ちょっと、そんなのスメハラよスメハラ!」
「嗅ぎ分ける事は、俺にとっては、目を開くように、日常的な事だ」
延々と、火の力を失った大地を走りながら、スメルフ、
「だがそうだな、これからは、控えるよう努力する、すまない」
案外あっさり、引き下がった。
しかしそれに対しアンナさんは、
「いや、それが獣人の習性なら仕方無い」
と言って、
「それに、君の指摘は的を得てるからね」
そう、スメルフの言葉を、肯定した。俺は思わず聞いてしまう。
「匂わない事が、ですか?」
「ああ――私の心はそうだ」
そこでアンナさんはあっさりと、
「”からっぽ”なんだ」
と、言った。
「――え?」
からっぽの心、
それって、俺と同じ?
笑顔は確かにそう感じたけど、心もそうって……。
「……なんというかな、私には、正しいと思う事をしたい気持ちはある、だけど、聖騎士団団長という役職は、その目的の為に機能的に演じているだけだ、皆の期待に応えるように」
……ええとつまり、”立場が人を作る”というけれど、
「私のこの、貴族の規範たれという振る舞いも、私の本心からかは解らない――私の言葉から匂いがしない、軽く思えるのは、きっとそういう事だろう」
アンナさんは、その立場に、飲み込まれてるという事、か?
中身じゃなくて、肩書きで生きてる人がいるのも確かだけど、でもいくらなんでも極端な……。
「そんな、お姉様は優しい人です」
思わずフィアが、そう言うけど、
「だがこの優しさも、騎士団団長という肩書きがあるから、そうしてるんじゃないかな? そうでなければ、スメルフの指摘通りにはならない」
「――そんな」
……それを冷静に分析して、客観的に話す。
確かにちょっと、人間味を感じない。
けど、
「だが私は、それでもいいと思う」
アンナさんは、ふっと笑う。
「私の本心に関わりなく、私の務めが世界を少しでも良くするなら、それはいい事だ、なぜなら私の夢は」
笑みを浮かべたままにアンナさんは、ハッキリと言った。
「世界平和だから」
「――世界平和」
帝国どころじゃなくて、この大陸、いや、海の向こうまでを見据えた言葉。
「皇帝陛下が治めていても、まだまだ民達の間では争いの火種がくすぶる、この大陸、アレフロンティアですらそうなのだから、世界もきっとそうだろう」
「そ、それをどうにかしたいって、事ですか?」
「ああ、妄言にも甚だしいが、それが私の見果てぬ夢だ」
その余りにも壮大な言葉に、俺はもちろん、フィアも呆気に取られた。
だけどこの時、アンナさんが浮かべている笑顔は、
(――さっきとは違う)
メディが俺に見せてくれるような、心からの笑顔で。
そう俺が思っていると、
「ふっ」
スメルフが笑った。
「その言葉は、真実のようだ、意志の、匂いがする」
そう、スメルフは告げる、しかしその言葉に、フィアがすぐに怒る。
「あ、ちょっと、嗅がないって言ったでしょ!」
「すまない、スキルで、調整する」
フィアとスメルフのやりとりの中でもアンナさんは笑って、
「まぁつまり私は、世界平和という私欲の為に、聖騎士団長という立場を演じる人でなしだ、そんな私でよければだが」
手を差し出して、
「どうか私の夢の為に、力を貸してくれないか」
また俺の事を誘った。
……俺はその手を、特に何も考えず、
自然と導かれるように逃げようとした、その時、
――雪が降ってきた
「え?」
小さな雪がちらほらと、俺達の間にだ。
そして、今までずっとここに支配していた生温い空気が、
「さ、さ、さぶっ!?」
「気温が下がってるぞ!」
変わっていく――フィアが身を震えさせ、アンナさんが状況を叫ぶ。
天気の急変、空の赤は消え、薄暗い曇りが辺りを被う。そして張り詰めるほど冷たくて、そして、スメルフが走る方向に顔を向けたら、
「な、何よこれ、”冬景色”そのものが近づいてくる!?」
フィアの言うとおりだ、視線の先では、ひび割れた大地が次々と凍り付いていく、こ火の大地を極寒が支配していく。
気候の変化とかじゃない、ここは異世界、不可思議な現象のその多くは、
「――下だっ!」
モンスター達が原因だ――アンナさんが言った通り、ひび割れた大地を更に裂いて、何かが地面から現れる!
――それは
「氷の体の!?」
「スライム!?」
2メートル超の蒼白い巨体は、
裂けた大地を、全て氷で凍り付かせながら、
――{イグノアー}
その名前を、強さを、俺達に翳した。
・更新情報
6月いっぱいまで毎朝7:00に投稿させていただきます!
ネオページ様の方で最新話を先行公開中! よろしくお願い致します!
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