E-2 Credit roll
――目を開く
「……」
……まず視界に飛び込んだのは、木造の天井。だけどそれは覚えのないもの。
メディと一緒に暮らしていた、下宿の天井ではない。
そして今は夜だろうか――少し横に目をやると、大きな窓があって、そこから、優しく淡い光が差し込んできている。
どうやら俺は、ベッドで寝ている。
蒼く優しく暗い部屋、まるで魚のいない水槽、
そんな、音一つ無い静寂に、
「……メディ」
名前を、呟く。
だけど、それが自分に思い出させたのは、あれだけ暖かく優しく続いた日々で無くて、
――さようならご主人様、いえ
あの一瞬、
――アルテナッシ様
あの、別れの時。
……メイド服から変わり果てた衣装に身を包んだメディが、森王エルフリダ様と、去っていったあの時、だけど、
(ああなんで――悲しくないんだろう)
あれほど激しい感情に揺さぶられていたのに、今の俺の心は、無痛だ。
俺の心はもう、死んだ、いや、
からっぽなのか。
(……それでも、起きなきゃ)
なんでそんな意思に駆られるんだろうと思ったけど――すぐに思い出す。ああこれって、前世で働いていた時と同じだ。あの頃も、どんなに仕事が多忙で、体が辛くて重くても、出社する為、心がうつろなままに起きなきゃいけなくて……。
……ともかく、起きよう、そう思って、
俺が軽く、身を起こしたら、
腹の上にある何かと、目が合った。
「へ?」
一瞬、呆気に取られる。このまま座るまでに起きてしまえば、俺の腹から転がり落ちてしまいそうなその"何か"。けれど、体をちょっと起こした状態でそれがなんなのかをハッキリと思い出して、
「チビ?」
そう、フィアがボルケノンドで拾ったペット、ぬいぐるみみたいにかわいいミニドラゴンの名を呼んだ、
次の瞬間、
「ピキャー!」
「わ、わわっ!」
そ、そのまま俺の顔に飛びついてきた!? なんか凄い喜んでる感じで鳴いてる! ちょ、ちょっと苦しい!
顔に張り付いたチビを両手でもって、なんとか引き剥がした俺、
「え、えっと、チビ、おはよう」
と、まるいまるくてまるっこいドラゴンに、夜だけど、そう挨拶すれば、
「ピキャー!」
って、涙を流して喜んでいる。……ドラゴンもこうやって泣くんだな。
ともかく俺はチビを両手にもったまま――ベッドの上で――身を起こす。チビは相変わらず鳴き続けている。
「チビ、お前」
そしてチビの姿を見て、俺は思った。
「――戻ってる?」
何もかもがからっぽになった俺が、セイカの愛を受け入れようとしたあの時。
チビは何時ものかわいらしい姿から、この世界のドラゴンの常識からは考えられない、勇ましくかっこいい竜の姿に変化して、俺とフィアを助けてくれた。
だけど今は、いつものぬいぐるみみたいな姿になって――とかつれづれつらつらと思ってたら、
「ピッキャー!」
「わわ、わぁ!」
俺の両手から抜け出す勢いで、チビは俺に笑顔で頬ずりしてくる。
「わ、ちょっと、落ち着いて、くすぐったいよ」
俺は慌てながらも、チビの接触をはねのけず受け入れる。
そのやわらかな感触と、ぷにもちっとした弾力は、
――とってもあったかくて
「……あれ?」
このあたたかさには覚えがある。身を包むような安らぎ、幸せ。
これって、
――眠りの中で覚えていたあたたかさ
「チビ、お前」
眠りのぬくもり、チビのぬくもり、
その重なりがどういう意味をもつか、考えようとした時、
――ガチャッ! っと
「ちょっとチビどうしたの! おっきな声で、騒い、で……」
俺がいるベッドの、対角線上にあったドアが、勢いよく開いて、
「――お兄ちゃん」
そこに立っていたのは、
「おにいちゃぁぁぁん!」
フィアの姿で――ってうわ、フィアが思いっきりこっち走ってきて!?
俺にそのまま飛びついてきた!
「うわ、わ、わぁ!?」
俺の体にしっかり抱きついて、
「よかった! お兄ちゃん、起きた、よかった、よかったぁ!」
そしてチビ以上の大きな声で泣きわめく。フィ、フィアが、俺に対してこんなアクションをするのなんて、新鮮。
……でもそっか、俺、あの後――セイカにやられた後、
随分と眠ってたんだな。
そう思った俺は、自然と、
「……心配かけたね、フィア」
子供の時と同じように、フィアの頭を撫でていた。
だけど昔と違ってフィアは笑顔をみせず、だけど、けして撫でることを嫌がらず、チビと一緒に泣き続ける。
……ああ、あったかい。
こんなに、心配してくれるなんて。
……こんな、
こんな、
「――何も無い俺なのに」
思わず呟いたその言葉は、
「……お兄ちゃん」
「ピキャー……」
フィアとチビを静かにさせてしまって、そのまま、フィアは俺から体を離し、チビはいつもどおりフィアの頭の上にしがみついた。
そんなフィアに、俺は尋ねる。
「俺はどれだけ寝てた? 丸一日? 二日? それ以上?」
ここがどこかわからないけど、多分、セイカから逃れた俺達は、この家に避難したんだろう。
ともかく、今、状況はどうなってるか。
……別に、それを聞いて、何かをしたい訳じゃない。
セイカに全てを奪われた――いや、"元に戻った"俺には、できることなんて何も無い。
ただそれでも、知る必要はあると思ったから、
俺はフィアに、尋ねたのだけど、
「……よく聞いてお兄ちゃん」
フィアは、やたらにためらったあと、
こう言った。
「お兄ちゃんは――1年間眠っていた」
……え?
……い、1年?
嘘、そんな、
「1年って」
「――窓の外を見て、お兄ちゃん」
フィアは俺の戸惑いを遮るように、言葉を続けて、
俺は、胸のざわめきと焦燥を抱えたままに、窓の外を――夜の風景を眺めてみれば、
「……え?」
――空に浮かんでいるのは地球
……違う、あれは、
親子月だ。
「なんで?」
大きな月と小さな月が並んで浮かんでいる――けれど親子月は、セイカの力で二つ諸とも砕けて、その代わり、俺の前世である地球が浮かんでいたはずなのに。
どうして、
なんで、
「……お兄ちゃんが眠ってるこの1年間で」
そんな"なんで"への、フィアの答えは、
「顔と名も無き英雄がセイントセイカを倒して、世界は救われたの」
俺のからっぽの心すら、揺らすものだった。
・更新情報
2026年1月3日まで朝7:00に投稿させていただきます!
ネオページ様の方で最新話を先行公開中! よろしくお願い致します!
https://www.neopage.com/book/32218968911106300




